最強のヒーローはなぜ来ないのか
「暁さん」
学校から自宅への帰路についていた優雅は、スマホに送られてきた警報を見て、即座に声をかける。
「はい。優雅様」
その言葉の意図を正しく理解し、即座に車の進路を変更した暁は、主要道路を避けて可能な限り人気のない道へと入り込んで停車する。
それを確認するが早いか、即座に車の扉を開けて外へ飛び出した優雅は、自身の身体に宿っている力の結晶に心で呼びかける。
「アルマ・ウェイク!」
世界の神秘が結晶化した宝玉から生じる力が、血管、神経、筋肉――あらゆるものを介して全身に広がっていくのを感じた優雅は、力強い声で言い放つ。
その声を合図に優雅の肉体が光と共に変化し、鋼を思わせる金属質の鎧で覆われたヒーロー「シーモネイター」の姿となる。
「行くぞ!」
そう言い放つと同時、空中へと飛翔しようとしたシーモネイターの懐から着信音が響く。
それはシーモネイターだけではなく、その出動を見送ろうとしたWGO職員にして、白鳥院優雅の秘書でもある暁にも同時に届いていた。
「WGOからメール? っ、これは……!」
優雅と暁は、ヒーローを包括するWGOから届いたメールに目を通し、そこに書かれていた内容に、思わず呻くような声を発するのだった。
※※※
「きゃああっ」
街の中に響くのは、女性のもの、子供のもの、男性のもの――老若男女入り混じった、誰のものとも取れない恐怖に彩られた悲鳴。
ある者は助け合い、ある者は自分が助かるため二自分以外の人物を押しのけるようにしては走っており、その背後から無数の影が人々を追う。
「ギイ!」
「ギギイ!」
声とも取れない音を発しながら逃げまどう人々を追うのは、数十にも及ぶ人の形をした異形の者どもだった。
黒い身体に、骨を思わせる白い頭部と手足。白い頭部には歪んだパーツで顔が作られ、その黒い穴の中に赤い瞳が輝いている。
全員が同じ姿をした人型の異形達は人々を追い立て、瞳から放たれる熱閃で建物を爆発させ、その膂力で人間はもちろんの事、車すらも軽々と放り投げて破壊の限りを尽くしていく。
「あっ!」
そんな中、躓いて転んだ女性に異形の一体が迫り、その腕を剣のように変化させる。
「ひ……」
恐怖に顔が歪むのを楽しんでいるのか、鈍い光を放つ剣を見せつけるようにした異形は、容赦なくその剣を最上段から振り下ろさんとする。
「そこまでよ」
しかしその瞬間、恐怖に染まった意識を目覚めさせるような、清らかな声が周囲に響き渡る。
それと同時に天空から飛来した純白の光の槍と、紅蓮に燃え盛る彗星が異形を薙ぎ払って消滅させる。
「あれは……!」
それを見て取った人々が希望にその表情を輝かせ、光と炎を纏って佇む二つの人影を仰ぐ。
そこにいる二人の美少女に、これまで逃げ惑うしかなかった人々が、希望と期待に目を輝かせる。
「ホワイトルミナス!」
「ガーネット!」
誰からともなく掛けられる声と共に戦場に参じた二人の乙女は、一斉に襲い掛かってくる異形の人型を一瞥して言う。
「『木偶』ね……気を付けて。あいつらを操っている奴がどこかにいるわよ」
今人々を追い立てている異形の人型は、「木偶」と呼ばれ、デスバースが使ういわゆる雑兵として知られている。
機械と生物のハイブリッドであり、命じられるままに行動する「木偶」は、何らかの方法で無尽蔵に量産されており、デスバースの構成員が命令していることが常だ。
「言われるまでもないわ」
ホワイトルミナスの忠告に答えたガーネットは、拳を合わせてその手に纏った装甲を鳴らす。
その音は戦闘開始を告げる合図となり、ホワイトルミナスとガーネットは、各々地を蹴って木偶の群れへと向かっていく。
「聖槍・ウル」
