第85話 発進
「ちょっと、これ、シャレにならないんじゃないかい……」
T.S.O.のゲーム内、WoZのギルドハウスの中。
大広間のテーブル上にリアルの情報番組が映し出されている。
内容は、宇宙学園の壮行式中継──のはずだった。
画面の向こうでは、壮行会場から離れた場所、オノゴロ海上都市の入口である沖ノ鳥島ステーション上の展望台にいた若い女性のリポーターが、横から差し出されたヘルメットを慌てて被ろうとしていたところだった。普段なら笑いを誘う動作なのだろうが、彼女の後ろで展開している状況がそれを打ち消していた。
[いったい何が……! また、爆発です!! 強制待避指示が出ているので、私や取材班も参加者たちと共に避難させていただきます!]
呆然と画面を眺めるロザリーに、蒼白になったイズミが声を震わせながら問いかける。
「これって、いったい何が起こってるんでしょうか……」
「わからない……けど、事故というよりはテロ攻撃のようにみえたけど」
そう言ってから、ロザリーは激しく頭を振った。
「いや、推測で言っちゃダメだね。とにかく、続報を待つしか」
サファイアなら、もう少し正確な情報を持っているかもしれない、そう思ってメッセージを送ろうとしたが、寸前で止める。
「サファイアのリアルの立場を考えると、今、あたしらが連絡を取ろうとしてもジャマになるだけだね」
泣きそうな顔になるイズミ。
「さっき、航さんたち映ってましたよね……」
「ああ、紗綾と花月と話しているところだったね。ということは、一緒にいたのはアオや双子、ギルティたちなんだろうね」
二人は顔を見合わせた。
オノゴロの式典会場からの中継が始まった直後、会場内を撮影していたカメラが見知った顔を偶然映していたのだ。他人事ながら、ロザリーとイズミは二人でたいそう盛り上がったのだが。
「まさか、こんなことになるなんて」
ロザリーはそう呟きながら、テーブル上に別ウィンドウを開き、ネット上での情報収集をはじめる。
それを見たイズミも同じようにウィンドウを開いた──瞬間。
「あ! 着信が……アオさんです!」
[お、よかった! 誰かいる!]
テーブルの上にウィンドウが新しく開き、アオの画像──T.S.O内のキャラクター画像が映し出され、同時に音声も流れ出す。ゲーム内のキャラクター画像とはいえ、カメラを通してリアルの表情を読み取って反映している。そのアオの表情は真剣そのものだった。
「アオ! あんた、大丈夫なのかい!? 中継を観てたけど、大変なことになってるじゃないか!」
[ああ、俺は大丈夫! とりあえず、シェルターまで避難できた]
アオはとりあえず安全な場所まで避難できたらしい。避難途中は繋がらなかった電波も、今の場所では回復したとのことだ。ゲームへのログインはさすがにできないが、キャラクターIDを用いた映像通信機能でギルドハウスと繋いだのだ。アオ側はギルドハウス内の映像を観ることができるし、逆に、アオの表情も端末のカメラを通して、ギルドハウス内に表示されるキャラクター映像に反映される。
[手短に話すけど、航たちとはぐれちゃったんだ。通信も不安定で安否の確認も取れないんだ]
航の他、花月と双子、翔、それにもう一人の友人が一緒に行動しているはずだという。アオの表情が一瞬、悔しそうに歪む。
[それで、こっちも続けて連絡をとるけど、もし、そっちにワタ……アリオットたちから連絡があったら、俺と家族全員は無事だって伝えてほしい]
「ああ、わかったよ」
ロザリーが力強く答えた。
「イズミとも協力して、しばらく……少なくとも明日の朝までは、誰かがここに詰めているようにするよ。だから、あんたは自分と一緒にいる人たちの安全を第一に動きな」
「そうですよ!」
イズミもアオを励ますように声を高める。
「ボクたちも……離れているので、力にならないかもしれないけど……できるだけのことはします!」
一瞬気弱になった自分を振り払うかのように、イズミは深呼吸する。
「それに、航さんたちなら絶対に大丈夫です! 今まで何回もピンチになったことあったけど、乗り越えてきましたから!」
「まあ、ゲームの中の話だけどね」とロザリーは小さく苦笑したが、不思議と、心配ないという思いはイズミと一緒だった。
「とりあえず、こっちに入ってきてる情報は伝えるよ……っと」
ロザリーは、中継の方に動きがあったことに気づいて注意を向ける。
[今、入った情報です! 宇宙学園から緊急発表がありました。地上からの攻撃を避けるために、ミサキ-1が緊急発進するとのことです! なお、搭乗予定の人員、学生は全員ミサキ-1に搭乗済みで、逃げ遅れた一部の民間人も収容したとのことです! 繰り返します!]
リポーターの興奮した声に重なって、ミサキ-1の遠景が映し出された。周辺部では、まだ爆発が散発している。空中では攻撃に向かうドローンと、それを迎撃しようとするドローンが、鳥の群れのように舞い踊っている。
そんな中、ミサキ-1の外周部が青白い光を発しはじめた。
──シュィン!!
澄んだ音を立てて、軌道エレベータ、ヤタガラスの足の一本、白い柱の下から一条の虹色の光が打ち上がる。
続けて、黒い紡錘形のミサキ-1がゆっくりと上昇をはじめた。
[オイオイ……]
避難シェルターの中で同じ情報を聞いたのか、アオが小さく呟く。
ロザリーとイズミも言葉を失って、中継映像を食い入るように見つめていた。




