第三話 中編
そのとき、マントの人物が空を見上げた。
黒コートの男たちも続けて顔を上げる。春香も、自分の言葉が中断されたことなど忘れたかのように自然と視線を上げた。
秋也も空を見た。
最初は流れ星かと思った。だが、消えない。少しずつ大きくなっているように見える。
銀色の光だった。それはぐんぐんと大きくなり、やがて、人の形をしているのが分かった。
「メルバだ!」
マントの人物が叫んだ。
その声が号令であったかのように、黒コートの男たちが一斉に懐から拳銃を取り出した。
春香と秋也をとらえていた者たちも同様に滑らかな動きで握り、空に向かって構える。
銀色の物体から、数本の光線が降り注いできた。
「ぐあっ!」
「うっ!」
黒コートの男たちの身体に命中すると、貫通して地面のアスファルトに穴をあけた。光線に当たった者はダラリと力なく倒れる。
間もなく、銀色の物体が着地した。直前に急に減速したことで、着地そのものはふわりと静かに行われた。
現れたのは、全身が銀色の体表に覆われた――人ではない何かだった。人と共通しているのは、両脚で立ち、腕を横に下ろして立っているところ。
スコンッ。
消音器で抑制された音が一つ。
一発の弾丸が、立っていた最後の黒コートから発射された。しかしその音と同時に、地面に降り立った銀色の者は片手を上げていた。
何かをつかむ音がする。銀色の者が片手を開けると、今しがた発射された弾丸が手のひらに現れた。
それを親指に乗せると、デコピンの要領で、中指で思い切りはじき出す。
「うっ」
最後の黒コートも倒れた。銀色の人物――メルバがはじいた弾丸が命中したのだ。
「ブルーム!」
明らかにそれと分かる怒声を発しながら、メルバはマントの人物に向き直った。
その姿は、どう見ても人ではない。メルバと呼ばれた者は全身が銀色であるのに加えて、顔はまるで竜を真似た仮面のような形をしている。
「本当だったのか、メルバ――ルクスの尻を追いかけてこの星まで来たのは」
ブルームと呼ばれた、マントの人物もメルバに向き直る。表情は見えないが、声からして、少し緊張しているのが分かる。
「あの時。私の【子供たち】にやられたと思っていたが……まさか生きていたとはな」
「その言い方、反吐が出る。いったいお前の生み出したリーディックとやらが、どれだけの命を奪ってきたと思ってるんだ」
メルバとブルーム、双方が片手を相手に向けた。
メルバの手からは銀色の光線が、ブルームの手からは黒い波動が発射される。それらが二人の間でぶつかった時、激しい衝撃波が周囲にまき散らされた。
「うわっ!」
まるで小枝のように秋也の身体が吹き飛んだ。
浮遊していたのはほんの一瞬だった。すぐに植栽の木に背中がぶつかり、勢いよく土の地面に顔面から落ちる。
コンクリートの上に落ちなくて幸運だったが、彼にそんなことを考える余裕はなかった。
メルバとブルーム、二人の超人が戦っていた。空中を飛び回り、ぶつかり合っているのは分かるが、ただ分かるのはそれだけだ。
二人の動きが速すぎて、互いがぶつかる瞬間しか秋也の目には視認できないのだ。
ドコン、ドコンと、何かの爆発音がはじける音がして、空中に光の塊がぶつかり合う。大学の棟の壁際、地面すれすれ、さらには遥か空の上へと、戦いの場所は重力を無視して繰り広げられていた。
突如、メルバの身体が空中に現れた。いや、秋也が認識できるスピードに戻ったのだ。
「ぐっ!」
身体をくの字に折り曲げながら斜め下に跳んでいく。地面に衝突しても容易には止まらず、アスファルト削りながら地面を滑っていった。
4階建ての棟にメルバはぶつかった。身長の倍くらいのクレーターを背中に作り、ようやく彼の身体は止まる。
「なかなか……やるな」
ゆっくりと手をつき、立ち上がるメルバ。人間とは違って表情が読み取りにくいが、多少のダメージを負って辛いように見える。
がれきが崩れ、砂ぼこりが上がっている。その中で、ブルームの姿が現れた。
「なっ……」
メルバが絶句する。ブルームは春香の首を後ろからつかみ、見せつけていた。
「メルバ、私のことはいいから……あなたがやるべきことを」
「黙ってろ」
少し力を込めたのか、春香が苦悶の表情を浮かべ、口を閉じた。
