第43話 野郎どもの井戸端会議②
宇宙実習──軌道エレベータ【ヤタガラス】の昇降機【ミサキ】に宇宙学園の生徒達が乗り込み、実際に宇宙空間へと上がって行われる実習だ。地上から約一週間かけて静止軌道上にある宇宙ステーション【カグヤ】まで上り、さらに約七ヶ月滞在することになる。来年三月に地上へ帰還する予定だが、それまでの間、宇宙空間上での学習や生活訓練の他、さまざまな実務にOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)形式で参加することにもなる。
「楽しみだけど、厳しそうな内容だし、スケジュールも過密だよね……」
そう呟きながら端末の資料を見るガウ。資料には細かいスケジュールから始まって、各業務の詳細内容や日々の生活の細かい規定など、様々な項目が詳細に記述されている。宇宙実習まで、この資料の内容も一通り網羅しないといけない。それだけでも大変な作業だ。
神藤と、まじあぬ談義を続けていたベンジャミンが身体を起こした。
「その資料も味気ないデス。日本の学校というなら冊子で用意するのがオヤクソクというモノデス。シオリってヤツです、エンソク! シューガクリョコー!」
バンバンとテーブルを叩くベンジャミン。
「激しく同意。わびさびというものをわかっていないよね、担当者には猛省をうながしたい」
続けて神藤も重々しく頷く。
「ごめん、言ってることがあまりよくわからない」
さすがに戸惑い、もう一度助けを求めようとガウは反対側で気だるそうに端末を弄っている陵慈へと視線を向ける。
「無視して問題ないと思うよ」
だが、あっさりと切り捨ててしまう陵慈。
ガウは少し考えてから口を開く。
「内容をみたところ、生活の場所が寮や学園施設からミサキに変わるだけで、授業や実習は今までの延長線上といったところなんでしょうが……その、彼らは大丈夫なんでしょうか」
「北斗たちのこと?」
端末のディスプレイに視線を固定したまま陵慈が言葉を続ける。
「今のところ、宇宙実習期間までに解決するのは無理なんじゃない? まあ、ミサキやカグヤからでも地上へのネット接続はできるし、逆に宇宙に出ちゃえば学園と寮との移動時間が無くなるし、娯楽も制限されるし、外出もできなくなるわけだし、T.S.O.に専念できるんじゃない?」
「言われてみればそういう見方もできますね」
少し驚いたような表情を浮かべるガウ。
「運動実技や格闘実技だってなくなるし、体力的にも余裕できるかもよ」
「どっちかというとリョウジとしては、そっちの方が重要っぽいデスネ」
「うるさい」
陵慈にちょっかいを出し始めたベンジャミンをそのまま放置して、ガウは視線を中庭へと向ける。
ベンチに座ったままの航と楓の後ろを花月が落ち着かない様子で行ったりきたりしているようだ。
「わかりやすいというか、ベンジャミンが羨むのもしかたないかな」
航たちは、桂教官からは宇宙実習前に事態の解決を求められている。いくら実習の延長線上とはいえ、宇宙空間での活動がメインなのだ。危険──状況によっては死と隣り合わせの状態になるわけだから、できるだけ面倒ごとは地上にいるうちに解決させておきたい、そんなところだろう。
「事態が事態だけに、宇宙実習の延期、いや、このクラスだけでも出発を遅らせる……とか」
瞬間、全員の視線が自分に向けられ、ガウは内心の呟きを声に出してしまったことに気づいた。
「さすがにそれは無いんじゃない?」
「シューガクリョコーとかエンソクなら、別行動とかあとで合流ってパターンもありマスけど、今回はムリじゃないデスか」
「ぼくはクラス違うからよくわからないけど、特別扱いは難しいと思う」
「あ、そ、そうだよね」
ガウはごまかすように笑いながら端末を閉じた。
「前々から思ってたけど、ガウっていい人だよね、アイツとはまた違うけど」
チラリと中庭を見やる陵慈。
ガウは照れたように頬を人さし指で掻く。
いい人、この国に来てから良く言われるようになったのは事実だ。
大抵は褒め言葉だと受け取っていた。たまに皮肉めいた口調を感じるときもあるけどと、ガウは今度こそ心の中でそっと呟く。
「いい人……ですか」
他人が発するその言葉に込められた思いと、受け止める自分の中に生まれる感情。
自分の気持ちをコントロールする術には長けていると思うが、それでもポジティブとネガティブが混じり合った複雑な想いが零れそうになる。
ガウはふうっと息をついた。あえて、冗談っぽい口調でみんなに問いかける。
「いい人って、この国に来てからよく言われるんだけど、褒め言葉と思ってていいんですよね」
神藤が慌ててフォローするように手を振った。
「もちろんだよ、ガウくんに関してはそのまま言葉通りの意味だと思って間違いないよ」
「そうだね、この周りで嫌味な使い方している人はいないと思うよ」
珍しく陵慈が苦笑めいた表情になっていた。
「みんなもいい人なんですね、僕は運が良かった」
そう笑ってみせるガウに、他の面々は照れたようにそれぞれの仕草をみせる。
そんな穏やかな雰囲気の中、ガウが抱える内心の小さな何かに気づく者はいなかった。




