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第87話 初任務

1825(イチハチフタゴ)をもって捜索活動開始。各自、端末に送信されたプランを参照しつつ、行動を開始せよ」


 ミサキ-1管制室、その一角に陣取った僕たちのエリアで、小泉(こいずみ)H(ヘッド)M(マウント)D(ディスプレイ)のマイクを通して指令を下す。

 小泉だけではなく、管制に詰めた捜索活動の運用チーム全員がHMDを装着し、各種情報の参照とコミュニケーションの全てを視界内で処理している。


 情報支援担当の川沿(かわぞえ)さんが編成を再確認していた。


「保安警備専攻二十八名をAからGの七班に編成、それを支援する各専攻担当スタッフとの回線接続……すべて正常稼働を確認しました」


 ちなみに、宇宙学園の入学式の時点で二百四十四名の学生が在籍していたのだが、今回の宇宙実習に参加できたのは二百二十名、残りの約一割二十四名は、何らかの理由で脱落してしまったいうことになる。特にそのうち半数を超える十三人が保安警備専攻に所属していた学生たちで、専攻が違う僕たちにもカリキュラムの厳しさが(うかが)える結果となっていた。そんな中で、高い成績をキープしている常盤(ときわ)さんは、やっぱりスゴいと再認識する。


 僕はチームの隅っこで、そんなことをつらつらと考えていた。


 実質、僕の出番は捜索プラン立案時に終わっているようなものなので、多少、楽な気分になっていたのだ。

 もっとも、ミサキ-1の全構造図を元に効率的な操作ルートを設定するという役割は、想像以上に困難な仕事で、情報支援の川沿さんにフォローしてもらったとはいえ、精神的に激しく消耗してしまった。プランが動き始めた以上、僕が出しゃばる必要もないし、このあとは楽をさせてもらおうと開き直っている。

 そんな僕の視界内に広がるミサキ-1の簡略化された構造図の中を、七色の光点がゆっくりと動いていく。そして、僕が設定した特定のポイントにたどりつくたびに、映像と音声で報告が共有されていく。


「やっぱり、これって大変だよね……」


 僕はマイクに拾われないよう、口の中で小さく呟いた。

 ミサキは全部で十八層の構造になっている。ミサキ-1は上下に紡錘形構造になっているので、中央の一番幅が広い。直径が約百mあるフロアがC(センター)フロアで、そこから上部に位置するフロアがα(アルファ)-1(ワン)から11(イレブン)、下部がβ(ベータ)-1(ワン)から6(シックス)という構成になっている。

 下部の階層が少ないのは、物資保管エリアや器材格納庫など広めの空間が必要な施設が多いからだ。

 細かいフロアが多いαエリアを探索するのも大変だけど、複数フロアぶち抜きの広大な施設も隅から隅まで見回るのも骨が折れる。しかも、今回は教官陣から時間制限も課されていたのだ。


「北斗はいいよなー、常盤さんと一緒に高みの見物だもんなー」


 捜索隊C班に組み込まれた神藤が、出発間際にぶーたれた口調で絡んできた気分もわからないでもない。捜索ルートを設定した僕でさえ、相当な強行軍だと認識していた。

 でも、そのルート設定に多大な労力を費やしたこと、さらに神藤の言葉の裏には常盤さんに絡んだ僻みが含まれていることも明確であるため、そんなこと言われたくないと突っぱねたくなる気分でもある。


 僕は改めて、ミサキの構造図を眺めた。

 僕たちがいる管制室は最上部α(アルファ)-11(イレブン)にある。その下、α-10、9まで含めたエリアが、ミサキ-1の運用、管理機能が集約された管制エリアである。α-8は動力・エネルギーエリアだ。ミサキの駆動系機能が集約されており、第二管制室も設置されている。ちなみに、緊急時に管制エリアを防衛するための役割も持っていて、ミサキの生命線ともいえるフロアだ。

 そして、そこから下、α-7から1エリアまでは、いわゆる居住エリアとなる。乗員乗客の居室をメインとして生活系の施設が収まっている。

 C(センター)フロアは商業施設エリアだ。フロアといっても中央に吹き抜けがある実質三層構造になっている。レストランや劇場、スパやプールなどのスポーツ施設など、地球上のクルージング客船の娯楽施設と遜色ない設備が存在している。地球から宇宙ステーションカグヤまで一週間かかる上で必須の施設と言ってもいい。もっとも、今回の宇宙実習では縁がない施設だろうけど。

 残りは下半分のβ(ベータ)フロア。こちらは食糧や各種物資の保管倉庫と、ミサキ内外の作業を行うための機材の格納庫がメインとなっている。ミサキからでも外の宇宙空間での作業が想定されている。ミサキ本体や軌道エレベータのシャフトのメンテはもちろんだが、宇宙空間のゴミ(デブリ)の回収、排除など、様々な状況が想定されている。


「ふぁ……」


 急に眠気が襲ってきたが、なんとか寸前でアクビをかみ殺すことに成功した。

 いくら自分の仕事が終わったとはいえ、さすがに緩んだ態度を晒すことは醜態だろう。

 ただ、ここに来て、地下通路を逃げてきたときの疲労が出てきたようにも思える。


   ◇◆◇


「Β-5フロアに入ります」


 HMDのマイクを通して神藤が報告を上げた。隣の女子学生があたりの様子を撮影して報告に添付する。

 フロア入り口から先に中に入って、内部を伺っていた男子学生二人が神藤(しんどう)へと振り返った。


「ちょ、ここ寒い」

「てか、コンテナ確認もしろって無理でしょ」


 神藤は肩をすくめて入口手前の横を指し示す。


「一応、そこのロッカーに防寒着入ってるから」


 このB-5フロアは主に食糧の他に、医薬品などが保管されている倉庫エリアである。それらの物資の保管のため、広大な室内は氷点下に設定されている。


「とはいっても、やっぱり寒いモノは寒いねぇ……くしゅん!」


 吸い込んだ冷気が鼻を刺激する。

 神藤は数歩だけ中に入ってから、自分の身体を抱きしめるように身をすくめた。


「これさ、とりあえず、そこのモニタールームにいけば熱カメラあるはずだから、コンテナ確認はそれで済ませよう」


 その提案に他の面々も賛成と声を上げる。


「ここは監視も厳しいし、人の出入りも多いエリアだしね」

「万が一、ここに工作員とかが潜んでたとしても、この温度じゃ凍死一直線だし」

「違いない」


 笑いながら移動していく仲間たちの後についた神藤が一瞬体を震わせる。


「?」


 なにかを感じた気がして振り返るが、HMD越しの光景にも何も異常は見られない。


「てか、寒すぎるよ、このフロア」


 神藤は頭を軽く振ってから外へ出て、扉を外から施錠した。

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