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第82話 搭乗命令

「ふぅっ……」


 非常階段を最下層である地下三階まで駆け下りたところで一息つく。

 さすがに限界だったのか、年少組三人は息を切らしたまま床にへたり込んでしまった。

 僕と花月(かづき)は、まだ余裕がある。これは学園の体育実習のおかげなのだろうか。

 それはそれとして、謎なのがリーフである。運動とは無縁のヒキコモリ生活を送っているはずなのに、呼吸一つ乱れていない。


「さて、こっからどうしようか」


 まだ上の方からは断続的に爆発音が響いてくる。まだ、外では攻撃が続いていると思って間違いはない。


「うーん、ダメ、ネットが繋がらない」


 携帯端末を弄っていた花月がお手上げといったしぐさを見せる。


「ドローンが電波攪乱(かくらん)しているか、それともアンチドローン攻撃の影響かもしれないね」


 淡々と推測するリーフ。というか、よく知ってるな。

 それはともかくとして、電波が正常な状態でない以上、無線接続での通信は不可能だ。

 だが、僕は解決策に心当たりがあった。


「ちょっと移動するよ。みんな、もうちょっと頑張って」


 歩くのがやっとという状態の年少組を励ましつつ、数分の距離を移動して、僕たちは保守メンテナンス用の作業室へとたどりついていた。

 リーフと花月に、物資保管用のマットを引き出して、双子と(しょう)を休ませるように伝えると、僕は作業用のデスクへと歩み寄った。そして、壁際のコネクタからケーブルを引き出して、自分の携帯端末へと接続する。本来は作業機器やネットワークの保守作業に使用する回線だ。無線通信が当たり前の今、使用することは滅多にないのだが、こういう時には心強い。


「よし、繋がった」


 僕が声を上げると、花月とリーフが背後に近寄ってくる。

 作業デスクの上にあるモニターと、自分の携帯端末をリンクさせて画面を共有させた。これで二人にも情報を見せることができる。

 さて、学園内のネットにアクセスできたものの、まずはどうしたものか、と、考え込んだときだった。緊急アラートが表示され、通信が入った。


「教官からだ!」


[──よかった、無事だったのね]


 通信を開くと、画面に真剣な面持ちの教官の姿が表示された。いつもの隙の無い整った雰囲気とは異なり、礼装のあちこちが汚れている上に、授業の時とは異なる厳しい表情もあいまって、事態の深刻さを再認識させられた。

 僕は花月も端末のカメラに入るように位置をずらして、手短に現状を報告する。


[そう……民間人も一緒にいるのね]


 教官は呟きながら考え込む素振りを見せた。


[校長から命令が発せられました。学生は全員ミサキ-1に至急搭乗すること。1730(イチナナサンマル)……十七時半をもって、ミサキ-1は緊急発進体勢に入ります]


「え? 十七時半!?」


 僕は画面上部に表示されている時計を確認する。現在時刻は十六時五十分を過ぎたところ、猶予はほとんどない。そもそも、リーフと年少組が一緒だ。リーフがいるとはいえ、彼一人に年少組を押しつけて、ここから別行動なんてできるわけがない。せめて、安全地帯へ送り届ける時間的猶予が欲しい。


[そのことなんだけど、とりあえず同行者は全員ミサキ-1へ連れてきなさい]


 教官が僕の困惑を察してくれたようだった。


[そこから一番近い民間人の避難場所までは一旦地上に出る必要があるわ。でも、地上では、まだ何者かによる攻撃が続いている状況なの、警備部隊が対応をはじめているけど危険なことには変わりないわ]


 画面上に地図が表示され、赤い線でルートが書き込まれる。教官からの情報提供だ。


[このルートなら地下通路だけで搭乗ゲートまでたどりつくことができる。一般には公開されていない通路だけど……]


「大丈夫です、施設管理の実習で何回か使ったことがあります」


[そう、なら急いで。ドローンだけでなく所属不明の武装兵の目撃情報もあるわ。そのルートなら遭遇する可能性はないはずだけど気をつけて]


 民間人の安全の確保を最優先にと言い残して、教官の方から通信が切られた。


「兄さん……」


 不安そうな顔を向けてくる翔。いつもは活発な双子もさすがに不安の色を隠せない。

 花月と視線を交わしてから、僕は、あえて笑顔を浮かべる。もっとも、虚勢(きょせい)にしか見えなかったかもしれないけど、それはそれでしかたない。


「大丈夫だよ、こっから先は僕の施設管理専攻のホームグラウンドみたいなもんだし」

「そうそう、それに関係者じゃないのにミサキ-1の間近まで行けるなんてラッキーだよ」


 花月も僕の意を汲み取ってくれたのか、年少組を励まそうと明るく笑う。

 リーフが無言で僕の袖を引っ張った。


「あ、そうだね、こうなったら早めに動かないと」


 手早くケーブルを抜いて端末を制服の内ポケットへとしまい込む。


「ここから、また結構な距離を移動することになるけど、もう少し先に行けば電動カートを使えるから、だからとりあえず、そこまで頑張ってね」

 僕の言葉に、疲れたように座り込んでいた年少組が、それぞれの方法で気合いを入れて元気よく立ち上がった。

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