第10話 天然モノのおバカさん
「……でもね、青葉って天然モノのおバカなんだよね」
ため息交じりの僕の言葉に、隣でウンウンと頷く花月以外、全員がキョトンとした表情になる。
「学科試験は合格ライン超えてたらしいんだけど、面接でテンション上がりすぎて面接官とやりあっちゃったらしいんだよね」
本人曰く、あんな頭の固いオッサンに俺の情熱がわかるわけがない、らしい。
花月が無邪気な笑顔を浮かべる。
「深海くん本人はそう言ってたけど、わたしは学科試験の解答欄がズレていた説も捨てがたいと思う。途中で気がついて急いで直したって言ってたけど、直したつもりでさらにズレたとか」
「いや、さすがにそこまで……」
僕たちの青葉評に、さっきまでの勢いがそがれてしまったのか、常盤さんは一息ついてから花月の隣の席に腰を下ろす。
「まぁ、原因はどうあれ落ちちゃったのが現実でさ。ただ、青葉を推薦してくれようとした人が諦めずに動いてくれていて、九月の補欠推薦枠に入れるかもしれないんだって。その場合は結局保安警備科の受験になるらしいけど」
「そう……保安科は厳しくて脱落者が出る想定だって面接の時に言われたけど、脅しじゃないのかもしれないわね」
そう呟いてから、ハッと何かに気づいたかのように常盤さんが顔を上げる。
「でも、それなら別にボクシングを辞めることはない……さすがにプロは難しいけどアマチュアなら、保安科になら格闘技の授業もあるし、設備だって」
「うーん……」
正直なところ、僕は本当の理由を知っている、でも。
「ゴメン、これ以上は青葉のプライベートにも関わってくることだから、僕から話せない」
意図したわけではないけど、少し口調が固くなってしまった。何かを察したのか常盤さんの表情も少し固くなる。
「いっそのこと、直接聞いちゃえばいいんじゃない?」
花月の提案に、一拍おいて僕も意図に気づいた。
「楓もT.S.O.やろうよ、そしたら深海くんと直接話せるし」
「え、ちょ、ちょっと待って」
「よし決まりっと! 今日、午後の授業が終わったら一緒に帰ろうね、寮に帰ったらキャラ作りからはじめないと」
急にテンションを上げる花月についていけず、戸惑うばかりの常盤さん。
そんな彼女に、今まで静かに成り行きを見守っていたガウが優しげな笑みを向ける。
「常盤さんは、その深海君のことが、とても好きなんだね」
「な、なっ!?」
予想外の場所からの直球に常盤さんだけでなく、全員の動きが一瞬止まる。
「ああ、ゴメン。ちょっと間違えたかな、深海君の熱心なファンなんだね」
あれ? こっちの物静かな方の留学生は空気を読めるタイプだと思ったけど、もしかして天然入ってた?
「だって、ボクシングの中学生の選手とか、そんなに大きく取り上げられないし、自分から調べないとなかなか情報もないよね」
「オゥ、カエデ、ユーも、もしかしてOTAKUですね! ボクシング、それとも格闘技属性でしょうか。ジャンルは違えどOTAKU同士仲良くしましょー!」
ベンジャミンが感激したと言わんばかりに両手を広げてみせる。
「ち、違うわよ! 兄の雑誌をたまに見ていたら同い年だから気になって……じゃなくて!!」
口をぱくぱくさせている常盤さんを横目に、僕は椅子に座ったまま、少しだけ腰を引いてコッソリと食器を片付けはじめる。
☆
「と、言うワケで、近日中というか今晩にでも一人ギルドメンバーが増えると思うので、よろしく」
とりあえず昼休みの出来事を適度に端折ってアオに説明する。
「うーん、なんか面倒くさそうだなー 別に話しちゃってもよかったのに」
「そんな他人事みたいに、てか気軽に話せる内容かよ……」
「まあ、もろもろ了解!」
勢いよく椅子から立ち上がるアオ。
その時だった、不意に後ろから背中を叩かれて反射的に振り向いてしまう。
だが、背後には誰もいない。
「どしたー?」
突然の動きに不思議そうな声を上げるアオ。
「あ、そっかリアルか」
☆
ゲームの中で背中を叩かれるわけがないことに気づき、僕は慌ててヘッドマウントディスプレイを上にずらす。すると、目の前に小柄な少年が佇んでいた。手入れがされていないボサボサの髪、前髪で両目も隠れてしまっているため表情はわからない。
残りもう一人のクラスメイトで寮で同室の東 陵慈である。
抑揚の少ない口調で語りかけてくる。
「炎上おつ」
「え? あ、ちょっと待って」
寮生活を始めてから一週間、意味はわからないけどはじめて向こうから直接コミュニケーションをとってきた!
僕は予想外の出来事に戸惑いつつも、陵慈に「ちょっと待って」と断ってから一旦ゲームの中へ戻る。
☆
「悪い、ちょっとリアルの方で用事が入ったから、いったん落ちる」
「ういー、俺もそろそろバイトに行く時間だから落ちるー」
ログアウトするアオを見送ってから、自分も操作パネルを開いてログアウト処理をする。
☆
視界が次第に暗転し、正常終了の画面を確認してからヘッドマウントディスプレイを外す。
「ゴメン、おまたせ」
椅子を回転させて振り向くと、いつの間にか陵慈は自分のベッド──どこから持ち込んだのか厚めのカーテンで四方を完全に囲って完全なプライベート空間と化している──そのカーテンの隙間に座って、手にしていたモバイル端末の画面をこちらに向けていた。
「ここ、ネットでのイタイ人が晒されたりするサイトなんだけどさ。この名前に見覚えない?」
「え、それって……」
イヤな予感を感じながらも、陵慈が指で差し示した箇所へと視線を移す。
──犯罪者集団【ワンダラーズ・オブ・ゼファー】
派手派手しく強調された文字列に思考が一瞬停止する。
【ワンダラーズ・オブ・ゼファー】、略称は【WoZ】それは、紛れもなくT.S.O.内の僕たちのギルド名だった。
「なんで……」
もちろん思い当たる節なんて全くない。
恐る恐る画面をタッチして、付随するネットの書き込みを読んでいく。
「……!!」
みんなに報せないとと思い、急いで机の上の携帯端末に手を伸ばそうとするが、身体が重く感じて上手く動かない。ヤバイ状況にあることは把握できた、でも、何をどうすればいいのか。
僕はようやく携帯端末を手に取ることができたが、その姿勢のまま、しばらく動くことができなかった。