恋する乙女の懊悩
「――お疲れさまでした、優雅様」
戦いを終えたシーモネイターは、白鳥院優雅の姿へと戻り、自身の秘書であり補佐でもある才媛――
「暁」の元へと戻っていた。
「ありがとう。でも、街を守れなかった」
自分を出迎えてくれた暁に感謝の言葉を述べた優雅は、背後を振り向いて破壊された街へと哀愁の込められた視線を向ける。
多くの建造物が立ち並んでいたその場所は、今は瓦礫の山と化している。
戦渦に巻き込まれて負傷した人や命を落とした人もいるだろう。そこにあった人の営みが失われてしまったこと、仮に町が再生されても人の心に刻まれた痛みを思うと、優雅の心には影が落ちる。
「俺がもう少し早く戦っていれば――いや、そんなことを言うのは、彼女達に失礼だな。それでも、何かできたはずだと思わずにはいられないよ」
わざと遅れて参戦したことを悔いる優雅は、先に戦っていたホワイトルミナスとガーネットの姿を思い浮かべて目を伏せる。
その表情からは、自分が参加していれば被害を抑えることができたかもしれないというのは傲慢だと己を戒めながらも、他にできたことがあったのではないかという様々な可能性と仮定への後悔が感じられる。
「仕方がありません。これもWGOの要請に従っただけです――お乗りください」
そんな優雅に対し、月並みでしかない慰めをかけた暁は、車に乗るように促す。
元々優雅こと、シーモネイターの参戦が遅れたのは、WGOからの要請があったからだ。
それでも優雅は、これ以上は待てないと上層部から許可が下りる前に戦いに加わった。少なくとも被害は抑えられた方だと暁は考えているが、それは優雅と同じ考えではない。
「やっぱり、武器が悪いのか。……暁さんには苦労をかけて申し訳ないと思ってる」
車が走り出すと、窓の外に広がる景色を見て、優雅が重い口調で呟く。
「優雅様」
「あなたも女性として、俺の武器に対して思うところはあるはずなのに、白鳥院の秘書として力を尽くしてくれていることに感謝しています」
自身の武装が世間一般――特に女性からの評判が悪いことを自覚している優雅は、白鳥院家の秘書にして、WGOの職員であるがゆえに逃れられない暁に声をかける。
WGOから派遣されるヒーローの補佐達は、情報交換などのために最低限以上の交流を持っている。
下品な武装を持つシーモネイターの補佐を補佐している暁が、他の補佐からどう思われているのかを思うだけで優雅は心苦しさを禁じえない。
「――私は素敵だと思います」
股間部から武器を出して戦う自分の力にコンプレックスを抱き、思い悩む優雅の姿をルームミラーを介して見た暁は、その口をおもむろに開く。
「暁さん……」
「私は優雅様の戦いを、武器を素晴らしいと思っていますわ」
その言葉が自分を慰めるためのものだと感じた優雅に、暁はさらに言葉を続けていく。
「だって、おちんちんなんですよ。ふふふっ。おしっこにおなら、うんこ――考えただけで頬が緩んでしまいます」
「あ、暁さん?」
笑いをこらえているかのような、浮かれた声で言う暁に、優雅は後部座席で表情を強張らせる。
「いいですよね。下ネタ最高じゃないですか。言葉も人種も国境も超えて、皆で分かち合うことができるものですもの」
ずっと心に秘めていた想いを打ち明けるように語られる暁の言葉に、優雅は思わず目を丸くしてしまう。
「……あれ? 俺、今すごくシリアスな話をしてたよね?」
「いやです。尻アスなんて」
恐る恐る尋ねた言葉に噴き出し、嬉々とした様子でいう暁を背後から見ていた優雅は、一つの確信を抱いていた。
――「あ。この人は下ネタが大好きなんだ」と。
※※※
「はあ……」
その夜。シャワーを浴びたホワイトルミナスこと「星宮雪月」は、湯上りの火照った身体で自身のベッドに身体を横たえる。
柔らかな布団が今日の戦いの疲れを吸い取っていくような心地よい感覚に身を任せていた雪月は、おもむろにスマートフォンを取り出して、その中に保存されている写真を呼び出す。
そこに収められているのは、シーモネイターとその正体である白鳥院優雅の姿。
その姿をしばし見つめていた雪月の口からは、陶然とした吐息が自然と零れる。
「完全に恋する乙女の顔になっていますよ」
「きゃあっ!」
その時、不意に声をかけられた雪月は、思わず悲鳴に似た声を上げてしまう。
「エ、エリザベス!? なんで私の部屋に……?」
