第41話 ギルドのリーダーとして
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宇宙学園中庭のベンチに座る僕は空から降り注ぐ陽の光に目を細めた。
「──実はさ、あの後、みんながログアウトしたあとに、三月ウサギのフェンランさんがギルドハウスに来てくれたんだよね」
コーヒー牛乳を一口飲んでから僕は隣に座る常盤さんに話しかけた。
「それって、全滅しそうなきっかけになった?」
「うん、そう──」
◇◆◇
みんながログアウトして、僕の装備の修理作業もゴールが見えてきた頃、ずっと個人チャットを続けていたロザリーさんが、躊躇いがちに声をかけてきたのだ。
「……ちょっといいかい? フェンラン、さっきの三月ウサギのギルドリーダーが、アンタと話がしたいって言ってきてるんだが、礼を言いたいのと、あと謝りたい、ってさ」
その言葉を聞いたとき、僕は改めて思い出した。僕たち、WoZは辛うじて全員無事に帰還できたが、三月ウサギの方には数人の犠牲があったことを。ようやく気持ちの整理がつきかけたタイミングだっただけに、余計に困惑してしまう。
「もう遅いし、今日のところは断ってもいいんだよ」
そうロザリーさんは気遣ってくれたが、僕はあえて会うことにした。
パーティリーダー、ギルドリーダーとしての筋は通さなきゃいけないと思ったし、現実から目を背けるわけにもいかないと考えたのだ。
「そうかい、あんたがそう言うならいいけどね」
ロザリーさんはあまり気乗りしないようだったが、承諾の旨を個人チャットで先方に伝える。
お礼と謝罪をしたいということだったが、僕たちが助かった一方で、向こうは取り返しのつかないダメージを負ったのだ。こちらこそ感謝と力の至らなさを詫びる必要があると思った。
そして、すぐに三月ウサギのギルドリーダー、フェンランさんがギルドハウスへやってきた。WoZリーダーの権限でフェンランさんに一時的な入出許可を付与して、ギルドハウス内の応接室へと招き入れる。
席に着く早々、知的な青年といった風貌のフェンランさんは僕に向かって深々と頭を下げてきたのだ。
「今回は助けてくれて、ありがとう。ギルド──三月ウサギとしても俺自身としても礼を言わせてくれ」
「い、いえ、そんな。こちらこそ最後は助けてもらって、その……」
慌てて腰を浮かせる僕に対して、フェンランさんが右手を挙げて制した。
「間違わんでくれ、今回助けてもらったのは俺たちだ。君たちに会わなかったら俺たちは間違いなく逃げ切れずに全滅していたんだ」
フェンランさんは淡々と言葉を続ける。
「確かに結果として、俺たちの仲間二人が死んだ。そして、さっきリアルでの情報流出も確認された」
「……!!」
僕とロザリーさんがほぼ同時に息を呑む。
なんと言ったら良いかわからない、戸惑う僕たちを余所に、フェンランさんが小さく微笑んだ。
「ああ、気に病まないでくれ……と言っても難しいかもしれないが。すでに本人達とも連絡は取れていて、これからの対応も相談している。不幸中の幸いというか、二人ともしっかりしているメンバーで、確かに面倒なことは面倒だが、対応不可というレベルではないそうだ。言いたいヤツには言わせておけって逆に叱られたくらいでね」
それでも言葉が出ない僕たちをよそに、少し雰囲気を和らげようと姿勢を崩して足を組んでから、穏やかな表情で話を続けるフェンランさん。
「これだけは伝えておきたいと思ったのが、君たちはこの件に関して、なんら責任を感じる筋合いはないということだ。もし引け目を感じているのなら……誤解を怖れずに言うと、それは俺たちに対する侮辱になりかねない。君たちは最善を尽くしてくれたんだ、本当に助かった。そして、差し支えなければ、これからもできる範囲で協力関係を続けてもらいたい」
その後、フェンランさんと二言三言言葉を交わしたが、詳しい内容は覚えていない。それだけ、僕の中でフェンランさんの気遣いが心に染みたということだと思う。
◇◆◇
「──いい人だったんだね」
常盤さんがポツリと呟く。
「うん、おかげで少しだけ吹っ切ることができたんだ」
これは本心だった。完全に忘れることは難しい。でも、フェンランさんとの会話で重荷の一つが軽くなったのは事実だった。事件の解決に向けて再び足を踏み出すことができる。その手応えは実感していた。
「というか、って、あの後ってことは、もしかしてほとんど寝られてないんじゃないの!?」
「あー、うん。その後も少し話し込んじゃって、ログアウトしたの五時前くらいだったかな」
「はあ……まったく」
呆れたように常盤さんがため息をついた。
「いいわ、時間になったら声をかけてあげるから、ギリギリまで寝てなさい。まだ三十分くらい昼休みも残ってるし。眠れないまでも目を閉じているだけでも効果があるだろうし」
「うん、ありがと。お言葉に甘えさせてもらいます……」
僕は素直に目を閉じた。少し温かく感じる海風が吹き抜けていく。
遠くから花月が呼ぶ声も聞こえた気がしたが、急に降りてきた眠気に抗わずに身を委ねる。




