第64話 青葉合流
──攻城戦。
ギルドハウスの郵便受けに一通の手紙が届けられた。
それは、三オンの小覇王と名乗る部曲(T.S.O.でいうギルド)からのものだった。
曰く、僕たちのギルドハウスを明け渡せば良し、さもなくば攻城戦にて奪い取るという内容だ。
双子が兵士たちの姿を見つけてしばらくたってから届いたこの手紙、もともとは三オン側のゲーム仕様なのだろうか、右下に赤文字で回答期限までの時間がカウントダウンされている。
僕は手紙が届いてから、すぐにギルドメンバー全員へと連絡を取った。お昼を待たずにほとんどのメンバーがログインしてきたのだが、突然の内容に困惑してしまい、話がなかなか先に進まない。そんな状態に業を煮やしたのか、ロザリーさんが一度仕切り直すことを提案したのだ。
「人間、腹が減ると良いアイデアも浮かばないものさ。とりあえず、昼ご飯を食べて脳に栄養補給してからの話にしないかい? まあ、私もうちのボンクラ亭主と息子たちのために昼食の準備もしないといけなくてさ」
ロザリーさんの言うことも最もだった。
寂しい一人飯だと笑うサファイアさんだけを残して、他の全員は一旦ログアウトすることになった。
僕は弟の翔と、青葉の家に行くことにする。もともと、今日は両親が不在で、昼食を青葉の家の食堂で食べるつもりだったこともあるが、青葉も別に話したいことがあるとのことだった。
とりあえず、HMDを持って家を出る。
「いらっしゃ──って、あんたたちかい」
店に入ると緑おばさんがいつもと同じように迎えてくれた。
「こんにちはー お昼食べに来ましたー」
「はいよ! 青葉たちもこれからだから、上で待っててくれる?」
そう言った後、今日の日替わりメニューのうち、唐揚げと生姜焼き、どちらが良いかをおばさんに伝えて、僕と翔はいつも通り二階へと上がる。
「お、来たなー」
青葉と双子がすでに僕たちの分も含めて、食事の準備をはじめていた。
とりあえず、いつもの場所に並んで座る。
青葉も僕の隣に腰を下ろしてきた。どっこいしょと呟くあたり少しオヤジ臭い。
「ワタルさ、学園へ戻る日の飛行機って、昼の便だったっけか」
そう言いながら携帯の端末を弄る青葉。
「そうだけど……それがどうかした?」
「ん、オレも同じ便を取ろうと思って」
「え? 東京に行くの? なにしに?」
僕が問いかけると、青葉は心外そうな呆れた表情を浮かべる。
「なにしにって、宇宙学園に行くに決まってる」
台所から炊飯器ごとご飯を運んできた翔が、チョイチョイと服の裾を引っ張ってくる。
「青葉さん、宇宙学園への入学決まったんだよ。聞いてなかったの?」
「えええっ!?」
寝耳に水とばかりに驚きの声を上げる僕に、青葉が不満げにぼやく。
「なんだよ、補欠試験失敗するとか思ってたのかよ」
「あ、いや、そうじゃなくて、いや、補欠試験のことすっかり忘れていたというか」
「ひでーなー、だいたいそのせいでT.S.O.にログインする時間が思いっきり減ってたじゃないかよ。面接が終わって結果が出たのが七月だけど、その後もいろいろ大変だったんだぞ。手続きはともかくとして、授業に途中から加わるための事前学習の課題がなぁ」
青葉は双子たちが下から運んでくるおかずをテーブルに並べながら、淡々と説明を続ける。
補欠入学組は、約半年遅れのスケジュールで動くことになる。夏休み中に入寮を済ませるが、宇宙実習に出る僕たちと別行動で、学園に残るということだ。そして、超特急で半年分のカリキュラムを詰め込んで、年末に宇宙へと上がる予定の補給便に相乗りする形でカグヤへ合流する。
「あれ? もしかして、闇王の墓所攻略の終盤、ログインしてこなかったのって……」
「ああ、もう、事前学習の課題が終わらなくてなー 合格が決まってバイトも辞めさせてもらってたんだけど、それでも手が回らなくて、正直スマンかった」
悪びれずに明るく笑う青葉に、僕は両肩にどっと疲れが覆い被さった感覚に陥った。
「闇王戦の時はさ、夜食でも食べようかなと思って部屋から出たら、コイツらが何か騒がしくてさ、それで状況を察してログインしてみたら、あんな状況で。まあ、結果オーライだったけどなー」
「それならそうと、教えてくれれば良かったのに……」
僕が恨みがましい視線を向けると、双子と翔たちがそれぞれの表情を見せた後に、露骨に目をそらす。
結局、青葉と険悪になっていたと思い込んでいたのは、僕の一人相撲だったということだ。
リーフだけを壮行会に招待するっていう話を、どう切り出そうか悩んでいたことも、今となってはどうでも良くなった。
「お、飛行機、無事取れたな。母ちゃんとコイツらも連れて行くからフォローよろしくな」
無邪気な青葉に、僕は投げやりに二つ返事で応える。青葉たち補欠入学組は、僕たちみたいに宇宙に出るときのイベントが予定されていないため、今回の壮行会を家族も含めて見学できるように手配されているそうだ。
双子たちは初めて北海道から出られるということに浮かれているようだった。
「──っていうか、若葉も双葉も、オノゴロに来るならお土産いらなかったんじゃ」
「それはそれ、これはこれですよ」
若葉がしれっと受け流し、双葉はさっき僕が渡した袋をこれ見よがしに抱きかかえる。
「はぁ……」
僕は大きくため息をついてから、携帯端末を取り出すと、花月へ青葉入学決定の報をメールした。