メルバはそれを見て彼女に駆け寄ろうとする。だがブルームが手を上げてそれを制した。
「ブルーム、春香を離せ」
「なぜ? お前にとってこの地球人はそんなに大切なのか?」
「どの星の人であろうと、皆一様に大切だ。そこに優劣はない。フォルティアの戦士として、ブルーム、お前も古くから学んできたはずだ」
「はっ、たかがルクスの受け売りを使って偉そうに――」
「マスターを侮辱するな!」
メルバは右手を水平に持ち上げた。その手の先には銀色のエネルギーの塊が煌々と光っている。
「ブルーム! お前の数千年の人生の中で、何も学んでこなかったのか?」
「黙れ。立場をわきまえろ」
「黙らんぞ! ルクス様を侮辱するほど、お前は落ちぶれていなかったはずだ! 自分の才能を示したい虚栄心のために、生命の創造という禁断に触れて! お前自身が生み出した生命を抱いたときに、何も感じなかったのか!」
メルバの怒号が響く。
二人の因縁がどういうものだったのかはわからないが、秋也は引き込まれて見ていた。想像で補うしかないが、かなり長い――気の遠くなるくらい昔からの付き合いがある、宇宙人同士であることは理解できた。
どこかで学生たちが騒ぎ立てる声が聞こえる。今のメルバたちの戦いで起こった爆発音を聞いたのだろう。
「わきまえろと、言っている」
春香の足が地面から少し離れる。
ブルームが力を強め、持ち上げたのだろう。春香の口の端から泡が漏れ始め、綺麗な顔が恐怖によって歪んでいる。
だが、秋也にも分かった。ブルームは春香を人質に取ってはいるが、ほんの少し、メルバのセリフに揺れ始めている。
「ブルーム、よく考えろ」
メルバがまた一歩、春香たちの方へ近づく。
ブルームはマントの奥からメルバをにらみつけるが、特に反応はない。
「お前は同胞たちを殺し、故郷を捨てた。自分の生み出したリーディックを引き連れてここに来た。起こしてしまったことが多すぎて、後に戻れない気持ちもあるのだろう。だが」
メルバがさらに一歩近づく。だが、まだ春香たちの位置までは遠い。
「重要なのは、お前が本当に納得した生き方をしているのかどうかだ。このまま終わっていいのか? 新たな星でリーディックを生み出し、地球人たちにばらまき、惨劇の火種を生む……かつて故郷で起こしたことを、か弱きこの星の人たちに対してもおこない、本当に後悔していないのか?」
メルバの必死の嘆願が、土煙のやまないキャンパス内に響く。
ブルームはしばらく何の動きもなかった。まるでメルバの話など聞いていないかのように見えた。
だが、うつむくかのようにマントの頭の部分が下がった。そして春香をつかむ手が緩み、彼女の足が地面についた。
――メルバが動いた。コンクリートがはがれるパワーで地面を蹴り、猛スピードで春香の方へ手を伸ばす。
だが、ブルームの方も瞬時に気がついた。
メルバが突っ込んでくるその瞬間。春香をつかんでいない方の手にエネルギーをため、突き出した。
ブルームの手から黒い球体が発射される。周囲をバチバチと電気のようなものに覆われたその球体はメルバの身体に衝突。
「――ぐああああっ!」
春香をつかむ寸前だったメルバの身体は、黒い球体に押されて空中を後ろ向きに飛んでいく。
球体はメルバの身体をガリガリと削った。銀色の表皮を削り、中の肉を削り、胴体を丸ごと削っていく。
そして破裂した。
「うわっ!」
球体が破裂した瞬間、閃光があたりを照らす。秋也はたまらず手で目を覆う。
ドンっと何かが隣の木にぶつかる音がした。
振り向いた秋也の目に映ったのは、バラバラになったメルバの身体だった。今の黒い球体が破壊したのだろうか、左腕と、胸から下はどこかに行ってしまっている。
「あ……うう」
なんと、メルバは動いていた。頭と腕と胴体の一部だけになっても、ほとんど気を失いかけてはいるが、生きている。
宇宙人というやつは、まったく理解できるものではない。
「なんだ、これ」
秋也は吐き気をこらえた。そしてメルバから目を逸らし、春香の方へ駆け寄ろうとした。
ブルームはまだ春香を捕まえていた。だが力が緩んだためか、襟をつかんでいるだけで彼女は地面に下ろされている。
ブルームは少し放心状態にあるようだった。やはりうつむいて、何かを考えているようだった。
