第86話 合流、そして
桂、三住両教官に伴われてミサキ-1へ搭乗したあと、僕は早々にリーフと翔、双子と別れることになった。
三住教官が、他の民間人避難者と一緒に居住部へ連れて行くということなので、未練はあるが、その指示を受け入れざるを得なかった。
不安そうな表情を浮かべる年少組を安心させるように諭しつつ、リーフに三人のフォローを頼む。
「部屋に行けばモニター越しだけど外部を見ることもできるから。ミサキ-1の中は安全だし、天気も良いから、この際綺麗な夕焼けや風景を楽しむといいよ」
三住教官が穏やかに笑いかけてくれたことで、年少組三人は少しホッとした表情を浮かべたようだった。
花月と共に手を振って彼らの背中を見送った後、桂教官に促されて、僕らも学生の集合場所へと向かった。
集合場所は大講堂だった。中央にステージがあり、そこから放射状に座席が配置されている。将来的に旅客を受け入れるにあたって、劇場としても利用される想定で設計されていることもあり、地上の学園施設よりは重厚な雰囲気になっている。
「二人とも無事で良かった!」
明け放れた分厚い扉から入室すると、上の方の座席から声がかけられる。
花月が即座に反応した。
「楓!」
こちらに向かって常盤さんが手を振っていた。
周りには陵慈やベンジャミン、ガウの姿もある。
教頭に報告するためにステージ上へ向かう桂教官と別れて、僕らは仲間たちが集まるエリアへと向かった。
「全員、傾聴!!」
桂教官の凜とした声が講堂内に響き渡った。
反射的に学生全員が姿勢を正し、室内が静寂に包まれる。
中央の演台に若松教頭が進む。
「……諸君らは現状認識が少し甘いようだ」
不機嫌さを隠そうとせず教頭が言葉を続ける。
「現在の状況はお世辞にも良いとは言えない。諸君らも戦闘状況にある中を抜けて……防衛隊の尽力の元にこのミサキまでたどりついたはずだ。中には正体不明の武装兵に襲われつつも、民間人を保護して逃れてきた学生もいる。なのに、その弛んだ態度は何なのだ!?」
厳しい言葉で叱責を続ける教頭に、僕たちを含めた学生たちは一言もなく、ただただ聞き入るばかりだった。
その態度に溜飲を下げたのか、それとも声を出し続けて喉が疲れたのか、一旦咳払いしてから、教頭は舞台脇にいる桂教官へと視線を向ける。
すると、教官は一歩前へ進み、指示棒を延ばした。同時に全面がモニターとなっているホールの壁に少し色が薄くなってきた空の映像が映し出される。現在の外の光景だろう、下の方にはオノゴロ海上都市の様子も見える。ところどころから煙が上がっているようにもみえるが、爆発の様子はみられない。
「先ほど、1742、17時42分にミサキ-1は発進した」
桂教官の発言に、学生の間に静かなどよめきが起きた。
僕も驚いた。発進の際の衝撃など、一切の兆候に気づくことができなかったのだ。
教官が指示棒を振ると、演台横にホログラフスクリーンが現れる。
そこには、管制室の映像とヤタガラス上のミサキ-1の位置を示すCGが表示されていた。
「現在、管制室では権限委譲を受けた教官陣が発進シークエンスを進めている。当初の予定では、統合管制専攻の面々に担ってもらうことになっていたが、緊急事態のため変更させてもらった」
言外に僕たち学生の不甲斐なさに対する非難が含まれているように僕は感じた。
いや、僕だけではない。少し離れた場所にいる統合管制専攻の学生、特に小泉にいたっては悔しそうに唇を噛みしめて俯いてしまっている。
「状況を説明する。所属不明の武装兵、及び、自律型ドローンによる攻撃はミサキ-1に対する破壊工作と断定された。なお、ミサキ-1の基底部で所属不明の武装兵の姿が確認されたが、本体への侵入は阻止できたものと判断している」
一瞬、幾人かの学生たちが安堵のため息をもらしたが、それを戒めるように桂教官は指示棒を鋭く手に打ちつける音で牽制する。
「だが、状況が状況だ。このあと、保安警備専攻の学生を中心に、施設保守、生活管理、サービス運営の学生を編成して、ミサキ-1内の捜索活動を行う。教官陣もサポートするが、規模的に全ての支援に就くことは不可能である。よって、統合管制の学生に運用を委ねる」
続けて、小泉 鋭仁の名が呼ばれた。
「はい!!」と背筋を伸ばして勢いよく立ち上がる。
「小泉に捜索活動の指揮を委ねる。本ブリーフィング後、三十分以内に計画を立案し提出すること!」
先ほどまでの落ち込んでいた表情からうってかわって、誇らしげな様子で敬礼を返す。
教官は小泉に着席するよう命じると、続けてこちらに視線を向けてきた。
「保安警備、常盤 楓!」
「はいっ!!」
花月の隣に座っていた常盤さんが立ち上がる。
常盤さんは保安警備専攻の中でも一、二を争う成績を出しているので、この場でなにか任務を与えられるのも当然かも、と、僕が他人事の様に考えた時──
「施設保守、北斗 航!」
「え?」
一瞬、次に呼ばれた名前が自分だと理解したのだが、反応が追いつかない。桂教官の睨みつけるような視線を受けて、ようやくスイッチが入った。
「あ、は、はいっ!」
そんな僕の不甲斐なさに呆れたのか、小さくため息をついた教官。だが、軽く頭を振って表情を戻し、氏名を続ける。
「生活管理、山下 潤基! サービス運営、田端 清海! それと、情報支援で、情報技術の川沿 森羅。以上五名は各専攻の代表として、小泉の補佐に就くことを命じます」
てっきり、残りの人員も桂クラスから指名されるかと思ったのだが、そんなことはなかった。
五人のうち最初に指名された常盤さんが、命令を復唱し、残りの学生ともども敬礼で応じた。
今度は僕も他の学生と同じように振る舞うことができた。




