第50話 僕たちの立場、僕たちにできること
「思ったより早かったな……」
僕たちは予定を変更して、闇王の墓所の十三層へと向かった。
ロザリーさんとクルーガーさんのログインを待ってから、念のため持てるだけの装備と道具をかき集めてダンジョンに入る。十三層の入口にあるキャンプまでは、今までの階層と同様に転移門でショートカットできるようになっている。さらに、そこから先はサファイアさんが三大ギルドから提供してもらったという情報のおかげで、二時間弱で目的の場所、ボス部屋の前へとたどり着くことができた。
全体の地図で見ると、すり鉢状の構造の一番底になるエリア、そこに一際大きく、派手な意匠が施された氷の扉があった。
先に到着していたサウザンアイズ、三月ウサギ、梁山泊の首脳たちが僕たちに気づいて合図を送ってくる。
彼ら全員の意見は一致していた。
複数のマップ分析結果からも、この扉の先がゴール、おそらく闇王と呼ばれるボスがいるとみて間違いないだろう、と。
僕は夏休み中に本格的に攻略に挑むつもりで予定を組んでいた。
そのためにも八月に入ってからは、学園生活の方にウェイトを置いていたのだ。他のWoZのメンバーたちも、社会人、学生という立場の違いはあるが、焦って進むよりは、夏休みに入ってから攻略に集中した方が効率が良いだろうとの認識を一致させていた。
だが、さすがは攻略系三大ギルドの面々は格が違ったといわざるをえない。僕たちとは違い、逆に攻略の速度を上げて、当初の十三層の分析データを元に見積もっていたスケジュールを大幅に短縮してしまったわけだ。
「俺たちは一度、ギルドハウスに帰還するよ」
三月ウサギのフェンランさんが声をかけてきた。すでに三大ギルド同士で打ち合わせを済ませてしまった、と詫びるフェンランさんに僕は慌てて手を振る。あの事件以来、なにかと僕たちを立ててくれるようになったのだが、正直恐れ多いというのが本音だったりする。
それはともかくとして、フェンランさんが言うには、ボス部屋への攻略を行うために三大ギルド合同で強行偵察部隊を編成することになったそうだ。
今までの闇王の墓所の攻略の過程でボス攻略という要素は一度もなかった。もちろん、T.S.O.全体で見た場合、さまざまなバリエーションでのボス戦が実装されている。そういったことからも、まずはこの最終ボス、闇王との戦いがどのような形なのか見極める必要があるのだ。
闇王に関する情報については完全な白紙状態。かつ、戦闘による死亡のリスクがある。さらには、一度突入したら最後、形勢が不利になっても逃げられない仕様になっているという可能性もある。そういった点を踏まえると、高い戦闘能力を持つだけでは不足だ。最悪の事態を想定した上で、覚悟を決めたプレイヤーだけで部隊を編成する必要がある。
そして、それらの結果の全責任を三大ギルドが負うことにした、と。
本来であれば、十三層入口のキャンプ地に戻って、最低限その場に集まっているプレイヤーたちから了承を得るべきなのかもしれない。だが、この状況で全会一致は到底無理であろう。一方で、最後の目的地が目の前にあるのに時間を浪費するわけにもいかない。
そういったさまざまな状況を勘案した上で、独断専行といった非難も受けることも覚悟の上で臨むことにしたんだ、と、フェンランさんは静かに言い切ったのだった。
その話を聞いて、僕たちは今さら意見を述べる気持ちにはならなかった。
ただ、仲間たちと視線を交わしてから、僕は正面からフェンランさんへと向き直って、一言だけ申し出る。
「僕たちにも協力させてください。偵察部隊の露払いでもなんでもします」
「それはいいね」
答えたのはフェンランさんではなく、梁山泊のアンネローゼ様だった。
フェンランさんを押しのけて見下ろすように僕の前に立つ。
「坊たちには、偵察部隊が来るまでの間、ここの確保を頼むよ。今回、ここまでたどり着いた功労者の一人だからね。特等席で見物する資格はあるはずさね」
いいんですか? と問うフェンランさんに「ここに置いておく予定だった梁山泊の部隊を偵察部隊の護衛部隊に加わらせる」とあっさり頷く。
「一応ここは最重要ポイントだしね、ある程度強いヤツらを置いておく必要があるし、梁山泊の二軍よりは頼りになるだろうさ。それに……」
そこまで言うと、サファイアさんに視線を向けてニヤリと笑った。
「アンタがいるし、坊たちも暴走して抜け駆けするようなことしないだろうからね」
「無用の心配ですわ」
サファイアさんは苦笑しつつ、アンネローゼ様に一礼してみせる。
その様子を一瞥したフェンランさんが、物言いたそうにロザリーさんを見やる。
「わかってるよ」と髪の毛をかき回しながら、姐さん戦士は早く行けと言わんばかりに手を振ってみせる。
その後、簡単に打ち合わせを済ませると、フェンランさんとアンネローゼ様に率いられた一団は、先行するサウザンアイズを追いかけるように撤収していった。
そんな彼らの後ろ姿が見えなくなってから一拍おいて。
「それじゃあ……」と双子の片割れ、ミライがポンと手を打つ。
「偵察部隊が戻ってくるまで、ただ待っているのも退屈ですし」
「ちょっとくらい覗いてもいいよね!」
ミライの言葉を受けて、ジャスティスが元気よく扉を指さした。
「そうだなー……なんて言うと思ったか!?」
僕を筆頭に、その場にいた全員が問答無用で却下する。だが、それで収まる双子ではない。特に強行しようとする双子妹──ジャスティスをギルティとイズミ二人がかりで必死に抑え込もうとする一幕が繰り広げられ、ボス部屋前の緊張感はアッサリと霧消してしまったのだった。