厳かな響きを帯びた声と共に、ホワイトルミナスの手に顕現したのは、光を凝縮したような刀身を持つ身の丈ほどの槍。
翼と十字架を思わせる装飾が施された槍の刃が光を帯び、巨大にして聖浄な刃を構築して、一刀の下に木偶を両断し、浄化していく。
「やるじゃない」
ホワイトルミナスの活躍に一瞥を向けたガーネットは、称賛と共に対抗心を燃やす。
その闘志に応えるようにその両手両足の装甲が変型し、獣の爪を思わせる形状へと変化する。
「一撃爆砕!」
装甲から噴き出す炎を推進力に変え、自身をロケットのように打ち出したガーネットは、その拳で木偶を殴り飛ばし、爆炎によって灰燼へと変えていく。
ホワイトルミナスとガーネット――二人のヒロインが生み出す白と赤の力の奔流が瞬く間に数十を超える木偶を消滅させていく。
「そのくらいにしてもらおうか」
「!」
その時、地の底から響くような重厚な声がホワイトルミナスとガーネットの動きを止める。
同時に生じた黒い嵐が大気を軋ませ、その中から爛々と輝く二対四つの目を持つ大柄の男が姿を現す。
「出てきたわね」
木偶と違う外見はもちろんのこと、それ以上のその身体から発せられる桁外れの圧を感じ取ったガーネットは、この男こそが今回の敵であると確信する。
その姿は人のそれとほぼ同じ。四つの目に、全身を鱗に覆われているような体躯。額から伸びる一本の角が天を衝き、皮膜のある翼が力強く空気を打ち付ける。
背から伸びた尾で地面を叩いて陥没させたその男は、まるで竜が人型に凝縮されたような存在感を感じさせる。
「デスバース所属『ヴリゴール』!」
四つの目を持つ竜のような男は、自らの名を名乗ると共に、その腕に身の丈を越える巨大な青龍刀を呼び出す。
「なんてプレッシャー……! 気を付けて」
相対しているだけで、周囲の空気が何十倍にも濃縮され、重力が増加しているような圧迫感を感じたホワイトルミナスは、ガーネットに注意を促す。
「そんなこと分かってるわよ」
言われるまでもなく、ヴリゴールと名乗った異星人が只者ではないことを感じ取っているガーネットは、警戒心を最大まで高めていた。
「ホワイトルミナスとガーネット……いずれも、この地で指折りの戦士だな」
二人を四つの目で睥睨したヴリゴールは、厳格な面持ちで言う。
これまでの戦いで、デスバースには地球にいるヒーローの情報が集められている。ホワイトルミナスやガーネットのような実力を持つヒーローについて知っているのは当然のことだった。
「相手にとって不足なし! 雌とはいえ戦場に立つ以上は戦士。容赦はせぬぞ」
「上等よ!」
しかし、いかに敵が強大であろうと、この星と人々を守るヒーローが逃げるわけにはいかない。
ホワイトルミナスとガーネットは、各々の武器を構えて戦意を研ぎ澄ませ、ヴリゴールと対峙する。
「はああああっ!」
裂帛の声と共に、ホワイトルミナスとガーネットが地を蹴り、赤と白の光の矢となってヴリゴールへと肉薄する。
ホワイトルミナスは聖なる槍に、ガーネットは爪のような装甲にアルマから生み出される力を注ぎ込み、ヴリゴールへと叩きつける。
「ヌン!」
白と赤のヒーローによる左右からの挟撃を仁王立ちのままで迎え討ったヴリゴールは、手にした青龍刀でホワイトルミナスの聖槍を受け止め、ガーネットの拳を目に見えるほどに具現化した闘気を纏った手で受け止める。
その衝撃波が大気を震わせ、ヴリゴールの足元から地面を蜘蛛の巣状にひび割れさせる。
「っ、凄い力」
「硬い……ッ」
刃を合わせたホワイトルミナスと拳を合わせたガーネットは、そこから伝わってくるヴリゴールの圧倒的な力――その存在から生み出される力の圧に、美貌を引き締める。
