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第二話 後編

 「ブルームの行方は分からない。だからルクスはそれから数百年の間もブルームを探し続けている」

 

 「数百年も。ふるさとから遠く離れた場所へ来たのに、すごく孤独な戦いをしてるんだね、ルクスは」

 

 「うん。でも、ルクスには信念があるから。親友の間違いを正して、一緒に帰るということが正しいことだと信じている。それに、彼は人当たりがいいから、地球の人々と上手くやっているし、心配はいらないと思うよ」


 「ブルームが生きているってことは、リーディックがまた新しく作られている可能性があるってこと?」

 

 牧原はハッとして、顔の前で両手を合わせた。

 

 「そっか、藤沢くんが戦っていたのは、リーディックなんだ! ブルームが作った怪獣が世の中に出ていかないように退治している、それがお仕事でしょ?」

 

 「正解。それがオレのアルバイトってわけ」

 

 「あれ、でも、リーディックって人工的に作られた生き物じゃなかったっけ? この前の人は、明らかに人から怪獣に変身したように見えたけど」

 

 「アップグレードしたんだよ、ブルームの元々の技術を。今はリーディックを一から生命体として作るんじゃなく、着ぐるみのように人間にかぶせている。能力をコントロールするのは人間自身が行う。リーディックへの改造手術を受けた者は強い力を得るんだ。両目が光ることで能力の一部が解放されるし、変身すれば100パーセントの能力を使える」

 

 「そうなんだ……あれ?」

 

 牧原が少し首を傾げる。


 そこで引っかかることが分かっていたかのように、秀樹は少し彼女の方へ向き直った。

 

 「リーディックの目が光ることで強くなるなら、藤沢くんの目が光るのはなんでなの? まさかと思うけど、藤沢くんもリーディックに?」

 

 秀樹は牧原の問いに首を大きく横に振った。


 だが質問には答えずに、空き缶を握りつぶすと、少し離れた場所にある自販機の横のごみ箱に向かって投げた。

 

 「今日はここまでにしようか。また話すよ」

 

 カランという音がして、ごみ箱が震えるのが見えた。

 

 「えっ、ちょっと待って。藤沢くんがリーディックじゃないなら、どうしてあんな不思議な力を持っているの? なんで銀色の服で変装しているの? それと、ルクスは今どこにいるの? もしかしてルクスって……」

 

 藤沢くんなの?

 

 牧原は目でそう問いかける。


 秀樹は少しあたりに視線を漂わせていたが、やがてニヤッと笑って牧原の目を見た。

 

 「そんなに答えてほしいなら、まず、なんでオレの名前を知ってたか答えてよ」

 

 「え?」

 

 「この前の銀行で聞いたじゃん。接点がないオレの名前を、なんで知ってるのか」

 

 秀樹の問いを聴き、牧原は大きな目をパチパチさせた。


 そして少しはにかみながら下を向く。

 

 「私も今日はここまで、ねっ」

 

 顔を上げた彼女は、キラキラと輝く笑顔を浮かべて言った。

 

 「あれ、どうしたの? 具合悪い?」

 

 「い……いや、大丈夫」

 

 牧原の殺人級のスマイルに殺されそうになっていた秀樹は胸を押さえながら何とか答えた。


 意識的であろうとなかろうと、心臓に悪いほどの威力の笑みである。男として生きていれば、どんなやつでも悶絶ものだろう。

 

 公園の出口まで来たところで、牧原は秀樹を振り返った。


 すっかり日が落ちたこの時間の闇よりも、ふわりと揺れる彼女の髪色の方がより深い黒に見えた。

 

 「また明日、聞かせてね。話の続き。お昼ご飯のときでいいかな」

 

 「も、もちろん。って。あれ? 今日も送っていくけど……」

 

 「いいの。何度も暗い時間に送ってもらったら藤沢くんに迷惑だし、それに、うちの親が藤沢くんのことを、なんで毎回夜に送ってくるんだアイツはーって誤解したら申し訳ないし」

 

 牧原はさわやかに手を振ると、秀樹が振り返すのを見つつ踵を返した。


 曲がり角で彼女が再び振り返るまで、もちろん秀樹は彼女の後を見送った。

 

 完全に牧原が見えなくなったところで、ふうとため息をつく。そしてポケットからスマホを取り出した。

 

 メッセージアプリを開き、一つのメッセージを確認した。


 日付は今日の朝8時。発信者は【沢井龍二】。

 

 『遅くなってごめんな。牧原ひかりの素性が確認取れた。黒いところなんて全く持ち合わせていない、いたって普通の女子高生だな。お前が気になるって言うならいろいろ話すのは勝手だけど、ちゃんと秘密を守るよう念押ししとけよ』

 

 そのメールをさらっと見た後、秀樹は文章作成のアイコンを押す。


 親指を滑らかに動かして、数秒で文章を作成した。

 

 『今彼女に話したよ。大昔にレドウィンが倒された経緯と、現代のリーディックの能力についてさらっと。続きは明日になった』

 

