第48話 夏期休暇前夜
宇宙学園は最初の長期休暇を目前に控え、学生たちのテンションはいつになく高まっていた。
休暇前最後の授業が終わり、明日からは夏休みに入る。
寮の内部を行き交う学生たちの顔にも、厳しい授業から解放された喜びが浮かんでいた。
もっとも、休み明けすぐに本格的な宇宙実習が控えており、今までよりさらにハードな日々が待ち構えているわけだが、夏休みを前にネガティブに思い悩んでも損でしかない。
「実家に戻るよ、とは言っても、休みは全部T.S.O.で潰れるけどねー」
夕食に向かう寮内の廊下で休みの予定を問われた僕は苦笑しつつ答える。
陵慈、ガウ、ベンジャミン、そこへ神藤も合流して寮の食堂へとやって来ていた。
「あ、ワタルたちだ、やっほー」
先に常盤さんと食事を始めていた花月が、こちらに気づいて大きく手を振ってきた。無視するワケにもいかず同席することにする。
まあ、常盤さんに気がありそうな神藤も一緒だし、彼にとってはこの上ないラッキーだろう。
カウンターで思い思いの食事をゲットし、窓際にある十二人用の大テーブルの一つを七人で占拠する。
既に半分以上の学生が、夕食前に寮を出て帰省しはじめている。いつもは混雑して、騒々しいくらいのこの時間の食堂なのだが、今日は比較的余裕がある。大テーブルを使用しても咎める人もいないだろう。
常盤さんが一旦箸を休めてお茶を一口飲んでから、外に視線を向けた。
「夏期休暇が終われば、すぐに宇宙実習なのよね」
休暇は明日、八月十日から十五日までの六日間で、休み明け十六日の夕方に宇宙実習の壮行式が予定されている。その翌日には軌道エレベータの一号昇降機【ミサキ-1】に搭乗し、静止軌道上の宇宙ステーション【カグヤ】へ向けて出発することになる。
「そう言えば壮行会の申請はもう済ませたの?」
思い出したように常盤さんが確認してくる。
「あ、うん、済ませてきたよ」
僕がそう答えると、続けて陵慈以外の全員がそれぞれの表情で続いた。
壮行会には事前に申請することで学生一人につき五名まで外部の人間を招待できることになっていた。大抵は家族や親しい友人を呼ぶことになるだろうが、中には全く無関係な人間──報道関係者や宇宙マニアといった人たちから報酬をもらって招待枠を消化しようと画策している学生がいるとも聞いていたりする。たくましいなとは思うが、僕は真似をするつもりはない。
そんなことを考えている僕の横で、ベンジャミンが陽気に口を開く。
「サスガに国に戻るのは忙しスギルので、ワタシはオノゴロに残りマスよ。でも、家族はもうハワイまで来ていて、明後日にはカンサイに到着予定で、キョートやオオサカ観光を楽しんでからオノゴロに来るそうデス。ガウも残るんデスよね?」
「うん、僕のところは家族、といっても両親だけだけど、壮行会の前日に羽田に到着予定。なので僕も居残り組だね」
ガウの国の家族は弟や妹たちだけでも七人の大所帯とのことだ。経済的にも余裕があるといえず、そもそも全員呼ぶにも招待枠が足りないということもあり、こういう形を取ったそうだ。
神藤がぎこちない口調で常盤さんに声をかける。
「常盤さんも……えっと、家族を呼ぶんですか? もしかして、友達とかも……」
「残念だけど、うちの両親は仕事の関係でこれないの。その代わり兄が来るってうるさくて。特別に誘うような地元の友だちがいるわけでもないし、ムリに招待枠を使わなくても良いと思うんだけどね」
「そっか、お兄さんだけなんですね、ははは……」
というか、神藤は何が言いたいんだ。いくつか想像はできるけど、真意が図りづらい。
話の流れで常盤さんが僕に話を振ってきた。神藤が向けてくる視線が痛いが、あえて気づかない振りをした。
花月が口を挟んでくる。
「おじさんとおばさん、それに翔くんでしょ?」
「うん、あと、今回リーフも呼ぼうかなって思ってる」
さっき食堂に来る前に、僕は両親と弟、あと事情が許せばリーフを呼ぶつもりで四人分の申請を出しておいた。リーフには既に話していて、南のおじいちゃんたちにも了解は取っているが、最終的な決断は夏休み中に相談させて欲しいと返事が来ていた。
「あー……リーフくん呼ぶんだ」
花月にしては珍しく複雑な表情を見せた。おそらくは、リーフだけ呼んでおいて青葉を無視するのはいかがなものか、といったあたりか。
青葉については正直僕も悩んだ。この前から引きずっている気まずさもあるが、青葉自身、普段からバイトで忙しそうにしているので声をかけるのもはばかれたのだ。結局、それも話題を切り出せない自分自身に対する言い訳かもしれないが。
そんな僕の様子から、なんとなく察したのか常盤さんはこれ以上、話を広げようとはしなかった。食事を再開しつつ、神藤に対して保安警備専攻の確認事項について問いかける。
嬉しさのあまり姿勢を正して応える神藤。たぶん、T.S.O.の獣人みたいな尻尾があったら全力で降りまくってるんだろう。
あれ? そういえば神藤はT.S.O.とか、VRMMORPGをやってたりするんだろうか。
神藤と親しくなったのはつい最近のことだ。そもそも隣室という関係だったのだが、僕がベンジャミンやガウと早めにつるむようになったこと、あと、それ以上に神藤自身が陵慈の出自に遠慮があって声をかけづらかったということらしい。
もっとも、ベンジャミン経由で僕とも共通の話題があることが判明してからは、アッサリと気安い中になってしまったのだが。
「……ん?」
不意に小さなアラーム音が聞こえたかと思うと、陵慈が席から立ち上がりながら携帯端末を確認する。
「部屋に戻る」
短く言い残すと食べかけの食事をテーブルの上に残したまま、スタスタと窓側の端にあるテラスへと繋がる扉へ近づき、ためらいなく外へ出ていってしまう。
「部屋って、そっち方向違う……」
と、声をかけたが聞こえているのかいないのかわからない。
その時だった。
威勢の良い足音と共に、食堂の入口から桂教官が早足で乗り込んできたのだ。
「東! いい加減に観念しろ!!」
大きくはないが良く通る迫力のある声に、食堂内の喧噪がピタリと止む。
「まさか、コレを察知したのか……?」
凍り付いた雰囲気の中、僕は勇気を振り絞って口を開いた。
「たった今、そこから外へ出て行きました」
「くっ、裏をかかれたか」
本気で悔しがる桂教官、後から追いすがってきた男子寮の寮監が「居住階への進入はダメですよ、二回目以降は問題にすると教頭も……それに共用部とはいえ監視カメラデータへのアクセスも今回限りですからね!」と念を押してくると、「わかってるわよ!」と短く吐き捨ててから僕へと視線を向けてきた。
「明日、東を朝食に連れ出す前に連絡しなさい、良いわね」
「は、はい」
その迫力に思わず姿勢を正してしまう僕。
実は夕食の前、寮の売店から大量のレトルト食品や缶詰など一週間分を優に超える食糧を部屋に運ぶのを陵慈に手伝わされたのだが、教官の有無を言わさぬ雰囲気に呑まれてしまい、言い出すことができなかった。




