第19話 VRゲームハッキング事件②
VRゲームハッキング事件が大きな社会問題として認知するまで、それほど時間は必要無かった。
急速に展開した内容に、当局のみならずマスメディアも事態を追いかけるだけで精一杯という状況である。
そこへ、さらに開発・運営会社の混乱ぶりも事態に拍車をかけた。
事件の発覚時点から、問い合わせやクレームが殺到し、会社としても対応に乗り出していた。
だが、深刻だったのは同じタイミングで会社内のシステムへ大規模攻撃も発生していたことで、表にこそ出ていないが完全にパニック状態に陥っていたのだ。
結果、運営用の基幹システムが完全に乗っ取られてしまっており、ゲームサービスの停止も不可能。強制的にサーバを止めるにしても、様々なサービスが複雑に入り組んでいる量子サーバシステムの一部を使っていることが災いし、仕様上、T.S.O.だけをネットワークから遮断することも不可能という完全な手詰まり状態だった。
量子サーバシステム──アメリカ合衆国に本拠を置くディールクルム社が構築した巨大量子サーバは、数年間の試験運用のあと、その有用性が大々的に喧伝され、ディールクルム傘下の企業が幅広いネットサービスを提供しはじめたことで利用者数が爆発的に拡がった。
特にしたたかだったのは、まず徹底的に強力なセキュリティを構築した上で早い段階で合衆国政府に働きかけ、公的サービスの取り込みに成功したことだ。
さらに、公的サービスのリリースに膨大なリソースを割いた判断が功を奏し、量子サーバシステムは社会インフラの地位を急速に確立した。
結果、金融、医療、輸送交通など幅広い分野において必要不可欠の存在となる。
そして、このシステムは他の国へと波及していく。もちろん日本にも早い段階で普及が進んだ。
量子サーバーシステムなしには国々の生活は成り立たない。誇張抜きでそういう状況まで成長したところで、ディールクルム社は次の一手として、マスメディアやエンターテイメント分野への進出を図った。
その中の一つがT.S.O.などの大規模なオンラインゲームであった。
ゲームというと軽い印象を受けるが、T.S.O.のような無数のプレイヤーが架空の世界内で活動するMMORPGというジャンルは、言ってしまえば量子サーバの中に、もう一つの社会を構築してしまうようなものだ。現実世界のシミュレーションとして大きな意義がある。
そのことを認識していたディールクルム社は決して手を抜かなかった。
専門の子会社として、長い歴史を持つ日本のノーザンライツという大規模ゲーム会社を買収し、さらに、各国の開発会社の吸収合併などを繰り返し、傘下に巨大な開発力を有する複数の開発会社を抱え込むことに成功、万全の体勢を整えることができたのだ。
ビジネス展開としては決して間違っていなかったが、ここが一つ、今回の事態の深刻さにつながる原因となった。
ゲームの世界のリアリティを高めるために、現実世界のさまざまなデータをゲーム内へと取り込むシステムが導入された。さらに、それらを元にゲーム内で処理されたデータのフィードバック経路も用意された。
その結果、最終的に社会で利用されているあらゆるサービスとの連携が増え、最終的にゲームサービスながらも量子サーバの中核に近い部分に組み込まれてしまっていたのだ。
そのためT.S.O.のサービスを強制的に停止するためには、他の多数のサービスともども同時に停止して作業を行う必要が発生がある。その影響と責任の大きさは、一私企業であるノーザンライツの、さらに子会社でしかないノースリード社の対応能力を完全に超えていた。
しかも、現状、被害を受けているのはT.S.O.のゲームプレイヤーだけなのだ。その一部の人間のためだけに、日本全国民、ひいては世界各国の人々の生活に多大な影響を及ぼしてしまうことになる量子サーバシステムの停止を、誰が決断し、責任を負うことができるだろうか──
だが、そんな運営・開発会社の事情とは関係なく、当然ながら、事態の解決要求と責任追及の声は急速に高まっていく。
ついには自体を重く見た政府が対策本部を設置することになるが、組織の調整に手間取り、後手後手の対応になってしまっていることは否めない。
一方、外部の混乱をよそにT.S.O.内では状況を把握したプレイヤーたちの行動により、少しずつ落ち着きを取り戻しはじめていた。
MMORPGというゲームの特徴の一つとして、ゲーム内で独自の社会が構築されているということがある。その現れが所属プレイヤー数の多い大規模ギルドによる、キャラクターの安全確保の動きである。
それらの効果もあり、個人情報の流出自体は次第に沈静化をみせはじめた。
しかし、初期の大混乱が落ち着きはじめると、自分に被害が及ばないと安心した人々の興味は再び流出した情報の内容へと向かってしまうものだ。
そのような雰囲気が急速に高まり、人々の注目はT.S.O.の現役プレイヤーたちへと向けられるようになる。そして、その視線の質も自然と変化していくのだった。




