第76話 一難去ったと思ったら……
そんなこんなで、僕の夏休みはあっという間に過ぎていく。
「明日には、ワタルたちも学園に戻ってくるんデスねー」
ギルドハウスの大広間でベンジャミンが陽気な声を上げる。
リアルの時間は午前十時を過ぎたあたり。僕とベンジャミンの他、くーちゃん、ぴーの、ザフィーア、リィン、蘭王の宇宙学園組とアオ、それに午後から出勤予定だというサファイアさんと、家事をやる気がおきねーとグダグダしているロザリーさんが適当に駄弁っていた。
「それにしても大所帯になったねー」
「庭を使ってしまって申し訳ないですけどね」
無邪気なくーちゃんの言葉に、こちらは苦労性な蘭王がきまじめに返す。
ベンジャミン以下、緑林軍のメンバーは、ギルドハウスに部屋を持たず、前庭に天幕を三つほど設置して、そこをマイハウスとして利用していた。
もともと、T.S.O.にはそんな天幕という設備は存在していなかったのだが、三オンとの融合の結果なのだろう、いつの間にか建設という仕様が追加されており、それに対応するアイテムの販売も始まっていたのだ。
「いっそのこと、この建物も城塞に建て替えちゃいマスか?」
ベンジャミンがそう提案してきたが、僕はこの建物が気に入っているし、丁重に辞退させてもらった。
ちなみに、お隣の小覇王のギルドハウスは、塀や堀も含めてガチガチの城へと建設を進めている。
まあ、お金は心配いらないと言ってしまった手前、今さら控えめにとは言い出せないのだが、それにしても、もう少し遠慮してくれてもいいんじゃないかなーとは思っている。
それはともかく、先日の攻城戦の後、僕たちと緑林軍、小覇王の顛末が急速にゲーム内に伝わった。これは、僕らがサウザンアイズ、梁山泊、三月ウサギの三大ギルドをはじめとした、知り合いのギルドへ連絡したことと、サファイアさんが主導したゲーム外での情報拡散によるものだった。
すでに、僕たち以外にも、攻城戦や三オンプレイヤーによるT.S.O.プレイヤーへの襲撃などが発生していたのだが、今回の対応が、具体的な解決策の一つとして広まったことにより、一気にとはいかないものの、T.S.O.内の雰囲気は少しずつ良い方へと動き始めているようだった。
それもあってか、三大ギルドはそれぞれ三オンの魏・呉・蜀それぞれの最大勢力とコンタクトを取り、協力関係の構築を模索しているとのことだった。
「お、そうだ」
アオがなにか思いついたようにポンと手を打つと、僕の肩に手を回してくる。
「俺もコイツと一緒に宇宙学園に行くんで、先輩方、よろしくおなしゃーす」
「先輩だなんて、タイミングはずれたけど同じ年次になるわけだし、そんな気を遣わなくても」
ザフィーアが慌ててフォローする。
てか、今のアオの口調からして、絶対に気を遣ってるとか、そういうノリじゃない。
ベンジャミンが胸を反らす。
「オゥ、ノゥ! センパイ、コーハイは重要です! そこは外しちゃイケませーん」
「うーん、どっちかというと、先輩後輩というより、転入生っていう単語の方があうような気もするね」
その蘭王のフォローがベンジャミンの琴線に触れたようだった。
「テンニュウセー! いえ、テンコーセーでーすネ! それは萌えです! 学園モノのオードー! 謎のテンコーセー! 恋愛フラグでーす!」
「まぁ、アオは男だけどね。ある意味文武両道のイヤミなキャラ」
「ハァ?」とにらみつけてくるアオをスルーして、僕は意地悪くツッコむが、ベンジャミンは気にするどころか、さらにヒートアップする。
「言われてみれば恋愛フラグじゃなくて、ライバルフラグですネー! ユージョー! ネッケツ! 萌えじゃなくて燃え!! そーいえば、アオはボクサーでしたっけ、これはアツイでーす! まさにホノオのテンコーセー!」
収拾がつかなくなってきたので、とりあえず他の全員がアイコンタクトで、ベンジャミンを放置することに同意する。
ロザリーさんがクックッと笑いを堪えるように、隣のサファイアさんへ顔を向ける。
「いやぁ、若者たちが眩しいねぇ」
「自分が高校生の時は、もっとスレていた記憶がありますねぇ」
くーちゃんが反応した。
「あ、なんか悪口言われてる気がする」
「いえいえ、むしろ褒めている……というより、羨んでるっていう方が正しいですね」
慌ててサファイアさんが手を振った。
「そういえば明日明後日には、皆さんは宇宙に上がるんですよね」
「そうだね……こう話していると実感がわかないけど、遠いところに行っちゃうんだよね……」
サファイアさんとロザリーさんが真剣な表情になる。
「アンタたち、ちゃんと無事に帰ってくるんだよ」
「その通りです。確かにこの国の宇宙開発の将来がかかっているプロジェクトではありますけど、皆さんよりも大切なものはないですからね」
その言葉に、僕たちは互いに顔を見合わせる。
くーちゃんが真面目な雰囲気を振り払うように笑う。
「やだなー、ロザリーさんもサファイアさんも。なんか、お別れみたいなカンジだよ」
「そうですよ」
僕もくーちゃんに続いた。
「宇宙に上がるっていっても、学園ごと移動するようなものです。ネットも使えますし、T.S.O.にもログインできますし、今までと何も変わりませんよ」
もちろん、地上での生活に比べて、危険度が高いということはこの数ヶ月で教官たちに何度も言い聞かせられている。でも、そんな不安を他人に見せてはいけない、そう思う。
ロザリーさんとサファイアさんが顔を見合わせて小さく笑った。
「そうだねぇ……アンタらの言うとおりだね。本当なら直接見送りに行きたかったけど、それもできないから、テレビ中継でガマンしとくよ」
「私も同じですね。ツテがあってオノゴロに行けないワケではなかったんですけど、外せない仕事が入ってしまって──って、あ、電話が、ちょっと失礼」
サファイアさんの動きが止まり、頭の上にHMDが外されたことを示すアイコンが表示される。
ロザリーさんが苦笑する。
「サファイアのヤツ、女子高生設定は完全にやめたみたいだね」
「ジョシコーセー設定? それはドーイウことデスか?」
食いつこうとするベンジャミンに、学園に戻ったら説明すると僕が言いかけたとき、サファイアさんがゲームの中に戻ってきた。
「……すみません、ちょっと緊急の呼び出しが入ってしまいまして。このまま落ちますね」
「なんだい、穏やかじゃないね。もしかして、またT.S.O.絡みのトラブルなのかい?」
「いえ……それが」
ロザリーさんの問いかけに歯切れが悪くなるサファイアさん。
「今、ここではお話しできないんですが……たぶん、夕方くらいにはニュースとかで、皆さんにも伝わると思います……すみません、今はここまでしか」
そう言い残すと、ログアウトするために自室へと向かっていった。
その後ろ姿を見送った後、全員が不安そうに顔を見合わせる。
○
サファイアさんがログアウトしてすぐ、日本時間の正午。
アメリカにあるディールクルム本社から緊急声明が発表された。
──世界の量子サーバシステムネットワークから、日本の量子サーバを切り離す、と。