今だ――
秋也は猛ダッシュで春香に駆け寄る。姉を奪還するのは今しかない。
だが、ブルームはさすがに気づいた。ろくに鍛えていない地球人が近づいて来ることなど、察知できないはずがない。
「うせろ!」
ブルームが手をあげると、透明な衝撃波のようなものが飛んできた。
「うあっ!」
簡単に秋也は吹っ飛んだ。地面を滑り、また元の木の下まで戻ってきた。
「うう……」
身体が何度も地面を滑ったせいで、擦りむいた傷が痛い。秋也は呻きながら、何とか顔を持ち上げた。
すると、春香がブルームの手を振り切り、こちらへ走り出したのが見えた。
「姉さん!」
「秋也、逃げよう! こっちへ――」
だが、弟のもとへたどり着くことはなかった。
遥かに逃げられたことに気づいたブルームが、ハッと顔を上げた。そして咄嗟に右手を春香に向ける。
ブルームの右手から発射されたのは、透明な衝撃波ではなかった。
黒い光線が、春香の胴体を貫き、秋也の頬をかすめて背後に消えていった。
「あ……」
春香は失速した。走りかけていた勢いそのままに、秋也のもとへ体を崩れながら向かってくる。
秋也は姉の身体を抱きとめた。
「姉さん、ほら、はやく逃げ……」
春香の顔を見た時、秋也の息が詰まった。
抱き上げた姉の目は開かれていたが、もう何も見ていないのが分かった。
秋也の腕に触れた彼女の背中からは、心臓の鼓動は消えていた。
「姉さああああんっ!」
絶叫が響く。
秋也は呪った。今日起こった全てのことを。姉を殺した敵を。
そして、何もできなかった自分を。
彼は泣いた。何時間も泣いた気がする。いや、数秒のことだったかもしれない。
「少年……少年よ」
ふと、背後から声が聞こえてくるのに気付いた。
振り向くと、メルバが右手を伸ばしていた。体の大半を失いながらも、這って秋也のもとまで来たのだろう。
「私の……右手をとれ」
「……なんで」
首だけメルバに向け、秋也はぼんやりと答えた。今姉を失ったことのショックで、体をどこか別の場所に置いてきたかのように感じられた。
「ブルームを、倒したくはないか」
「そんなこと、できるわけないだろ……」
「できる。二つある【コア】のうち、運よく右手の【コア】が残った……この手を取れば、君は私と同じ力が……異星人の力が手に入る」
死にかけてはいるが、メルバの目は真っすぐに秋也を見ていた。
この場で秋也を騙ろうとする気はなさそうだった。メルバの右手の甲に楕円形の半球がはめ込まれており、その中には小さな銀色の光が、まるで別の生き物のようにユラユラと浮かんでいた。
秋也はメルバの手と、自分の手を見比べた。
ブルームを倒す――その目標、確かに悪くない。
姉を殺した者をこの手で殺す。この瞬間、それが秋也の人生の目的となった。
「させるか」
背後にブルームの声が聞こえた。
ひゅっと風を切り、何かが振り下ろされるのが分かった。命を刈り取ろうとする一撃だろう。
だが既に、秋也はメルバの右手をつかんでいた。
メルバの身体が淡い光となり、秋也の身体に流れ込んでくる。そして、赤い光の奔流が彼の身体から流れ出した。
「なにっ!」
ブルームの振り下ろした手が弾かれる。赤い光は渦となって舞い上がり、ブルームは思わず身を引いた。
秋也の身体は既に見えなくなっていた。赤い光が繭のように彼の身体を、姉の遺体を共に包み込み、周囲の木々は突風に吹かれたかのように押しのけられる。
赤い光は空高くへ、まるで何者かの誕生を祝う花火のように舞い上がっていく。
突如、赤い光は炎に変化した。
「これは……」
驚くブルームの目の前で、灼熱の炎が吹き荒れる。
キャンパスに植えられた木々を飲み込み、灰に変えていく。それは炎のように見えるが、何故か不自然と、毒々しい血のような深紅に染まっていた。
炎の渦の中から、まるでカーテンを払いのけるように炎を振り払い、秋也の姿が現れる。
「さあ……復讐の始まりだ」
片手に姉の遺体を抱きながら、ブルームに向かって一歩踏み出す。
彼の両目から、深紅の光が煌々と放たれていた。
「まさか、フォルティアと地球人が【同化】するとはな」
ブルームは感嘆のため息を漏らした。フォルティアの学者である彼でも見慣れない方法をメルバは使ったようだ。
