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第78話 呼び出し

 ──この際ですから、T.S.O.とは少し距離を置いて、宇宙実習に専念してください。


 それは、昨晩、ミサキ-1内の宿舎から試しにT.S.O.へログインした際、サファイアさんから言われた言葉だ。

 言外に、今、この状況下で僕たちにできることは何もないと釘を刺されたようにも感じた。

 一つ気になるのは、闇王(やみおう)墓所(ぼしょ)跡に出現した巨大な水晶の塔の存在だが、今回の件に関わっているという情報も無いし、そもそも、攻略するにも、現状T.S.O.内部もゲーム融合の影響を引きずっていて、僕たちも含めてプレイヤーたちにとってはそれどころではないというのが現実だった。


「──そうですね」


 僕は少しだけ目を閉じてから、紗綾さんに身体ごと向き直る。


「今はとにかく宇宙実習をこなすことを優先するようにします。あ、そうはいっても時間があればT.S.O.にログインはしちゃうと思いますけど」

「その時は、いろいろ話を聞かせてくださいね」

「おーい、みんな連れてきたよー」


 そこへ、いつもの脳天気な声が飛んできた。

 僕と紗綾さんが声の方へと身体を動かす。

 花月に先導された青葉(あおば)に双子、(しょう)がこちらの姿を見つけて表情が明るくなる。

 ちなみに、青葉たち補欠組の入学式は明後日に予定されているので、今日はまだ私服姿。

 青葉たちは紗綾さんとは初対面だ。なんか(がら)にもなく照れている青葉とは対象的に、双子は一瞬で完全に懐いてしまう。


「クルーガーさんって、カッコイイ人だなって思ってたけど、リアルではスゴく綺麗な人だったんだね……」


 こちらはのぼせたように顔を赤らめている弟、僕は帰ってこーいと脇腹を肘で突いてやる。

 そんなこんなで話が咲いて盛り上がっていく。


 そこへ、尖った声が突然割り込んできた。


「君たち! その人から離れたまえ!」


 全員の視線が声の主に集まる。

 そこに立っていたのは統合管制専攻の……たしか、小泉(こいずみ)という学生だった。今日は取り巻きを連れずに一人で行動しているようだった。


「あ、えっと?」


 状況を一瞬理解できない僕の横をつかつかと通り過ぎて、青葉たちと紗綾さんを引き離すように、間に割って入った。


「この人は、君たちみたいな人が気軽に接していい人じゃない、わきまえたまえ!」


 突然のことにキョトンとしてしまった僕たちの態度に、小泉がさらに激昂(げっこう)しようとした時。


鋭仁(えいじ)さん」


 紗綾さんが静かに微笑みながら、小泉の肩に手を置いた。


「この方たちは、私の大切な友人ですよ。失礼な振る舞いはいけません」


 優しげな声。だが、小泉は身体を強ばらせた。


「は、はいっ!」


 紗綾さんが僕たちへ頭を下げる。


名残惜(なごりお)しいのですが、他にもご挨拶に伺わないといけない方々もいらっしゃいまして」


 また、あとでお会いしましょう、と言い残して小泉について一緒に人混みの中へと向かっていった。

 去り際に小泉が、こちらを睨みつけたが、とりあえずそれはスルーしておく。

 ……あとで、面倒なことになりそうだけど。

 とりあえず、一息ついてから、僕は青葉たちと家族が集まっている場所へと向かった。


 ○


 ホールの中はあいかわらず混雑していた。礼服姿の学生を中心に、家族などの来客が集まって無数の島を形成している。さらにそれを囲むようにメディアの報道陣がカメラや照明を構えていた。


 夏真っ盛りの時期なので、日暮れまではまだ時間がある。ガラス張りの天井の外に広がる空は、まだまだ高く澄み渡っている。

 ホールの中央から、やや離れた一角に僕と青葉、それに花月の家族が集まっていた。


「?」


 その輪の一角に、僕たちとは少し違う雰囲気の礼装を纏った女性がいて、僕と花月の両親がなにやら頭を下げていた。


「教官?」


 花月の声に礼装の女性、桂教官がこちらに気づく。


「戻ってきたようですね、それでは申し訳ありませんが、少しご子息をお借りします」


 なにか息子がやらかしたのかと不安そうな僕の両親に、「心配はご無用です」と敬礼を残してから教官が僕の元へと歩み寄ってくる。


「北斗、ご家族の前ですまないのだが呼び出しがあってな。こちらに来てもらえないだろうか。校長と教頭からの念押しもあって、突っぱねられなかった、すまん」

「はぁ!?」


 僕の声がひっくり返る。校長と教頭からの呼び出し、って、心当たりが全くないんだけど……

 そう不安がる僕の背中を押す教官の力に、僕は抗いがたい雰囲気を感じた。

 その様子に気がついたのか、教官が心配ないとでもいうように軽く手を振ってみせる。


「ああ、正確には違うんだ」


 おっかなびっくりといった様子で隣を歩く僕へ、桂教官は()()ない口調で話しかけてくる。


「え……違うって、どういうことなんですか?」

「北斗を呼び出したのが、だ」


  壮行式(そうこうしき)の会場であるホールから出て、上層階へ向かう厳重に警備された通路を抜ける。そして、そのまま上層階へと向かうエレベータに乗せられた。

 えっと、この先って、確か来賓(らいひん)とか、それこそ政治家とか偉い人がいるエリアじゃ……?

 そんなところに連れていかれるって、僕はいったい何をした?

 ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえたのか、教官が軽く背中を叩いてきた。


「北斗に会いたいというのは、海上自衛隊の(あずま) (まさる)海将(かいしょう)よ」

 東海将(かいしょう)、海上自衛隊オノゴロ地方総監(ちほうそうかん)。要するにこの海上都市と軌道エレベータの防衛を担う総責任者だ。もちろん、僕にとっては想像もつかない雲の上の人、なんだけど──


「えっと……もしかしなくても、陵慈(りょうじ)のお父さん?」


 おずおずと問いかける僕に、眉間を指でつまみながら沈痛な表情で(うなづ)く教官。


「君を連れて行く前に、一応、私から東の学園生活について報告したのだが、それだけでは満足されなかったようだ」

「え……だからって、僕が呼ばれたって、教官の報告以上のこと話しようがないと思うんですけど」

「私もそう思うが、海将たっての要望でな。校長や教頭も拒否できる立場でもなく、さらに下っ端の私ならなおさらだ。まあ、これも給料のうちと思って割り切ってくれ」

「……教官、その言い方、卑怯です」


 だが、そんなやり取りをしているうちに、否応なく、僕たちは東海将の部屋の前へと着いてしまった。入るなり豪華なスイートルームの雰囲気に()まれて足がすくみかけたが、また桂教官に背中を叩かれて、なんとか足を前に進めることができた。

 海将付きの幕僚(ばくりょう)と思われる自衛官が待機していた前室で教官とも別れ、僕は一人で奥の部屋へと入室した。

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