第105話 殉職
「次はこっちの通路を突き当たりまで直進で!」
僕たちはα-6へと上がってきていた。管制エリアへの進入口があるα-8エリアまで、まだ少し距離がある。
端末を片手に、僕は先頭に立ってみんなを誘導していた。
ちなみに、さっき使った麻痺銃は本来の所有者である清月さんに返してある。
「もう少しでα-7への階段だから、とりあえず、そこまでみんな頑張って!」
僕は後ろで必死についてくる年少組に声をかける。
こうしてみると、宇宙学園での体育実技実習は効果があったのだろうと、あらためて思う。
比較的体力が少ない花月や陵慈でさえ、まだ息は切れていない。
一方で、翔や双子、三住教官のお子さんは息も絶え絶えで、今にも倒れそうな様子だった。
通路の突き当たりが近づき、僕はいったん後続のみんなに待機するように指示をする。
「いざとなったら、みんなで手分けしておぶってでも──」
「そうね、その方が良いかもしれない」
そう応えてくれたのは常盤さんだった。
僕と常盤さんは視線を交わして頷きあう。それもそれとして、とりあえず、この先の様子を確認する必要がある。
そして、僕たちはそっと通路の先を覗きこんだ。
「──!?」
僕と常盤さんが同時に息を呑んだ。
人影だ──僕たちは慌てて壁の陰に身を隠し、後ろの面々に絶対に声を出さないよう身振り手振りで伝える。
熱線銃を構えた常盤さんが、もう一度、通路の奥を覗きこんだ──
「──神藤くん!?」
常盤さんが驚きの声を上げると同時に通路の先へと足を踏み出す。
一瞬、その声にびっくりしてしまった僕だったが、常盤さんの後について人影へと近づいていく。
その先、通路の壁にもたれかかって座り込んでいる保安警備専攻の生徒がひとり──それが神藤だったのだ。
銃を構え、あたりを警戒する常盤さんの視線に応え、僕が神藤のもとへと駆け寄った。
「──!!」
次の瞬間、僕は声を失ってしまった。そして、その様子をいぶかしんだ常盤さんも、横目で神藤の姿を観た瞬間、唖然として銃を下ろしてしまう。
「神藤君、その姿──」
だが、次の瞬間、すぐに気を取り直して周囲の警戒に戻る常盤さん。
「北斗君、お願い……!」
「わ、わかった!」
僕も必死で内心の動揺を抑えると、後ろの仲間たちに声をかける。
「花月は年少組を頼む、絶対にこっちにこさせるな! あと、ベンジャミンとガウ、陵慈はこっちに来て! 花月から救急キットを借りてきて、急いで!」
そう言いながら、僕は神藤の前に膝をつく。
「……ほ、北斗。それに常盤さん……そっちは無事だったんだね」
「神藤、なにがあったんだ……いや、喋らなくていい、今、応急処置するから──」
「ううん……さっき、十分ちょっとくらい前かな。僕たちのチームが武装した集団に襲われて……ぐぶっ」
状況を説明しようとする神藤の口から赤黒い液体が漏れ出してくる。
救急セットを手に駆け寄ってきたベンジャミンも絶句してしまう。
神藤の身体のあちこちに熱線銃で撃たれた無残な傷跡が穿たれ、その他にも殴られたり蹴られたりしたような痕跡が無数に残されていた。
それでも、ベンジャミンは必死に傷口の上に止血ガーゼを貼り付けていく。
その後ろで呆然と佇むガウ。
「神藤同志、しっかりしてクダサイ! まじあぬオンラインライブで一緒にオタ芸を披露するって約束したじゃないデスか!」
「……ははっ、この状況でもそういうこと言えるんだ……」
「なぜ、どうしてこんなことに──?」
満身創痍ながらも微笑んでみせる神藤に、ベンジャミンとガウは今までみせたことのない表情を見せる。
焦りと絶望──目の前の神藤の惨状を前に彼ら二人だけではない、この場にいる全員が言いようのない雰囲気に呑み込まれてしまっていた、僕も例外ではない。
そんな空気を振り払い、全員を現実に引き戻したのは小泉だった。いつの間にか僕たちの後ろへと歩み寄って来ていたのだ。
「神藤君──すまないが、武装集団たちの動向について知っている限りの情報を教えてくれるか」
