第2話 トルネリア・サーガ・オンライン
目を開くにつれて、木漏れ日がきらめく新緑の森が視界に広がってくる。
少し遅れて、小鳥たちのさえずりと風が奏でる木々の葉音が心地よく耳元をくすぐった。
「よし、今日も調子よさそうだな」
僕はいつもと同じように小さく息を吐いてから、準備を始めようと右手を軽く持ち上げる。
──ザワッ
瞬間的に不安をかき立てる微かな音が右側面から響くと同時に、右上端に赤いマーカーのような光が明滅した。
反射的に視線を動かすと、その先でほぼ同時に茂みが大きく揺れ動き、数本の樹木が激しい音を立てて倒れる。
──グオオオオオッッ!!
野太い雄叫びとともに巨大な棍棒を打ち下ろす青黒い肌の巨人。
不気味な光を放つ一つ目が、一瞬こちらを向く。
「一つ目鬼……って、なんでこんなところにいるんだよ!」
思わず声を上げてしまう僕。
しかし、巨人はこちらを一瞥しただけで、手にした棍棒を姿を現した方向へと振りかぶる。
「……疾風の矢!!」
甲高い女性の声が響き、矢のような形をしたエメラルド色の光が巨人の頭部に炸裂する。
「てか、そういうことかぁー!」
僕は咄嗟に状況を理解した、つもりになった。
視界を撫でるように右手をスライドさせると、色とりどりの光を放つパネルが眼前に広がる。
ほぼ反射的な動きでその中の一際大きい赤い光に触れた瞬間、視界が一瞬ホワイトアウトし、それが収まると、僕の身体を挟むように左側に白銀にかがやく小型の盾、右側に青水晶の様な煌めきを持つロングソードが現れた。
装備を探索用から戦闘用へ変更することで、自分の意識も切り替わる。
「だから一人で先にいくのはヤメロってーー!」
僕は視界の中のパネルに指を走らせた。
すると、周りの光景がグンと動き、自分が巨人へと駆け寄ってくような錯覚に陥る。
しかし、僕はそんなことおかまいなしに両手を動かしながら声を上げる。
「氷刃乱舞!!」
視界が急速に跳ね上がり、一つ目の巨人を眼下に捉える。
一瞬の硬直時間の後、僕が右手を縦にスライドさせると、シンクロしたかのように右側のロングソードが勢いよく動いて、無数の青い光がそれぞれ弧を描いて巨人に襲いかかった。
──ギャオオオオッ!!
苦悶の叫びを上げる巨人の身体の所々が白く凍り付き、動きがあきらかに鈍っていく。
「アリくんナイス!」
緑色のチュニックに白銀の胸当てという出で立ちの少女が歓喜の声を上げる。
長めの金髪が舞いあがり、僕に向かって笑みを見せた。
「よーし、こっから反撃……」
「できるかぁぁぁ!!」
僕はそう叫びながらパネルを操作し、巨人に向かってレイピアを突きつける少女に向かって体ごと突っ込んでいく。
「え、きゃあっ!?」
「なんで、サイクロプスにケンカ売ってるんだよ! よりにもよってレイドモンスターじゃんか、てか、どっからどうやって引っ張ってきたんだよ!」
武器を納め、少女の腰を抱えるようにしてダッシュで巨人から距離を取る。
なんかどさくさに紛れて一瞬変な体勢になっちゃった気もするが気にしない、じゃなくて、気にしている場合じゃない。
「ちょ、アリくん、離してってば、せっかく珍しい敵見つけたのに……」
「ふざけんなぁぁぁぁぁぁ!!」
──ギャオオオオオッ!!
身体についた氷を振り払い、一つ目の巨人がこちらへ向かい足を踏み出してくる。
[あれ? またやってんの?]
ピコーンという軽い音に続いて少年の声が聞こえてきた。
さらにピコーンという音と共に複数人の声が届いてくる。
[ああ、ラピスっちかー]
[まあ、ラピスならしかたないよねー がんばれ☆]
[……そ、そういう認識でいいの?]
「ちくしょー みんなログインしてるなら助けにこいよ!!」
全力で走りつつ叫んだ瞬間、ピタリとみんなの声が止まる。
「けっこう薄情だね、みんな」
肩に担ぎ上げている少女が他人事のように笑い出した。
MMORPG(大規模多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム)T.S.O.(トルネリア・サーガ・オンライン)、トルネリア王国という架空のファンタジー世界を舞台にしたオンラインゲームである。
世界的なインターネット関連大手ディールクルム社が量子コンピュータの概念を用いた超高性能サーバ群の商用化にメドをつけ、サービスサンプルの一つとしていくつかのプロジェクトを立ち上げた。
その中の一つ、オンラインゲーム開発のパートナーとして選ばれたのが日本の古参、大手ゲーム会社のノーザンライツである。その、ノーザンライツの子会社の一つ株式会社ノースリードが開発したタイトルがT.S.O.なのだ。
新技術を用いた大規模なオンラインロールプレイングゲーム。
超高性能サーバ群とすでに整備されつつあった高速無線通信網、さらにディールクルム社が商品化していたゴーグル型のHMDを利用している。
それらのテクノロジーを融合させたサービスとして、従来のコンピューターゲームとは比べものにならない没入感をウリに、世代を超える爆発的な人気を博し、数年たった現在でも日本を中心に熱心なユーザーによる支持を得ていた。




