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第31話 日常はいつも通り

 攻略を開始してから数日が過ぎた。


「ふああああ……」


 アクビをガマンできずに机に()()してしまう。

 二限目と三限目の間の少し長めの休み時間。


 朝一の専門実習授業から教室に戻り、このあと座学(ざがく)授業の予定。


「……ちょっと、大丈夫? 無理してない?」


 常盤(ときわ)さんが見かねたのかミントのタブレットを差し出してくる。


「焼け石に水かもしれないけど、(かつら)教官の授業で居眠りとかしちゃったらT.S.O.のプレイを制限されかねないし」

「ありがと……自信ないけど頑張ってみる」


 口の中に白い錠剤を放り込むと、ツーンとした衝撃が鼻から抜けて一気に目が覚める。

 常盤さんは隣のベンジャミンの机に軽く腰掛けた。


「それで、状況はどんな感じなの?」

「とりあえず、七層までは到達できたよ。他のギルドの人たちが思ったより順調みたいで、情報も流してもらえてるから最終層までアッサリと到達できるかも」



 昨晩ゲームから落ちる前、ロザリーさんと一緒に、三月(さんがつ)ウサギの中核メンバーと情報交換することができた。もっとも、こちらから提供できる内容は僅かで、先方にはほとんどメリットはなかったが。そこはロザリーさんの顔と言うべきか、親切に対応してもらえたのが救いだった。


 ゲーム外でも、最初にクリアするのは三月ウサギ、サウザンアイズ、梁山泊(りょうざんぱく)のどこかという予想で盛り上がっていて、我らがワンダラーズ・オブ・ゼファーはオマケレベルの扱いとしか認識されていない。身の程知らずの目立ちたがり屋とか、もっと(ひど)い表現になるとハゲタカ、コバンザメ呼ばわりされることもあって、双子なんかは面白くないといった態度を隠そうともしない。

 ただ、事件として認知された最初の被害者が所属していたこと、偶然とはいえ、僕たちのギルドハウスの直近にこのダンジョンが出現したことなどから、悪い意味で注目されてしまっている。

 さらに真知の葬儀に参列したときの写真や映像がメディアに流されたりもして、少しずつだが身の回りが騒がしくなってきた。

 自分たちはまだいい、宇宙学園はある意味本土から隔離されている場所なので、興味本位のマスコミとか一般人はシャットアウトできる。ただ、実家の弟やアオたち兄妹、その他のギルドメンバーたちは大丈夫だろうか。サファイアさん──屯田さんが手を回してくれているそうだが不安は消えない。



「本当に大丈夫?」


 常盤さんの心配そうな声に、僕は我に返った。

 いつの間にか机の周りには他のクラスメイトの姿もあった。


「あ、うん、ゴメン、ちょっと睡眠不足なせいで……ダメだね、もっと気をつけないと、ははは……」


 うん、まずは自分の体調を管理しつつ、ギルドを引っ張っていかないと。そこをシッカリできないと、逆に皆の負担になってしまう。

 常盤さんは何か言いたそうに口を開きかけたが、教室の入口から不意に放たれた声に押し止められた。


「失礼、(あずま)君はいるかな」


 みんなの視線が向いた先に、何人かの学生を引き連れた少年が立っていた。

 そう問いかけながらも少年は返事を待たずに教室内へと足を踏み入れる。後に続こうとする二人を手で制して、迷わずに僕の後ろの席、さっきまでの僕と同じように机に突っ伏している陵慈(りょうじ)の席の横へ進んできた。

 姿勢の良いスラッとした体格に、自信に満ちあふれた余裕のある態度。ちょっと苦手なタイプかも。


「ようやく授業に出られるようになったんだね、体調が回復したようでなによりだ」

「……誰?」


 顔を上げずに声だけで応える陵慈の失礼な態度にこちらがヒヤッとしたが、彼は気にした風もなく言葉を続けた。


「失礼した、僕は統合管制(とうごうかんせい)専攻所属の小泉(こいずみ) 鋭仁(えいじ)だ。君のお父上とも面識があってね、寮で訪ねようとも思ったのだが、体調が悪いと聞いて遠慮してたんだ」

「……で、なんの用?」


 一方の陵慈は顔を上げる素振(そぶ)りも見せない。小泉と名乗った少年の端正(たんせい)な顔が小さく引きつる。


「いや、せっかくなので挨拶を兼ねて、今日の昼食を一緒にどうかと思って」

「……それだけ?」

「ああ、何人か僕の友人も同席することになるが、君にとっても有意義な時間になると思うよ。学生食堂の隣にあるカフェテラスに僕らのスペースがあるから邪魔されずにゆっくりと過ごせるしね」

「……わかった」


 あいかわらず机に伏せったまま、話は終わったとでも言うように右手を小さく振る陵慈。

 さすがに小泉もその態度にイラついたようだった。陵慈の肩に手を伸ばしかけたが、教室の入口からかけられた声に動きが止まる。


「はい、そろそろ次の授業の時間よ」

「か、桂教官!」


 ビシッと音が聞こえるような勢いで直立不動の体勢を取る小泉に、教官は小さく苦笑いを浮かべたようだった。


「小泉君も教室に戻りなさい、チャイムが鳴る前に席に着いておくのは基本だからね」

「は、ハイ!」


 声をうわずらせながらも、辛うじて平静を装いながら廊下へと向かい、待っていた生徒達と合流して自分の教室へと戻っていく小泉。その背中を見やりながら、いつの間にか隣に来ていた花月があきらかに面白くないという口ぶりで呟いた。


「なに、アイツ、なんかイヤなカンジ」

「小泉君、入学試験での首席で、エリート揃いの統合管制専攻の中でもトップエリートとも言える存在よ」


 常盤さんの説明に花月がポンと手を打った。


「ああ、そう言えば入学式の時、新入生代表で挨拶してた人だ。あの時はカッコイイと思ったんだけどなー、そっか、ちょっと残念な……で、なんで、そんな人が東君のところに来るワケ?」


 その場にいる全員の視線が微動だにしない陵慈の後頭部に集中する。


「これは全力で拒否ってるってカンジだなー」


 僕がため息をつくと、クラスメイトたちも察したように小さく笑う。


「ハイハイ、あんた達も席に着く!」


 教官が手にした端末で軽く教卓を叩いた。


「チャイムが鳴る前に着席しておくのが基本! そして、東! 私の講義を寝たふりで凌げると思うなよ!!」

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