「ちょ、ちょっと!」
僕は思わず立ち上がり、小泉へと詰め寄ってしまう。
今の神藤はまともに喋れる状態ではない。
それなのに、会話を強要しようとする小泉の態度に純粋な怒りが沸き起こってくる。
だが、そんな僕の腕を陵慈が引っ張った。
「落ち着いて、今は、みんなが生きのびることが最優先──わかって」
前髪に半分隠れた陵慈の瞳が真剣な光を浮かべている。
「──っ」
悔しい気持ちを抑えきれずに呻く僕。
そんな僕へ、神藤が笑みをみせた。
「ありがと、やっぱり北斗って、イイ奴だよね……もうちょっとT.S.O.世界の中でも遊んでみたかったな……」
そう言うと、神藤は途切れ途切れに状況を説明していく。
指示に従って管制エリアを目指す途中、謎の武装集団に襲われたこと。
武器を持っているのが自分だけだったので、退却を試みたが追い詰められてしまったこと。
覚悟を決めて、一人でこの場に残って仲間たちが全員逃げるための時間を稼ぐことにしたこと。
なんとか武装集団たちの足を止めることに成功したものの、そのことに激昂したのか、武装集団たちに酷い暴行を受けてしまったこと──
「──そうか、よくやったな神藤君。君は責任をまっとうした。深い敬意を表する」
「……って、カッコ悪いけど、最後は降伏しようとしたんだよ……でも、アイツら聞く耳持たなかった……ぐぼっ」
次第に神藤の口調が重くなり、息も絶え絶えになっていく。
「はは……やっぱり……死ぬのは怖いや……最期はカッコよく、決めようと思ってたのに……」
手当てをしていたベンジャミンが立ち上がり、周囲を警戒している常盤さんの肩を叩いて、耳元でなにかを囁いた。すると、常盤さんは少し考え込んでから小さく頷き、ベンジャミンに銃を託して、自分は神藤の隣に両膝をついて座り込んだ。
「神藤君、あなたはとても格好いいわ。仲間たちを守ろうとして、そして、しっかりと守り切った」
「常盤さん……僕、常盤さんのこと……」
力なく上げられる神藤の手を、常盤さんがしっかりと握りしめた。
「大丈夫──私が知っている限り、今、一番カッコイイのは君よ──広明くん」
閉じかけられていた神藤の瞳が見開かれた。
「常盤さん……僕、ぼく……」
神藤の目から涙が溢れる。
「……あーあ……やっぱり……まだ、死にたく、な……い……」
一瞬、神藤の身体がビクンと震えた。
そして、顔だけを僕に向けてくる。
「ほ……くと、とき……わさん、の、こと、ほかの、みんな……のこと、ちゃんとまもって……ぼくとは……ちがって、みんなで……いっしょに、たすか……って……」
そう言い残して、小さく笑った神藤。
次の瞬間、彼の身体から完全に力が失われてしまう。
「神藤君──!!」
僕は声を上げていた。
横で俯いていた常盤さんが、ゆっくりと神藤の呼吸と心臓の鼓動と脈拍を確認した後、そっと、見開かれたままの瞳を閉じさせる。
反対側にもう一人の人影が並んだ──小泉だった。
「北斗、行くぞ」
「行く──って」
咎めるように小泉へと向き直る僕。
だが、内心ではわかっていたのだ──このまま、ここで神藤と一緒に立ち止まるわけには行かない。
そんな僕を見透かしたかのように、小泉は神藤に対し姿勢を正して敬礼を施した。
「小泉君……」
僕は頭を左右に振って無理矢理思考を切り替えた。そして、小泉の横に並んで神藤に対し敬礼する。
さらに遺品を回収した常盤さん、それにベンジャミン、ガウ、陵慈もそれぞれの表情を浮かべて僕たちに続いた。
とりいそぎ自分の作業着の上着を脱いで、そっと神藤の頭の上から上半身を隠すようにかける。
そして、後ろに控えていた花月や年少組に声をかけて、先へ進ませる。
その途中で、花月と曙たちも神藤に対し敬礼し、それを見た年少組たちが深々と頭を下げてくれた光景が印象に残った。
そして、僕たちは上層を目指して駆け出しはじめる。
また、さらなる別れが待ち受けているとも知らずに──