「よい攻撃だ。多くの同胞達を屠って来ただけの事はある」
同時に、刃と拳を介して見目麗しい二人の美少女ヒーローの力を確かめたヴリゴールは、獰猛な笑みを浮かべて四つの瞳を爛々と輝かせる。
それに呼応するようにヴリゴールの筋肉が隆起し、青龍刀を握る手と、炎の拳を受け止める手に更なる力が込められる。
「――オオオッ!」
「きゃあっ」
ヴリゴールが放った咆哮と共にその強靭な両腕の力でホワイトルミナスとガーネットが吹き飛ばされ、華奢な身体が地面に叩きつけられて数回バウンドする。
常人ならば骨の一本や二本は確実に折れているであろう衝撃だが、ヒーローとなった二人の乙女には、精々その美しい肌と身に纏う衣を土埃で汚す程度でしかない。
「く……っ」
即座に体勢を立て直したホワイトルミナスの正面に、地を蹴ったヴリゴールがその巨躯からは想像もできないような速度で肉薄していた。
「ハアッ!」
放たれた追撃の青龍刀の斬撃をホワイトルミナスが紙一重で回避すると、最上段から振り下ろされたその刃が地面に叩きつけられ、数十メートルに渡って大地を斬り裂く。
「なんて破壊力なの……!」
まるで地球を斬り裂いたかのように、底の見えない斬痕を刻み付けたヴリゴールの力に戦慄するホワイトルミナスが距離を取る傍ら、ガーネットはその力を両腕の装甲に収束する。
「これならどう!? ブレイズ・ロア!」
両手の装甲から放たれる爆炎の力を収束させたビームを思わせる極大の砲撃が大気を焼き焦がさんばかりの力を以て奔り、ヴリゴールを捉える。
金属すら容易く融解させ、蒸発させるほどの熱量とそれに比する破壊力を有するガーネットの渾身の一撃を、ヴリゴールは咆哮と共に弾き飛ばす。
「ゴアアアアッ!」
間近に迫っていた炎の砲撃を青龍刀の一撃で受け止め、上空へと弾き飛ばして見せたヴリゴールは、牙の生えた口から、白い蒸気のような息を吐き出していた。
「そんな……私の全力をこうもあっさりと防ぐなんて……!」
自身の一撃を無傷で防がれ、驚愕に目を瞠るガーネットのわずかな隙を見逃すことなく、ヴリゴールはその距離を縮め、青龍刀の斬撃を見舞う。
「くっ……ああっ!」
咄嗟に炎の障壁を作り出してその攻撃を防ごうとしたものの、ヴリゴールの強力な一撃はそれを容易く破壊して、ガーネットを吹き飛ばす。
防御の障壁がわずかばかり威力を弱める程度の力すら発揮できず、ガーネットの身体は地面をバウンドしながら数百メートルにも渡って吹き飛び、ビルに激突して止まる。
「う……っ」
その威力に腕を痛め、立ち上がることが出来ずに呻くガーネットに向けて口を開いたヴリゴールは、その口腔内に灼熱の炎を生み出す。
「させない!」
今まさに口腔から赤く燃え滾る炎が噴出せんとしたその時、光を纏って飛翔したホワイトルミナスの槍がヴリゴールの頭部を捉え、衝撃と共にその軌道を強引に変える。
上空に向かって放たれた深紅の熱線が白い雲を蒸発させ、青い空を貫通して空の彼方へと消え去っていく。
「……っ!」
しかし、ホワイトルミナスの一撃も頑強な肉体を持つヴリゴールにとっては、身体の向きを変える程度の威力でしかない。
槍の刃を頭部に受けたというのに、わずかな切り傷だけしか受けていないヴリゴールは、四つの瞳を爛々と輝かせて、純白の天使を睨み付ける。
「クハハハハッ!」
「……っ」
咆哮にも似た高らかな笑い声と共にヴリゴールの青龍刀が横一線に薙ぎ払われ、ホワイトルミナスはそれを紙一重で回避する。
(なんて速さと威力……っ、まるで空を切断しているみたい)
斬撃の圧力に、身体が分解されてしまいそうな衝撃を感じるホワイトルミナスは、しかしそれに臆することなく純白の翼から無数の光線を放つ。
