第37話 とある中堅ギルドマスターの憂鬱
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T.S.O.内の、とある中堅ギルドハウスにて──
「クソッ、このままじゃこっちがもたない……」
一人のネコミミ少女がイライラと金色の髪ごと身体を小刻みに揺らしている。
可愛らしさを重点的にアピールする淡い色合いのコスチュームに身を包み、アクセサリーも装着限界いっぱいまで身につけている。
「大丈夫だよ、なんとかなるって」
後ろからかけられた声にネコミミ少女はハッとして振り返る。
ここは自分たちのギルドハウス、他のギルドメンバーたちも自由に出入りできる場所だ。
「てへ、ゴメンなさーい☆ 少し不安になっちゃったみたい」
胸元に両手を当てて、あえて媚びるようなポーズを取る。
「しかたないよ、こんな状況だし。はぁ、いつまでこんな状況が続くんだろう」
優男風の剣士キャラが天井を見上げると同時に、周りにいた他の男達も大小さまざまなため息をつく。
このネコミミ少女をリーダーとする某中規模ギルドの面々も、一連の騒動が始まってから、ほぼ毎日のようにT.S.O.にログインしては、このギルドハウスに集まっていた。
当初は彼らも事態の解決に向けて、闇王の墓所攻略を進めていたのだが、先行する大規模ギルドたちに水をあけられる一方で、次第に解決への熱意も冷めてしまい、今では能動的に動くことを放棄してしまっていた。
「攻略組のヤツら、あと少しだ、もうちょっとだって言ってるけどあてになるのか」
狼をあしらったワイルドな服装の男が舌打ちをする。
隣に腰掛けていた少年魔法使いもお手上げと言ったようなしぐさをした。
「一応攻略動画とかもチェックしてるけど、本当にそれが正解なのかとかもわからないしね。別の知り合いも言ってたけど、本当にクリアできれば解決っていう保証もないし」
「ああ、そんなことを誰かが言っていたな……最悪のシナリオは一部のヤツらだけ助かって、他はどうなるかワカランってやつ」
狼服の男の言葉にネコミミ少女が聞き逃せないとばかりに身を乗り出す。
「ちょっと、待ってよ、それってどういうこと?」
「あくまでも可能性の話だぞ、今回の事件、闇王の墓所をクリアすれば解決っていわれているが、あくまでも攻略したヤツらだけが救済されて、残りは全員ゲームオーバー扱いになるってこともあり得るんじゃないかって」
「冗談じゃない!!」
思わず声を荒げるネコミミ少女。
その普段は見ない剣幕に他のメンバーたちがあわててフォローを入れる。
「あくまで可能性っていうか、ソースも何にも無い噂話というか……」
「あ、ゴメンなさい……」
再び我に返ったネコミミ少女は、曖昧な笑顔をみせて大丈夫だよとメンバーたちに手を振ってみせる。
正直言うと、T.S.O.に関してはこの事件が起きるまで、少し疎遠になりつつあったのだ。サービス開始からプレイを続けて、キャラクターも育ち、仲間も増えて自分のギルドを組織するにまで至った。一方で、リアルの方も学生から社会人へと身分が移り変わり、仕事も充実し、恋愛から結婚、そして子供も二人産まれた。まさに順風満帆の人生といってもいい。必然的にT.S.O.へのログイン時間も減り、家族が寝静まった夜中に度々入るくらいになっていた。そろそろフェードアウトする頃合いかと思っていたのだ。
「チクショウ、どうしたらいいんだ……」
音声チャット用のマイクをオフにして呟く。ヘッドマウントディスプレイ内のレイアウトを切り替えてゲーム画面を半分にし、代わりにネットワーク端末画面を広げる。
別にゲームキャラがロリコン趣味全開な少女キャラクターであるのはいい。それを知られたとしても奥さんは呆れつつも流してくれるだろうし、リアルの友人たちからも「ネカマかよ」と一笑に付される程度だろう。行政に紐付けられた各種個人情報や、ネット決済用の各種情報なども事件が起きてから関連機関の対策が働きつつあり、外部に公開されたとしても、それを悪用される可能性はだいぶ低くなっている。
「問題はこっちなんだよ……」
それは学生の頃から趣味で集めてきた動画や画像、音声などのメディアファイルだ。
いわゆる黒歴史と呼ばれるモノなら、まだ良い。だが、若気の至りというか興味本位で収集したモノの中には規制に引っかかる、持っているだけで自分の人格を攻撃されてしまうようなモノも含まれていた。万一、それが自分の情報と紐付けて公の場に流れてしまった場合、法的責任を問われる可能性もあるし、それ以上に、会社や友人、そして、大切な家族たちからどのような視線や言葉を向けられるのか、それが怖い。
「クソッ、クソッ……」
悪態をつきつつ、クラウド上の個人データを消していく。
だが、それが無駄なあがきであることは本人が一番知っていた。
一世紀以上前の時代ならともかく、今は人間社会における全ての電子データは巨大な量子コンピュータネットワークに保管されている。しかも、ネットワーク上では分散処理によって、全てのデータが扱われており、目の前のデータを消したとしても、膨大なネットワーク上には無数のファイル履歴が残されており、今回の流出はそのレベルで掘り出されてしまうことが既に判明していた。
「もうこっちも限界なんだよ」
ゲーム内での安全を確保するために、事件が起きてから空いている全ての時間をT.S.O.に費やしていた。大々的に報道されていることもあり、家族も会社も配慮はしてくれている。だが、たかがゲームの問題と軽く捉えられている節もあり、言外のプレッシャーを感じることも多い。時間が経つにつれ、削った睡眠時間やゲーム外のコミュニケーション時間がそのままストレスに転嫁され、不安も雪だるま式に大きくなっていく。
「クソッ、こうなったら」
彼はゲーム画面を元に戻し音声チャットをオンに戻した。
「ねえ、みんな……提案があるんだけど」
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