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第79話 VIPルームにて

「呼び出してすまないな、よく来てくれた」


 緊張でガチガチになってしまい、我ながら見苦しい学園式の敬礼と名乗りとなってしまったが、海将(かいしょう)(とが)める様子も無く、僕を窓際まで差し招いて右手を差し出してきた。

 堂々とした体格の壮年の男性。少し白いものが混じりはじめている短く刈った髪と鋭い眼光を放つ表情は、さすがに一軍を率いる風格というべきか。


「話は聞いている、陵慈(りょうじ)が世話になっているそうだな」


 僕が躊躇(ためら)いがちにおずおずと上げた右腕を、海将が力強く握ってくる。


「そう緊張しなくていい、といっても難しいか」


 そのまま海将に促され、窓際の応接エリアのソファーに腰を下ろす。

 副官だろうか、若い男性の自衛官がコーヒーを運んできてくれた。

 どうしていいかわからず、小声で礼を言う僕。

 海将が小さく咳払いをして、その自衛官に人払いの指示を出す。

 無言で自衛官が一礼して、前室へと戻っていった。その扉が閉まるや否や。


「こう言ってはなんだが、(りょう)くん……じゃない、陵慈のことが心配でならんのだ」


 突然、大きなため息をつき、頭を抱える海将。


「は、はあ」


 突然の態度の変化についていけず、僕は間抜けな返事をしてしまう。

 だが、海将はそんな僕の反応を咎めなかった。というよりも気にとめていない?


「陵慈は昔からおとなしい子供でな。良くしてくれる友人も多かったんだが、一人で宇宙学園に入ってから上手くやれているかどうか、ずっと気にかけていたんだ」

「は、はあ……」

「陵慈は優しい性格だからな、私に心配をかけまいと、あえて便りの一つもよこさないんだろう」

「は、はあ……」

「陵慈は亡くなった母親に似て本当に可愛いからな。ただ、それだけになんというか線が細いというか、女の子に間違われることも多かった。だからこそ、厳しい宇宙学園の中でしっかり頑張れているのか、まさかとは思うがいじめられているようなことはないか、そのあたりを知りたいのだ!」

「は、はい……」


 僕は返事をしながら、違和感めいた感覚に陥りかけていた。

 優しい? 可愛い? なんか、目の前の海将の息子と、僕の同室の学生は別人なんじゃないかと思えてきた。


「教官たちからの報告は受けた。やはり最初は環境に慣れなかったのだろう。だが、今はしっかりと授業をこなしていて、成績も良いというではないか」


 まあ、確かに授業には出てる。半分寝てたり、別のコトしてたりするけど。それでも、必要な試験やレポートでは成績上位の位置にいたりする。

 なんとなく面白くない。

 それはそれとして、予想外の海将の態度だったが、そのおかげか僕は少し余裕が出てきた。

 一方で、海将の発言内容がエスカレートしていく。


「さすがに実技など身体を動かす分野は陵慈も苦手だろうからな、そこのところはしかたない。いや、本心を言うとケガなどされては困るからな、大きな声では言えぬが、そのあたりは手を抜いてほしいくらいなのだ」


 こっちの話を聞くどころか、なんか、息子自慢話的な展開になってきた。


「本当なら、宇宙学園みたいな危険な学校になど、進ませたくはなかったのだ。だが、陵慈は私の知らないところで受験の準備も進めて、しかも、試験成績も首席だったという。もちろん、本人が望むなら私の立場で許される限りの手助けはするつもりだった。だが、そもそもそんな気遣いも必要なかったのだ。本当にできた子なんだ、陵慈は!」


 感極まったように両拳を握りしめる東海将。

 僕は「もう帰ってもいいですか」と呟いた。もちろん、心の中で。

 その内心の声が聞こえたわけではないのだろうが、海将はふと我に返ると、ゴホンと大きく咳払いしてから、僕へと向き直った。


北斗(ほくと)君と言ったな。クラスも寮も一緒で、陵慈ととても良くしてくれていると聞いた。心から感謝している」


 そう言って深々と頭を下げてきた海将に、さすがに僕は恐縮してしまう。


「あ、いえ、僕こそお世話になって……るわけでもないけど、あ、えっと、その、友人としてはいい関係を構築できている……かな、たぶん」


 頭の中で、建前で良いのだから、リップサービスしとけと叱る僕と、それに必死で抗う僕、二つの思考が激しく争った。


「うむ、そうか。それは良かった」


 だが、海将は満足そうな笑みを浮かべた。語尾の部分は聞こえなかったのだろう、たぶん。


「で、学園での陵慈はどんな生活を送っているのか、聞かせてくれるかね」


 僕は小さく咳払いしてから姿勢を正した。とりあえずは、どう取られるかは考えずに、素直に話そう。そう覚悟を決めた。


 入寮時の出会いの話、授業に出るまでの引きこもっていた期間の話。僕が外泊から戻ってきたあと、授業に出るようになっていたことと、そのきっかけと思われる教官の話。T.S.O.というゲームで一緒にプレイするようになった話。体育実習でズタボロになった陵慈を寮までおぶって帰ってきた話。夏休み期間の引き籠もり用物資の買いだめを手伝わされた話、などなど。

 内容が内容だけに、海将も気を悪くするのではないかと心配もしたが、全般的にポジティブに受け取ってくれた。それがもともとの性格なのか、それとも一途(いちず)な我が子可愛さによるものなのか。とりあえず、僕は気にしないことにした。

 ちなみに、一番喜んだのが、意外にもT.S.O.の話で、小覇王(しょうはおう)との攻城戦(こうじょうせん)の際、最後の勝負を決めたのが、陵慈が事前に準備していた罠に敵を追い込めたというエピソードだった。


「さすがは、私の息子だ! 戦略戦術、これは天賦(てんぶ)(さい)というべきだろうな!」

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