舞い散る羽を光の弾丸に変えたホワイトルミナスの攻撃が至近距離で炸裂し、白色の爆発を巻き起こすが、それはヴリゴールをわずかにたじろがせるに過ぎない。
「こ、のぉっ!」
その隙を見逃さず、背後に肉薄したガーネットが渾身の力で拳を撃ち込むが、ヴリゴールは数歩だけよろめいただけで、直立の姿勢を崩すことは無かった。
ホワイトルミナスとガーネット。二人の美少女ヒーローの攻撃が次々に炸裂するが、それよりもヴリゴールが与えるダメージの方が圧倒的に大きい。――結果的に、二人の消耗の方が大きくなっていった。
「はぁ、はぁ……っ」
「いいぞ。強いな、お前達!」
肩で呼吸を繰り返すホワイトルミナスとガーネットを睥睨し、ヴリゴールは嬉々とした表情で牙を剥く。
二人の攻撃はわずかながらもヴリゴールにダメージを蓄積し、その強力な攻撃を受けながらも、闘志は折れることがない。
圧倒的な力の差を前にしても折れることのない二人の美少女ヒーローの視線に、ヴリゴールは心からの賛辞を贈る。
「嫌味な奴」
とはいえ、そんなヴリゴールの思いは二人の美少女ヒーロー達には皮肉として受け取られていた。
「……でも、確かに強い。このままじゃ、いつかやられる」
小さく歯噛みするガーネットの言葉に聖槍を構えるホワイトルミナスは、呼吸を整えながら焦燥と危機感でその美貌を彩る。
「いつか? すぐにでも、ではなくか?」
口端を吊り上げ、噛みしめた牙を曝け出したヴリゴールの静かな声と共に、ホワイトルミナスとガーネットに、青龍刀の斬撃が叩き込まれる。
刃に込められた触れるもの全てを破壊する力の暴風雨が荒れ狂い、その衝撃波が二人の美少女ヒーローを打ち据える。
「く……っ」
その衝撃波に耐える二人にヴリゴールの口腔内から灼熱の火球が放たれ、天地を震わせるほどの破壊を巻き起こす。
「きゃあああっ!」
地上に存在するあらゆる兵器の破壊力を凌駕する爆炎の力に、ホワイトルミナスとガーネットは成す術もなく呑み込まれてしまう。
まるで地球が恐れ戦いているかのような地鳴りが響く中、瓦礫を押しのけたガーネットは、土煙でせき込みながら歯噛みする。
「――……っ、なんて威力」
桁外れの破壊力は、アルマによって強化されたヒーローの肉体で耐えることはできず、その身体はすでに限界を迎えていた。
「ホワイトルミナスは……?」
先程までとなりにいた純白の戦天使の姿が見えないことに気づき、周囲に視線を巡らせたガーネットは、次の瞬間自身に落ちた影に目を見開く。
「――っ」
その影に視線を向けたガーネットは、自身を見下ろすヴリゴールの爛々と光る四つの瞳と、高く掲げられた青龍刀を視界に収める。
「まずは一人」
「ガーネット!」
傷つき、回避することもできないガーネットに振り下ろされる青龍刀の刃を見止め、ホワイトルミナスが悲痛な声を上げる。
しかし、そんな声も空しくヴリゴールが振るう刃がガーネットを両断する――かと思われた。
「っ!」
瞬間、硬質な金属音と共に、他の誰でもないヴリゴールが今まさに勝利を手にした愉悦に彩られていた四つの目を驚愕に見開く。
「……あ」
自身の敗北――死すらも確信していたガーネットは、目の前の現実に理解することが一瞬遅れ、そして己の生の実感に伴って吐息を零す。
「あなたは……」
現実感の伴わない現実を前にしたガーネットの瞳に映るのは、鋼で構築された男の後ろ姿だった。
振り下ろされた青龍刀の刃を己の股間から伸びる剣によって受け止めるその人物の名を知らない者など、この場にはいない。
「シーモネイター……!」
白銀のメタルギアボディを輝かせた日本最強のヒーローが、威風堂々と佇んでいた。