『少年』
秋也の頭の中にメルバの声が聞こえてくる。
「秋也だよ」
『む。わかった秋也』
脳内に響く異星人の声に対して、何のためらいもなく秋也は返事をする。
新しいことに抵抗がない性格なのか、それとも、今日起こった奇想天外な事件の連続で感覚がマヒしているのか。
秋也が視線を上げると、ブルームがこちらに向かって歩き出すのが見えた。
『撃て』
メルバの指示を聞き、秋也は右手をあげる。左手には春香の遺体を持ったままだ。
彼の右手の先から、乗用車くらい太い火炎放射が吐き出された。
「ふん」
ブルームはそれを軽々と避ける。
当然だろう。人間が目に見えないスピードで動けるのだ。でかくて明るい炎の直進くらい、避けるのは容易い。
『防げ!』
次のメルバの指示で、秋也は右腕をクロスさせた。
彼の動きに合わせて炎が体の前面に固まり、まるで大きな盾のような形になる。
ブルームが真正面から突進してくるのが分かった。その衝撃はとてつもなく大きく、接触した瞬間には秋也の身体は大きく後方に弾き飛ばされていた。
「あっ! 姉さん!」
反動で春香の遺体を落としてしまう。
アスファルトの上を滑っていくが、何とか腕を突っ張って体勢を立て直した。
『撤退だ、秋也』
立ち上がって、ブルームに向かって走り出そうとした秋也を、メルバの声が止めた。
「なんでだよ!」
『やつには勝てない。技術も経験も、パワーも違いすぎる。このまま戦っても、負けて殺されるか、良くても捕虜になるだけだ』
燃え盛る大学の中で、遠くからブルームが向かってくるのが見えた。悠然と歩くその様は、圧倒的な力を持つ戦士の迫力を感じさせる。
秋也は歯ぎしりした。このまま引き下がって、姉の仇をとらなくていいのだろうか。
だが一方で、メルバの主張が正しいのも分かる。特別な力を身に着けたと言っても、たった今覚醒したばかり。このまま犬死にするよりは、いったん引いて準備を整えた方が――
「わかった」
幾分離れたところに横たわる春香の遺体を見つめ、彼はうなずいた。
「でもいつか、必ずあいつを倒す。約束だ、メルバ」
『御意』
秋也は右手を高く掲げた。両目から放たれる赤い光が強くなる。
ブルームが再び地面を蹴った。秋也に次なる攻撃を加えようと、猛スピードで突っ込んでくる。
だが、秋也の身体が巨大な炎の塊に包まれ、溶岩のような赤熱した岩が周囲にまき散らされた。
「くっ!」
一瞬怯んだブルーム。だが、片手にエネルギーを溜めると、先ほどメルバを倒した黒い球体を発射する。
球体が炎の塊に衝突し、爆発した。炎の幕が晴れる。
既に秋也の姿は消えていた。
◇◇◇
「ってわけ」
シリアスな話なのにも関わらず、秋也の語り口は軽かった。
だが、目が笑っていないのだけは分かった。秀樹と牧原は気まずそうに眼を合わせる。
何しろ、肉親の死の場面が出てきたのだ。簡単に聞き流せる話でもない。
「メルバは、近年になってルクスの後を追い、地球にやってきた。ルクスの弟子だった彼は、どうしても師匠の後を追いたかったけど、いろいろあって500年もかかっちゃったんだって」
まるでペットをあやすように、秋也はメルバのビジョン――手の平に投影した彼の頭部を撫でる。
「ありがとう、メルバ。もういいよ」
秋也は礼を言った。
メルバはほんの数秒だけ秀樹の方を見つめていたが、やがて綺麗な一礼をし、彼のビジョンは消えた。
「えっと……それで、その後ブルームとは戦ったのか?」
秀樹は少しためらいながら聞いた。
秋也は大げさにかぶりを振って見せる。その様子は、たった今姉の死の様子を語った人物には見えない。
「全然。どこにいるのかわかんないし。姉さんの研究データを漁って、リーディックの改造手術をしていた組織を探したけど、既にブルームは組織を離れてたみたいで見つけられなかった」
「組織を離れてた?」
「そう。一説によると、組織のトップと意見が合わなくなったとか。それで組織を抜けたけど、やつを始末しようと追ってきたリーディックたちを全員一度に始末したらしい」
「ふーん……そんなに強いのか、ブルームって」
秀樹はあごを親指でさすった。少し考え込むように床に目線を落とす。
「ん? 秀樹、ブルームに会ったことあるの?」
「まあ、あるよ」




