第21話 大人の思惑
「ふう」
桂は教官室を退出する学生たちを見送ると、小さくため息をついて、デスクの上の情報端末に手を伸ばす。
「あの……桂教官、差し出がましいようですが」
躊躇いがちに隣の席の男性教官が声をかけてくる。
三住 京輔。桂と同じ、統合管制部教官を兼任している統合管制室管理官。
線の細い真面目そうな青年だが、桂より三歳年上で、出向元の海上自衛隊での階級は同じ三佐。でも、着任は彼女の方が一年早いという、少し面倒な関係だ。
普通の人間なら、どうしても隔意をもって接するところだろうが、三住は、それが持ち前の性格なのか、それともそうあろうと努めているのか、彼女に対して相応の敬意を持って接している。
「ん、なにか気になることでもあった?」
言いたいことを想像しつつも、桂はあえてとぼけてみせる。
「先ほどの学生たちの件、少し甘いのでは。身内の葬儀ならともかく、友人、しかも直接のない面識のネット上のつきあいというのは、気持ちはわからないでもないですが、自分としては適切ではないと考えます」
「……そうね」
「学生とはいえ、国の重要機関の運営を担う立場にあると理解してもらうためにも、授業が始まったばかりの今の時期だからこそ、多少厳しく指導することが必要ではないでしょうか」
あえて急がずに、慎重に言葉を選ぶ三住の態度には、教官としての傲慢さや押しつけがましさは感じられず、彼なりに誠意を持って考えているようにみえた。
「ええ、その考え方も正しいと思うわ。この学園の重要性は一般人が想像しているよりも遥かに重い。今後、想定外の危険な状況に追い込まれる可能性も否定できないし、それに対応できるよう、今の時期だからこそ厳しく意識を変えるように指導すべきなのかもしれない」
桂はデスクの端に置いておいた昼食用の弁当から手を離して、椅子ごと三住に向き直る。
「でも、さっき三住教官も言ったように、彼らは学生、年齢的には高校生かしら。まだ一人の人間として未熟なことも否めない。将来の宇宙開発を担う人材を育てるには、理論や技術だけじゃない。感情や想像力、その他人間としての全ての力を伸ばしていく必要があると、私は考えている。言われたことをただこなす機械じゃなくて、人材を作り上げないといけないと」
「それが桂教官の信念というわけですか、今回の件もその信念からの布石だと」
三住の顔に困惑の表情が浮かぶ。肯定はしかねるが、完全に否定することもできないという感じか。
桂は少しだけ口調を緩める。
「……なんて、偉そうなこと言っちゃったけど、高校の教師なんてやったことないしね。これが正解だなんて自信は全くないのよ。海自の教練なら自分なりの方法論を語れるけど、まさか、自分が高校教師役をやることになるなんて」
話しているうちに、いろいろと過去の思い出が脳裏によみがえってくる。
「逆に考えると、自分が高校生だったときは教師に迷惑をかけまくってたのね。もし、あの時の自分が学生の中にいたら……って、話が逸れちゃったわね」
「いいえ、桂教官の学生時代の武勇伝、是非お伺いしたいところです」
今のはジョークなのか、それとも下心でもあるのか、桂は判断しかねたようだったが、小さく咳払いをして話を本筋に戻す。
「それとね、今回の件、警察の筋から依頼があったのよ」
「は?」
素っ頓狂な声を上げる三住。
宇宙開発機構は組織上、国土交通省の航宙局管轄下にあるが、霞ヶ関内での表には出ない主導権争いにおいて、最終的に防衛省が大きな影響力を及ぼすに至り、結果として警察勢力は遠ざけられてしまうこととなった。そのため、意趣返しとまではいかないが、警察組織の上から下まで、基本、この宇宙開発機構への態度は『わざと無視』という、極めて大人げない態度だったりする。
その警察が頭を下げてきたということは、異例の事態といってもいい。
三住が低く唸った。
「アレでしたっけ、VRゲームハッキング事件。確かに大事件ですが、それにあの子たちが関与してるってことですかね」
「そこまではわからないけど、あえて妨害する理由もないしね」
正直、組織間の主導権争いとかメンツとか、そういう面倒なことからはできるだけ離れていたいと、ため息をつく桂。
その点については同意とばかりに、三住がクスリと笑う。
「そういう事情もあったんですね。正直、教頭をどう説得するつもりなのか不思議だったのですが納得しました」
若松 順敬、宇宙学園教頭にして、軌道エレベータ統合管制室主席管理官。さらに出向元は海上自衛隊で階級は一佐。桂にとって関係する三つの組織全てにおける上司。
典型的なエリート軍人気質で、もちろん悪人ではないのだが、個人的な相性は、お世辞にも良いとはいえず、接する度にいささか精神的消耗が発生する。
「そうね、言われてみれば、その線から話を通すのが一番楽か」
三住のアドバイスに苦笑しながら、短く礼を告げる。
そして、彼女には、この機会に乗じて解決したい案件があった。
「北斗が外出してる間に、やっときたいことがあるのよね」
「……?」
「うちのクラスの最大の問題児対応」
情報端末から一人の学生のプロフィールデータを出力する。
「あ、例の東海将のご子そ……」
そう言いかけたところで、桂に視線を向けられ、思わず口ごもる三住。
「校長や教頭にも焦らず慎重にって言われてるんだけど、入学式から今日まで一回も出席してこないなんて、担任としてもなんというかガマンの限界的な?」
桂は冗談めかして笑ったつもりだったようだが、それを見た三住の顔はあきらかに引きつっていた。




