第42話 野郎どもの井戸端会議①
「くっ……さすがはワタルでーす、両手に花、ハーレム展開……うらやましすぎマース」
そう言ってテーブルへと突っ伏すベンジャミン。
その隣に、悔しそうな表情を浮かべる少年がもう一人。
「全くです……九重さんもガードが甘すぎます。ああいう人畜無害そうな北斗みたいなやつに限って手が早かったりするというのに」
彼らがいる休憩エリアからは、窓越しに中庭が見渡せ、日の当たるベンチで話に花を咲かせる花月と楓、そして、その横で気持ちよさそうにうたた寝している航の姿が丸見えになっていた。
「あれ? 君は……神藤君だっけ。いつの間にかベンジャミンと仲良くなったんだね」
遅れて姿を現したガウが、いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべながら同じテーブルにつく。
ベンジャミンがガバッと身体を起こす。
「そーなんデス! 聞いてクダサイ、こんな身近なところにココロザシを同じにする同志がいたんデスよ!」
すると、隣の少年、神藤 広明も感激したような様子でベンジャミンに向き直る。
「まさか、あの『まじかる探偵あぬびす団☆』略して、まじあぬっ! あの名作を信奉する同志がいたなんて、ぼくこそ驚きですよ! しかも、放映当時、ベンジャミン同志は海の向こうにいたワケで、その熱意たるや!!」
「そ、そうなんだ。もしかして、日本じゃ有名な……えっとアニメ? なのかな」
テーブルの反対側で俯せになっている陵慈へ助けを求めるガウだったが、彼の返事は極めて素っ気なかった。
「疲れるから巻き込まないで」
「……そうですよね」
ため息をつくガウ。
そんな二人を余所に、ベンジャミンと神藤は「青が最高!「いや、王道の赤でしょ!」「敵の女幹部もアリ!」「それよりも伝説の第八話の解釈は……」 などと勝手に盛り上がっていく。
ガウはあらためて神藤を見やった。クラスは違うけど、寮では航と陵慈の部屋を挟んだ反対側の住人で、何度か顔を合わせたり話をしたりしたこともある。もっとも、自分たちが留学生という存在だからだろうか、壁を感じていたことも事実だ。でも、その壁をあっさり取り払ってしまうのだから、ベンジャミンのオタク趣味も有用なスキルと言えるのではないか。
この機会に乗ってガウもコミュニケーションを取ってみることにしたようだ。話題が一段落したところを見計らって会話に参加する。
「えっと、神藤君はもう授業に慣れた? 保安警備専攻だったっけ」
「あー、正直言うとギリギリってとこかな」
ガウの問いかけに笑いながら応じる神藤。ベンジャミンのおかげですっかり打ち解けたようだった。
「担任教官は?」
「三上教官、思ってたより優しい先生でホッとしてる。あ、でも、そっちの桂教官も良いよね、ある意味羨ましい」
「さすがシンドウはわかってマスね」
ウンウンと頷くベンジャミンを丁寧にスルーしてさらにガウは神藤といくつか言葉を交わしていく。
神藤も完全に気を許したのか、ベンジャミンへ対するのと同じような人懐っこさを見せ始めていた。陵慈とさほど変わらない小柄な身体で、そばかすのあとが残るまだ幼く見える顔。特に厳しい保安警備専攻のカリキュラムをこなすのは本当に大変そうに思える。
ベンジャミンが神藤の肩に手を載せる。
「シンドウはこう見えても武術の達人なんデスよ」
「え、そうなんだ!?」
びっくりして声を上げてしまってから、ガウは慌てて神藤に謝る。
だが、神藤は気分を害した様子を見せなかった。
「達人って盛りすぎだよ、まだ段位だってもらえてないのに」
「武術って空手とか柔道ですか?」
「うん、躰道っていうんだけど、あまり聞かないよね」
神藤によると小学生の頃いじめられていたことがあって、その時、近所にあった道場に通い始めたとのことだった。今考えると中二病のかかりはじめみたいなものだよねと笑って話す姿に、ガウはある種の強さを感じて認識を改めたようだった。何事も外見で判断してはいけない、と。
「まあ、それはそれとして……」
神藤が声を低めた。
「常盤さんと北斗がつきあってるって話があるんだけど実際のところはどうなの?」
「あ、もしかして神藤君、常盤さんのことが気になってたりするの?」
「ちょ、ちょっ! 質問に質問で返すのは卑怯ってか、べ、別にそんな意味じゃないしっ!」
何気ないガウの返しに、あからさまな動揺をみせる神藤。
ベンジャミンが少し考え込むような素振りを見せる。
「今のトコロ、そういう兆候はナイっぽいデスよ。というか、カエデ狙いならいっそのことワタルを取り込むっていう策がオススメデスね。将を射んと欲すればまず馬を射よってヤツデスよ」
それは違うんじゃないかとガウは思ったようだが、あえて口を挟まなかった。
「それに、何を隠そう、ワタルもまじあぬ同志デスしね」
「え? そうなの?」
テーブルの上で額を寄せ合って密談モードに入るベンジャミンと神藤。
ガウはそんな二人に苦笑しつつ、個人用の情報端末を起動させた。
既に三ヶ月近く生活を共にしているせいか、ある意味扱いづらいベンジャミンに対しても、自然につきあえるようになっていたことに本人もビックリしている。
もともと、宇宙へ出るにあたって協調性や環境適応能力も入試の際に考査されているのだが、この物静かな留学生はその方面について特に優れているのかもしれない。
ガウは透明ディスプレイに表示された書類を指で弾いてページを読み進めていく。
「……宇宙に上がるの、もう来月なんだね」




