第12話 集中砲火
「それにしても、まさかラピスの個人情報が流出してたなんて……」
ゲームの中だというのに、場の雰囲気が重くなったように感じた。
そうなのだ、桜葉 真知、九州の長崎にある某有名私立女子校に通う中学三年生、それがエルフの精霊剣士ラピスの現実世界の人格だった。
ぴーのが言うには、今日の未明くらいの時間帯に複数のSNSを通じて、真知の情報がアップされ、急速に拡散されたらしい。
「本名、年齢、性別、住所、成績や部活動など学校情報、アルバイト歴、個人番号、クラウドに保管されていた個人所有のテキストや動画、画像データ、メールとかの通信記録、銀行口座・電子マネー・クレジットカード情報に決済記録、健康保険情報から病歴、通院記録、GPS情報を基にした行動履歴……ってキリがないね」
ギルティの呟く声が微かに震える。
「どうしてそんなものまで、全部、こんなのひどすぎます……」
悔しそうに俯く弟の肩にそっと手を置くが、僕も無意識のうちに唇を噛みしめていた。
視界内に開かれた別ウィンドウにゲーム外の情報を参照できるブラウザを表示しているが、そこには、すでに流失している膨大な情報の中から目立つ部分が抜き出されて、次から次へとアップされている。個人情報なんだから扱いは慎重にすべきだとたしなめるコメントもあるが、そういう声はごく少数で、興味と悪意の奔流にアッサリと沈み込んでいく。
ラピス、いや、真知の私生活のほぼ全てがリアルの全世界に公開されてしまったといっても過言ではない。社会的な情報だけではなく、プライベート設定の日記や画像データも、何から何まで流出していたのだから。
僕ら、T.S.O.のプレイ仲間の情報もその中の一つ。
だが、そんなことは些細なものだ。そもそも、ゲーム外のメールやメッセージもT.S.O.のキャラ名で通していたので、自分たちへの影響は少ない。ゲーム専用のメールボックスがパンク状態に追い込まれているくらいだ。
心配なのは桜葉 真知本人の状態だった。
クルーガーが低く唸る。
「これ以上、ことが大きくなってしまうと、ラピスさんへの負担が……」
今、一番注目されているのは一枚の画像である。それには、居酒屋と思われる場所で真知を含む複数人が映っていた。
同じ学校の学生と思われる少女たちが、近い年頃の少年たちと盛り上がっている写真だった。真知自身は端の方にいて、それほど乗り気には見えず、付き合いで一緒にいるという雰囲気だ。
ただ、テーブルの上にいくつかお酒と思えるグラスがあることと、電子タバコとみられる機器が映り込んでいたりしていることが取り上げられ、未成年であろう写真の中の少年少女たちの身元を確定させるためなどとして、真知の情報を漁ることが正当化されていく流れになっていた。
「てゆーか、これラピスちゃんが持ってるのソフトドリンクじゃん!」
ジャスティスが声を荒げる。
その様子にミライがハッとして制止する。
「ダメ、フタバ。わたしたちが書き込んで擁護しても燃料になるだけ」
「むぅ……だったら、外にいる人たちにだけでも」
「それもダメ、逆効果にしかならない」
「むきーーー! ムカツク!! ラピスちゃん被害者なのに!」
「ちょ、落ち着いて、って、なんで僕が殴られないといけないの!?」
とりあえず双子の姉妹の相手は弟に任せて、僕は他のメンバーへと向き直った。
「これって単純な情報流出事件じゃないね」
ぴーのがソファーの上に身体を起こす。
「単なるデータだけじゃなく、個人認証用のキーアカウントも出ちゃってる。何も考えないバカが気づいたら、なりすまして銀行からお金を移動させたり、さらには役所とか病院とかネットショップとかにもアクセスしてイロイロできちゃう」
その指摘に、その場にいた全員が息を呑む。
「もちろん、そこまでやったら犯罪だけどね。ただ、面白ければイイっていう頭の足りないヤツがいないとは言い切れないし」
「……ちょっと、ボク、もう一回真知ちゃんの家に行って、ああ、その前に姉さんに連絡しなきゃ」
半ばパニック状態に陥るイズミ。
少し離れた場所にいたくーちゃんが、そんなイズミをなだめようと歩み寄る。同時にギルドハウスの入口が開いて、遅れていたサファイアさんが姿を現した。
「遅くなってゴメンナサイ、でも、ラピスちゃんの件はだいたい把握してるわ。大変なことになってるわね」
「サファイアさん……」
今までの話の整理も兼ねて、僕とロザリーさんが状況を簡単に説明する。
「というわけで、イズミがまたラピスちゃんの家に行ってみるって話になったんだけど」
すると、サファイアさんが首を振った。
「今、彼女の家に行っても無駄よ、ちょっと私もツテがあってラピスちゃんの家族に連絡を取ってみたんだけど、そもそもラピス……真知ちゃん、学校から家に帰ってきたんだけど、その後姿を消してしまったらしいの」
「え……?」
ギルドハウス内の全員が言葉を失ってしまう。暖炉の中の薪が爆ぜる音──SEが一際大きく聞こえた気がした。