第33話 一般学生とエリートたち②
「なんだったんだ……」
「なんだったんだろうね……って、ねえ、東くんがこちら側の人間って、どういうこと?」
突然の嵐の襲来にため息をつく僕を華麗にスルーして、花月が無邪気な問いを発する。
「それって、まあ……」
僕はどうしたものかと視線を横に動かしたが、当の陵慈はテーブルに突っ伏したまま答える気がなさそうだ。
ベンジャミンが首を捻る。
「話のナガレ的に、コイズミたちはエリートで、リョウジも仲間だ、っていう風に聞き取れました。でも、日本って社会的な階級とか身分とかってナイですよね、昔のサムライ時代とは違いマスし」
「うーん、その通りなんだけど」
僕は言葉を選ぶ必要を感じた。特に留学生であるベンジャミンとガウ相手なので嘘をついてはいけないし、誤解を招いても良くないと思う。
「僕たちの祖父母の世代くらいかな、それまでは日本でも社会的格差ってあまり表面化してなかったらしいんだけど、何回か経済的な波、不況と好景気とかの繰り返しみたいな? そういう流れの中でやっぱり収入格差みたいなのは拡がっちゃってさ」
それでも、日本は富の再分配のシステムが効率的とはいえないまでも最低限機能していたこともあり、社会構造の変化とまではいかなかった。だが、見えない部分、例えば教育にかけられるコストの多寡という面では、生活に余裕のある層は高度な教育を受けることができる一方、生活するのが精一杯で最低限の教育投資も難しいという層も形成され、いろいろ端折るがその結果、社会的地位の二極化へと繋がり、現在の日本を実質的に動かしている、いわゆるエリート層と一般市民層という意識分けが生まれてしまったのだ。
「そして、この宇宙学園という存在が、また問題なんだよね」
不意に顔を上げた陵慈が僕の説明に続ける。
「今のこの国って有名大学とかエリートコースに乗るためには結構なコストが必要で、それ相応の生活レベルにある人しか進学できない。でも、宇宙学園は受験料も学費も寄付金もいらない、しかも学生には給料がでる。そんな環境が、この国の将来を左右する宇宙開発という先進分野に生まれた。今、自分たちがエリート層にいると思ってる人たちは怖がってるんだよね、えっと下克上ってヤツ?」
「オゥ! ゲコクジョー! それ知ってます!」
ベンジャミンがハイハイ! と手を挙げる。
それを完璧に無視する陵慈。
「なので、自称エリート層の人間は宇宙学園に圧力をかけたりするわけ、その一例が統合管制専攻の存在。最初はそんな学科、設置される予定はなかったんだけど、上からのゴリ押しで作られて、しかも受験資格もいろいろ限定されたりね。表向きは他の専攻と同じように選考されたことになってるけど、名簿見たらわかるけど全員そこそこ有力者の家の出だよ」
「……噂では聞いていたけど、酷い話ね。まともに管制科を受けた子達が可哀想」
納得できないと眉をしかめる常盤さんに、陵慈が小さく肩をすくめてみせた。
「まあ、その辺り、この学園の上層部もしたたかで、優秀な人間は他の科への志望変更とか勧めたりして漏らさなかったらしいけどね、ボクたちには関係ない話だけど」
花月が腕を組んで「むふぅ」と息を吐き出す。
「難しい話ばっかで、ちょっと疲れた。でも、一つまだわからない。東君が小泉君の仲間ってどういうこと?」
正面からツッコむ花月の視線を受けて、再びテーブルに突っ伏す陵慈。
完全に回答拒否という態度だ。気まずい沈黙があたりを包む。
そんな中、ガウが躊躇いがちに口を開いた。
「確か、海上自衛隊の将軍、えっと日本だと海将っていうんだっけ、その人の名前が確か、東だったよね。もしかして、関係がある?」
ガウの指摘に引き続き、回答拒否の態度を示す陵慈。
周りの皆は互いに困惑の視線を交わしあう。
東海将、この宇宙学園を含むオノゴロ海上都市と軌道エレベータ、ヤタガラス周辺の防衛を担う海上自衛隊の部隊を統括する最高司令官である。実は、陵慈が、その東海将の一人息子だということを僕は入寮時に寮監から聞かされていた。多少問題があっても上手くつきあっていくようにと念を押されたのだ。また、あまり陵慈の出自に関しては周囲に触れ回らないよう釘も刺されている。
そのこともあって、花月を含め、他の誰にも話してはいない。
もっとも、他人のプライベートをアレコレ詮索したり、話の種にすることは僕のポリシーに反する行為でもあるし。
僕は小さく咳払いした。
「とりあえず、この話はここまでにしておこう。もう昼休みも終わるしさ」
すると、花月も勢いよく立ち上がる。
「うん、わたしも難しいことはキライだし、東君はわたしたちのクラスメイトで仲間ってことでいいよね」
そう言ってポンと東の肩を叩いてテーブルの上の食器を片付けはじめる。
その姿を見て、常盤さんやベンジャミン、ガウたちもそれぞれの表情を浮かべながら立ち上がった。
そして、僕も皆に続く。
たぶん、僕も皆と同じような笑顔になっているだろうと思いながら。