先程の声の主である自身の補佐に、雪月が動揺と混乱の中で疑問を口にすると、エリザベスが呆れたように呟く。
「いえ。ずっといましたよ? 雪月様が私の存在を忘れていただけです」
「あ」
エリザベスの言葉を聞いた雪月は、ミーティングのために自室に来ていたことを思い返して呆けた声を漏らす。
ミーティングの休憩時間で入浴した雪月は、その最中に今日のシーモネイターのことを考えて想いを馳せた結果、エリザベスの存在を完全に失念してしまっていたのだ。
「そんなに好きなら、いっそのこと告白してしまえばいいのではないですか?」
一度考えてしまうと、周囲が見えなくなってしまうほどにシーモネイター――白鳥院優雅のことを想っている雪月に、エリザベスは嘆息交じりに言う。
しかし、それを聞いた雪月は、風呂上がりの火照りでは言い訳が効かないほどに顔を赤くして応じる。
「な、なんで私が告白しなくちゃいけないの!? っていうか、私はあの人のことは人として好きっていうだけで、別に……その……」
狼狽し、動揺のあまりもはや誤魔化す意味もない言い訳をする雪月に、エリザベスはもう一度嘆息する。
「雪月様をそんなポンコツにしてしまうなんて、恋心とは恐ろしいものですね」
星宮雪月という少女は、聖なる光の力をもたらすアルマに選ばれ、ヒーローとして人気を得るのも納得できる人格を持つ聡明な人物だ。
だというのに、優雅に関することになると、本来の能力を失ってしまうあたりに、年頃の乙女――否、一途で純粋な雪月らしい可愛らしさが感じられる。
「ポンコツって……」
自身の補佐の辛辣な言葉に不満を覚える雪月だが、いまさら何を取り繕っても恥を重ねるだけになることは理解している。
結果として雪月にできることは、恨めしげな眼差しをエリザベスに向けることだけだった。
「どうして素直になれないんですか? 別にヒーローに浮いた噂があってはいけないという決まりなどありませんし、白鳥院優雅様はかなりの好物件じゃないですか」
年頃の乙女らしいというべきか、同年代の少女よりは幾分か純朴な雪月の姿に、エリザベスは率直な疑問を述べる。
結婚するとか、恋人になるとか、告白するかは別として、エリザベスから見れば、雪月にシーモネイターこと白鳥院優雅に好意を向けること自体に抵抗を覚える必要はないように思える。
そこまで頑なに好意を隠そうとすることに、乙女の恥じらい以外の感情を感じたエリザベスの疑問に、雪月はその胸に秘めていた想いを勢いに任せて口にする。
「だって! あの人の武器が下品なのよ!」
「あぁ……」
雪月の発したぐうの音も出ない正論に、エリザベスの口からは、なんとも言えない吐息が零れる。
「考えてもみて! 恥部を露出した人相手に顔を赤らめちゃったら、その恰好よさにときめいたのか、アレを見て興奮したのか分からなくなるじゃない!」
そんなエリザベスに、堰を切ったように自分の迷いを告白する雪月は、今にも崩れ落ちそうな深刻な面持ちで、苦い思いを噛みしめる。
「私だって想像したのよ!? 私のピンチに颯爽と現れ、助けてくれる王子様――でも、その人はフルチンなの! 股間を振り回して、恥部からビームを出して戦うのよ!? そんな人に好きだなんてとても言えないわ!」
「――ぷっ」
「笑わないで!」
聞いているだけでその情景が浮かんでくるほどの状況を説明して嘆いた雪月の告白に、エリザベスの口からは堪えきれなかった笑い声が噴き出す。
「いや、その状況を想像して笑わないのは無理です」
「ひどい!」
思わず、ピンチを救われたホワイトルミナスが顔を赤らめるも、シーモネイターの股間部の武器を見てしまった反応を想像してしまったエリザベスは、耐えきれずに横を向く。
当事者である雪月からすれば深刻な問題なのだろうが、傍から見ている分にはあまりにも面白すぎる光景だ。
「一応私の方が彼よりも先輩なのに、ここ最近はいいところ全部取られてるし、なんていうか、負けた気がするっていうか……」
そんなエリザベスの反応に不満を抱きながらも、雪月は意図して話題を変えて、複雑な胸中を口にする。
同い年ではあるが、ヒーローとしての活動は雪月の方が早く始めている。
期間としては半年もないほどではあるが、雪月にはヒーローとして、一人の人間として、優雅に対して負けたくない――対等でいたいという願望がある。
