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第22話 リアルでのはじめまして

 車体の振動で目が覚める。

 どうやら、ウトウトしてしまっていたようだった。

 車は専用道を降りて、雨に(けぶ)る長崎市街を走行していた。

 後部座席から花月(かづき)が手を伸ばして肩を叩いてくる。


「あ、起きてたんだ」

「今、目が覚めたとこ。ゴメン、ちょっとうたた寝してたみたい」

「いいよ、むしろ、眠れるときに寝ておいた方がいいよ」

「ん、ありがと」


 そう返事をしたが、少し眠ったことで、頭もスッキリしたみたいだ。

 目的地のホテルまで、あと十数分の距離。

 ここまでくると、今までの慌ただしさが、遠い過去のように思えてしまう。


「サファイアさんには感謝しないとね」


 目的地が近づいてきたこともあり、花月が座席に座ったまま軽くストレッチをしながら話しかけてくる。

 そうなのだ、長崎までの移動までは自分たちでなんとかできたが、その先の諸々な問題を助けてくれたのがサファイアさんだった。

 最初は、ラピスと個人的な付き合いがあるイズミに協力してもらうつもりだった。しかし、イズミもリアルではただの中学生である、やはり負担が大きい。そんな中、サファイアさんが手を挙げてくれた。ラピスの家族に直接連絡をとって段取りをつけてくれた上に、宿泊先の手配までしてくれたのだ。

 無人タクシーの走行速度が落ち、スピーカーからまもなく目的地に到着する旨の案内音声が流れる。


 ○


「ねえ、航……なんか間違ったんじゃない?」

「いや、メールにあったのはこのホテルで間違いない……はず」


 待ち合わせ場所として指定されていたホテルのロビーで、呆然と佇んでしまう僕と花月。

 タクシーが車寄せに入り、高級そうな制服のスタッフが出迎えに出てきたところで悪い予感がした。社会へのロボット普及が一般的になってから時間が経った現在、人の手によるサービスは富裕層を対象としたものに限定されている。まあ、逆に何らかの理由で時代に取り残されてしまったというケースもあって、それはそれで懐古趣味の人たちに人気もあったりするけど。


「あ、人と待ち合わせをしてるので大丈夫です!」


 荷物を運ぶのを手伝おうとしてくれるスタッフに手を振って遠慮しつつ、物珍しそうにしている花月の背中を押しながらそそくさとホテルの中へと逃げ込んだのだが、中は中で、高い吹き抜けの天井から吊される豪華なシャンデリア、足下の柔らかな絨毯、なんかとにかく高価そうとしか思えない調度品……今までの生活とは場違いな空間が広がっており、軽くパニクってしまう。

 そんな僕たちに、横合いから声がかけられた。


「あの……違ったらゴメンナサイ、もしかして、アリオットさんとくーちゃんさんですか?」

「あ……、もしかしてイズミくん?」


 先に気づいたのは花月の方だった。

 すると、声をかけてきた少女がホッとしたような笑みを浮かべて、手にした携帯端末をこちらに見せてきた。

 T.S.O.のキャラクターカード、ゲーム内からダウンロードすることで携帯端末や電子カードに表示させることができる名刺のような画像で、ゲーム外での交流などに使用できるようキャラクターの外見画像と名前、所属ギルドなどが記載されている。


「よかった! やっぱりお二人でした」

「イズミくんなんだ、うわぁ、はじめまして……じゃなくて、えーっと、ま、いっか!」


 照れるようにはにかむイズミの両手をとって、はしゃぐ花月。

 年は二つ年下の中学二年生のはず、襟元まで伸びたサラサラの髪、甘えてくる子犬を彷彿とさせる大きめの瞳。淡い色のシンプルなシャツにズボンという女の子っぽさを感じさせない服装が、逆に、本人の可愛さを引き立ててているようにも思える。


「イズミ……さんも、よく僕たちだってわかったね」

「ゲームの中と同じ、イズミって呼んでください」


 僕の言葉に、あらためて頭を下げてくるイズミ。


「最初に気づいたのはボクじゃなくて、ロザリーさんたちなんです」


 ゲームの中と同じ一人称、所謂(いわゆる)ボクっ()ってヤツですか。

 などという妄想を必死で抑えつつ、彼女の指し示す方に視線を向けると、少し離れた場所にあるカフェから、二人の女性がこちらに小さく手を振っている姿が見えた。

 一人は快活そうな表情を浮かべる大人の女性で、もう一人は綺麗な黒い髪を腰の上まで伸ばした清楚そうな雰囲気の若い女性。

 僕たちはイズミに促されて二人の元へと向かう。



「二人ともこっちの姿でははじめまして、だね。ロザリー……じゃなくて、中島(なかじま) ひとみ、こっちでは本名というか、名前で呼んでもらえると嬉しいかな。他の人にもそうしてもらってるから」


 ゲームの中と同じような雰囲気で笑うと、少し苦さを堪えるような表情を浮かべた。


「こんな状況で言うのもなんだけど、会えて嬉しいよ」

「こちらこそ」


 ゲームの中のロザリーさんと雰囲気が同じで、僕は自然に差し出された握手に応えることができた。

 続けて、もう一人の優しそうな笑みを浮かべた女性も手を差し伸べてくる。


「はじめまして、アリオットさん。私は柏陽(かしわび) 紗綾(さや)といいます、いつもはクルーガーでお世話になっております」


 ゲームの中では威風堂々(いふうどうどう)とした聖騎士の美形青年クルーガーさん。女の人が男性キャラを演じることは少なくないが、予想していたとはいえ、やっぱり違和感は拭いきれない。

 ただ、普段から漂わせている上品な雰囲気が共通している気もしなくはない。


「僕は北斗(ほくと) (わたる)です、その、僕もこっちでは本名で呼んでもらってもいいですか? やっぱり、気恥ずかしいですし」


 タハハといった感じで照れる僕の背中を、ロザリーさ……じゃなかった、ひとみさんがバシッと叩く。


「んじゃ、よろしくな、航!」


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