第45話 過ぎ去る時間
「ああー ついに七月も終わっちゃったねー」
学園から寮へ帰る途中、オノゴロラインの車両の中で花月がお手上げといった風に肩をすくめた。
この車両には、所用があると学園から別行動をとったガウを除いた桂クラスの五人しか乗っていない。
常盤さんが悔しそうにため息をつく。
「結局、戦力になれていなくて歯がゆい限りだわ」
「いや、どちらかというと巻き込んじゃったのは僕たちだし」
慌ててフォローする僕の横で、常盤さんと同じ立場のハズの陵慈が「ふわあ」とアクビした。
ベンジャミンが「大変ですネー」と肩をすくめる。悪気がないのはわかってるし、あきらかな八つ当たりなんだけど、その何も考えていないような笑顔にツッコミをいれたくなる。
もちろん、そんな僕の内心には全く気づかないベンジャミン。
つい三日前、三月ウサギをはじめとする攻略組がついに十二層への入口へとたどり着き、事態は進展を見せたかに思えた。
さっそく僕らWoZメンバーも足を踏み入れたのだが、広大な十一層とは雰囲気がガラリと変わり、複雑な狭い通路で構成された遺跡──雰囲気的には南米の奥地、アマゾンとかにあるっぽい──そんなダンジョンだった。
高低差を利用して不意打ちをかましてくるモンスター、通路をあちこちで寸断するように激しく流れる地下水路、全ての光源を呑み込む暗黒領域、高レベルの盗賊系スキルでも解除に難儀する罠などなど。階層内の地図を作るところから相当な苦労を強いられている。
「焦ってるのはワタルたちだけじゃないみたいデスよ、ネット上ではT.S.Oプレイヤーもそうじゃない人たちもヤキモチでイライラしてるようデスね」
「ヤキモチ……ヤキモキ、かな」
反射的に入れた僕のツッコミに「オゥ!」と、いかにもなリアクションを見せるベンジャミン。
今のやり取りがツボに入ったのか笑いが止まらなくなった花月に場を委ねて、僕は少し考え込む。
攻略スピードが落ちた理由は、ダンジョンの難度が上がったことにより多くのT.S.O.プレイヤーたちが攻略に慎重になってしまったことが挙げられる。その結果、キャラクターの死亡による情報流出の頻度は目に見えて減少した。だが、逆にそれが外野の野次馬たちの欲求不満を煽ることになってしまい、プレイヤーたちへの心ない声は、反比例するように以前に比べて多く目につくようになってきていた。まあ、この際、外野のことは無視すべきなのだが、気になるのはゲーム内、特に攻略組の少し後にいるプレイヤーたちの動向だ。
僕たちのギルドWoZは、一応攻略組に分類されてはいるが、規模が小さいため、それほど目立つ存在ではない。でも、そんな僕らのところにさえ、一度も接点がないT.S.O.プレイヤーから、いくつもの声が届いている。ほとんどは現状の攻略状況や今後の見込みを知りたいという問い合わせだったが、中には攻略のメドが立たないことに対する罵詈雑言を並べたものもあった。僕たちのところでこれなのだから、三大ギルドレベルになると、もっと酷い状況なんじゃないかと心配になる。
「気持ちはわからないでもないんだけどなぁ」
「他のプレイヤー達のこと?」
常盤さんの反応に僕は声を出してしまったことに気づいた。慌ててごまかそうかと思ったのだが、みんなの視線が集中してしまったので、説明せざるを得なくなってしまう。
「いや、ね。いくら安全地帯で事態の解決をただただ待っていたとしても、それで確実に助かるってワケじゃないし。もしかすると、判明していないだけで期限とかもあるかもしれない」
事件が解決しない以上、不安はいくらでも湧いて出てくる。一方で、唯一頼りにしている攻略組の進捗が目に見えて遅くなることで、不安の中に絶望が混じりはじめ、冷静な対応ができなくなってしまうのではないか。
「自分で動こうとしないで他人に頼ってる分際なのに口だけわーわー騒ぐようなヤツ、相手にするだけ時間のムダ」
陵慈がボソッと一刀両断にする。
まあ、陵慈の言うことも正論なんだけど、人間、そういつでも理性的に割り切れるわけでもなくて。
苦笑しつつ、僕は言葉を続けた。
「実際のところ、ちょっと気になるのはライト層じゃなくて、もうちょっと上、攻略組からちょっと遅れた位置にいるプレイヤーたちなんだよね」
T.S.O.も運営期間が相当長くなってきていることもあり、攻略方面のヒエラルキーは安定していて、先行の攻略組、攻略組からの情報を得つつ追いつこうとする二次組、そして、それらの攻略組から数歩遅れながらも,
この状況を逆に楽しみつつ進んでくるマイペース組に別れていて、しっかりと棲み分けとそれぞれの関係性ができていたりする。
「なんかね、二次組の人たちに焦りというか、なんなんだろう。浮き足だってる感じなのかな、なんか余裕がない感じがするんだ」
ぶっちゃけ、WoZは攻略組と二次組の境界線上に位置する存在である。なので、どちらかというと二次組の方にこそ知己が多かったりするのだが、だからこそ、そんな彼らの態度の変化に気づいてしまったのかもしれない。
そんな僕の懸念に他のみんなは顔を見合わせたが、結局のところ、僕たちのやることに変わりはないという結論に至り、この話題はこの場限りで終わってしまったのだった。