自分が苦戦する相手を軽々と――陰部の武器で倒していくシーモネイターの姿に思うところがあるのは当然のことだった。
「あー。そんなこともありましたね。あれはまさに鮮烈としか言いようのないデビューでした。WGOでも話題になりましたからね
近隣のヒーローが太刀打ちできない強大な敵を新人のヒーローが倒した。――しかも、そのヒーローは股間から武器を出していたんですから、誰もが皆反応に困りましたよね」
実際、そんな状況は何度かあった。雪月ことホワイトルミナスの危機にシーモネイターが駆けつけ、共に窮地を打破したことは一度や二度ではない。
確かにシーモネイターは強く、今日の戦いで見せたように、その正義の心は高潔だ。
彼と接し、彼に助けられて純粋な女心が好意に傾くのは、エリザベスにも理解できる。
だが、シーモネイターは致命的に武器がひどい。
普通なら女性がときめいてしまうような格好良さ、強さを見せても、同時に股間部を見せつけてしまう。
無論、それはソレそのものではない。あくまで股間部や陰部から武器や技を繰り出しているに過ぎない。
だが、それだけで純粋な少女の恋心を砕き、幻想をへし折るには十分すぎる影響を及ぼしてしまう。
「ヒーローの武器や能力や、アルマに呼びかけるために音声認識ですし、武装の名前はアルマ自身によって決められているから、変更も効きませんし……チンコブレードなんて、ヒーローが叫べばそうなるのも当然です」
「エリザベス」
当時、WGOと世界各国、マスコミと国民を騒然とさせたシーモネイターのデビュー戦を思い返して笑いを噛み殺すエリザベスを雪月がたしなめる。
「ん、んんっ」
惚れた男を嘲笑された雪月からの抗議に、咳払いをして表情を引き締めたエリザベスは、おもむろに懐へ手を入れる。
「――では雪月様。これを使ってみてはいかがでしょう?」
「これは……」
そう言ってエリザベスが差し出したものを見て取った雪月はかすかに息を呑む。
「劇場版エンジェル冥土のチケットです。白鳥院様を誘ってみてはいかがでしょう?」
「え? で、でも私の方から誘うなんて、変に思われないかしら?」
アニメのキャラクターが書かれた前売り券を手渡された雪月は、初心な乙女らしい戸惑いと恥じらいを見せる。
しかし、そんな雪月の言葉に、エリザベスは普段通りの素っ気ない声で応える。
「いかにもな恋愛映画ならまだしも、アニメ映画ですから大丈夫ですよ。友人にもらったけど、周りの友人は興味がないし、捨てるのももったいないから一緒に見てほしいみたいなことを言えば、見てくれると思いますよ」
「それはそうかもしれないけど……」
エリザベスのもっともらしい意見に一部同意を示した雪月だったが、やはりデートに誘うような行為に対して抵抗を覚えていることが窺える。
「まあ、気持ちは分からなくはありませんが、シーモネイター様はおよそ武器以外に欠点らしい欠点のないイケメンですからね。
今日の戦いでガーネット様も少なからずときめいていらっしゃいましたし、ヒーローとしてのこだわりというか、乙女のプライドというか、そんなものにあまりこだわっていると――」
二の足を踏む雪月に対し、エリザベスはさりげなく、しかしその危機感を煽るように言葉を続けていく。
それと共に雪月の脳裏に甦ってくるのは、今日シーモネイターに助けられたガーネットの横顔。
危機を救われ、その高潔な正義の心を目の当たりにしたガーネットはわずかに紅潮させ、その魅力に気づいて――否、再確認していたように思えてくる。
「取られてしまいますよ」
「……っ」
そんな雪月の動揺にとどめを刺すように、エリザベスは囁くような声音で告げる。
それを聞いた瞬間、危機感に駆られた雪月の表情は、一つの決意を固めたものとなっていた。
「と、とりあえず預かっておくわ」
赤い顔でチケットを握りしめる雪月を見て、思惑通りとばかりに微笑を浮かべたエリザベスは、ふと何かを思い出したような表情を浮かべる。
「あ、雪月様」
「何?」
わずかに真剣さを帯びた声に視線を向けた雪月に、エリザベスは思いつめたような表情で語りかける。
「前売り特典のグッズは私に下さい。二人分」
「……もしかして、それが欲しいだけ?」
獲物を狙う狩人を彷彿とさせるエリザベスの目に、雪月の脳裏に一瞬の懸念が浮かぶ。
「そういう建前でよいと思います」
そんな雪月の言葉に、エリザベスは真意の読めない笑みを浮かべて応じるのだった。




