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第23話 斜め上にもほどがある

 とりあえず、紗綾(さや)さんに勧められて、全員が席に着く。

 タイミングを見計らって声をかけてきたスタッフに僕と花月(かづき)の分の飲み物を注文してから、あらためて互いの自己紹介を行う。


 ロザリーさんこと、中島(なかじま) ひとみさん。今年とうとう四十路(よそじ)に突入したと嘆く、高校生の息子がいるという専業主婦。ゲームの中と変わらず、言いたいことをハッキリいう姐御肌(あねごはだ)という感じだ。僕の両親と同じ年ということもあり、不思議な感じはするが、頼りがいがあるともいえる。

 クルーガーさんこと、柏陽(かしわび) 紗綾(さや)さん。二十歳の大学生、丁寧な口調や上品そうな振る舞いに、あの花月が思わず「少女マンガに出てくるお嬢様みたい……」と呟いてしまい、周囲の視線に気づいて赤面する一幕があったくらいだ。正直、僕も同じような感想を抱いたので責められないけど。

 そして、イズミこと、狭山(さやま) (いずみ)、中学二年生。ラピスこと真知(まち)とは姉同士が友人で、その関係で知り合ったとのこと。

 続けて、僕と花月の番になる。宇宙学園の学生ということを話すと、ひとみさんが感心したように腕を組んだ。


「驚いた、超エリートじゃないか。うちのバカ息子も見習って欲しいもんだね」

「そこまで言われるほどのものじゃ……」


 慌てて僕は手を振るが、紗綾さんも肯定する。


「そうですよ、少なくとも高倍率の試験を突破している訳ですし、そもそも、前例のない、しかも宇宙という世界に飛び出していく勇気はすごいと思いますよ」

「いやー、なんというか……照れちゃいますねー」


 おい、花月。顔が弛んでるぞ、しっかりしろ。

 調子に乗りかける幼なじみの足をテーブルの下で軽く蹴るが、気づかないようだ。

 泉が、キラキラした瞳をこちらに向けてくる。


「ボクも宇宙学園を目指してるんです、模試では合格ラインギリギリなんですけど、北斗さんの後輩になれるように、もっともっと頑張ります」

「あ、うん……泉君も名前の方で呼んでくれると嬉しいかな、弟……ゲームの中のギルティね、あいつは(しょう)っていうんだけど、名字だと混乱しちゃうかもだし」


 これはヤバイ、泉の可愛さは警戒レベルだ。

 表情が緩みかけるのを感じて、思わず視線をそらしてしまう。

 あ、いつの間にか、花月から足を蹴り返されてる……


「コ、コホン」


 一つ咳払いをして、精神を落ち着ける。

 なんかひとみさんはニヤニヤしてるし、紗綾さんも手で口元を隠してるし、いかんいかん。


「あとはサファイアさんだけかー」


 花月がアイスティーを一口飲む。

 ひとみさんが、グイッとテーブルの上に身を乗り出す。


「実はさ、あたし、アイツの正体が一番楽しみだったりするんだよね」


 みんなの反応を順番に確認して満足そうに頷くと、今度はソファーに深く座り直して、肩をすくめてみせる。


「サファイアはさ、いかにも女っぽい女ってカンジでさ、あれ、絶対中身男だよね、みんな覚悟しておいた方がいいと思うよ……本人の前で笑い出さないように」


 言ってる内容は辛辣だが、口調と表情から悪い意味で言ってるようには思えない。

 むしろ、悪戯(いたずら)っ子めいた雰囲気で、こちらも気分が楽しくなってきた感すらある。


「……あ」


 そこで、ふと気づいた。

 ひとみさんはみんなの気分を解きほぐすために、あえて、そういう風に装っているのではないか。

 なぜなら、僕も似たり寄ったりのことを考えていたから。

 みんなが集まった時、空気が重かったらそれを何とかしないと、って。

 でも、それは杞憂(きゆう)だったかもしれない。

 ネタにされているサファイアさんには申し訳ないけど、ひとみさんのおかげで、残りのみんなも、表情に多少は影が残っているが、緊張は和らいでいくように見える。

 もちろん、僕も。


「あ、ねえ、(わたる)……あれ」


 花月が僕の袖をそっと引っ張る。

 視線に促されて顔を向けると、カフェの入口から濃い色のスーツを纏った複数の男性がこちらへ向かって歩み寄ってきた。後ろにいる制服姿の警官が敬礼したところをみると、刑事さんといったところだろうか。

 僅かな差で、三人もその存在に気づいて、表情がくもる。

 男のうちの一人が、こちらへ向かってきた。


「失礼……私はこういうもので」


 そう言ってスーツの内ポケットへ手を入れる男性に対し、ひとみさんが勢いよく立ち上がって、僕たちを庇うように男性との間に割って入る。


「ちょっと待ちな」


 身長も身体の幅も二回り以上大きな、しかも、いわゆるヤクザの構成員でもビビってしまってもおかしくない迫力の男性に対して、ひとみさんは負けていなかった。


「事情は警察のあんたらならわかってるだろ。もちろん、なにも話さないって言ってるわけじゃない、とにかく明日の葬儀が終わるまで、別れがすむまではそっとしておいてくれって言ってるんだよ」


 毅然(きぜん)と胸を反らすひとみさんの姿に、懐に手を入れたままスーツの男は少し怯んだようだった。


「あ、いや、そういうんじゃなくてですね」

「ああん? わかんないヤツだね。こっちには高校生や中学生がいるんだよ。仲のいい友だちを亡くすなんて、大人だって耐えられないくらいの辛さだろうに、ましてや、子供たちならなおさらさ」


 怒鳴るのではなく、静かに淡々と凄むひとみさんに、男は激しく狼狽(ろうばい)したようだった。


「わかったなら、出直すんだね」

「いえ、だから、本当にそうじゃなくてですね」

「これだけ言っても、まだわからないっていうのかい!」


 ひとみさんの声が高まり、ロビー内に響く。

 背後にいた男性たちが、状況の変化に気づいて早足でこちらに向かおうとする。


「あ、いや、ちょっと待って」


 男は反対の手でそれを制しつつ、一歩後退しながら、懐から手を引き出した。

 その手には黒光りする手帳……ではなく、一枚の電子カードが握られていた。

 T.S.O.のキャラクターカード、写真欄では見慣れた女神官キャラが微笑んでいる。

 一瞬の沈黙。


「え……もしかして、サファイアさん……なんですか?」


 座ったまま、おずおずと問いかける紗綾さんに、男性が気まずそうに顔を伏せて、小さくつぶやく。


「はい、いつもお世話になってます。サファイアこと、屯田(とんだ) (ひらく)です。二十八歳、職業は警察官やってます」

『うっそ……』


 ひとみさんと花月、そして僕の声がみごとにハモった。

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