 送信ボタンを押すと、ケータイをポケットにねじこんだ。


 どう気を引き締めても、牧原の顔を思い浮かべると頬が緩んでしまう。


 ましてや明日にランチの約束まで取り付けたことが、健全な男子高校生としては踊りたくなるほど嬉しさがこみ上げる。


 だからこそ、背後から声が響いてきたときには心臓が止まりかけた。


 「最後の彼女の質問、あれの答えはノーだったよね」


 若い男の声、いや、二十歳はいっていない。


 秀樹と同じくらいの年頃だろう。


 鳥肌がまだ残っているのを感じながら秀樹は振り向く。


 暗闇から街頭の下に出てきた相手の姿を見て、思わず彼は息をのんだ。


 男性のビーナスというのは、まさにこの青年ことを言うのだろう。それほど、完膚無きまでに周囲を圧倒するほどの美貌が、彼にはあった。


 牧原が道行く男性の視線を根こそぎ集めるのと同じくらい、この青年も女性の視線をとらえて離さないだろう。


 「誰、だ?」


 警戒という警戒を顔じゅうに張り付けながら秀樹は問う。


 牧原との会話を聞かれていただけでなく、会話の内容そのものを理解し、そして関連する情報をつかんでいる様子だ。


 そんな人物がこの世に何人もいるわけではない。


 「待ってよ。敵じゃない。ほら、何にも持ってないよ」


 青年は大きく手を広げて見せる。


 ブレザーを着ているからして高校生であろうということは分かるが、それ以外の素性は全く推し測ることができない。


 秀樹は自然と半身になっていた。


 格闘技では基本の体勢だ。利き手の側の肩を引き、膝を柔らかく、奥足のかかとはうっすらと浮かせる。これで【何か】あっても、すぐに攻防に入れる。


 「敵じゃないって? 何を根拠に」


 「ぼくは近藤秋也。二ノ宮高校の2年生。血液型はAB型で、決まった彼女は今のところいない。趣味はお菓子作りで、ホワイトデーでのお返しの時には学校を休んで一日中お菓子を作り続けるのが毎年恒例なんだ。好きな科目は英語で、嫌いな科目は美術。シューヤって呼んでもいいよ」


 「……は?」


 秀樹の眉根が吊り上がった。目前の青年の露骨にフレンドリーなしゃべり方に頭が痛くなる。


 この秋也という人物は、人をイライラさせるのがうまいらしい。


 さりげなく、彼女は決まって作ってないが仲いい女子はゴロゴロいるという状況が言外に感じられる。


 さらには、自分はバレンタインデーにチョコを大量にもらうからホワイトデーでのお返しが大変なんだ――という自慢話が織り込まれているのが非常に憎らしい。


 「君のことは知ってるよ」


 秋也の目は本当に楽しそうだった。待ちに待った映画の公開を目前にしたかのように。


 「藤沢秀樹、神宮東高校の2年生。人助けが趣味。ワオ、偉いね。それでもって、本当の正体は……」


 秋也の口上が止まる前に、秀樹も気づいていた。


 夜の街をパトカーのサイレンが響き渡る。大通りの方を見ると、黒いセダン車を先頭に数台のパトカーが追いかけているのが分かった。


 出ているスピードからして、とても穏やかな状況ではない。何がきっかけかは知らないが、パトカーの追跡を受けるのに十分な行為をしたのだろう。


 「あれ、大変そうだね。もしかして追いかけたり……」


 秋也が軽口をたたく。


 目線を戻した時には、秀樹の姿は消えていた。


 「さすが、お人よし」




 ◇◇◇




 セダン車の運転手は焦っていた。


 思わず、ドアのふちを拳で叩く。先ほどから追いかけてくるサイレンの音が増えたのは確実だった。


 『黒いセダン、止まりなさい。道路わきに停車しなさい』


 パトカーから呼びかける声が夜の街に響く。


 その警告のおかげか、周囲の通行人は状況を察して距離をとり、今のところカーチェイスに巻き込まれる者はいなかった。


 「くそっ! しつこいんだよ!」


 イライラして叫ぶ。口髭の下から、運転中にたまった飛沫が飛び散った。


 このまま真っすぐ走り続けても、事態が好転する兆しは見えない。赤信号を無視し、目いっぱいアクセルを踏もうとも、本気になった警官たちの追跡は容易にかわせるものではなかった。


 「車を捨てるしかないか……」


 運転手の男は悔しそうにつぶやく。


 とにかく、前に進み続けるしかない。アクセルを踏み込み、夜の街を駆ける。


 ふと、フロントライトに照らされたものがあった。


 自転車に乗った、小学生くらいの男の子だった。横断歩道を渡ろうとして今の騒ぎに反応したのか、道路の真ん中で止まっている。


 「どけ、ガキ!」


 運転手が怒鳴るが、男の子は動かない。動けないのだ。


 恐怖で固まる顔が見える。しかし、運転手の男はブレーキを踏むことはない。


 「悪く思うなよ――」


 黒いセダンが接触しようとした。その瞬間だった。


 車と男の子の間に人影が出現した。


 銀色の戦闘スーツを着た人物は、なんと車を素手で受け止める。


 「くううううっ!」


 その人物――藤沢秀樹は、左目を緑色に光らせながら、腕と胴体の両方でセダンのフロントを抑え込んだ。


 地面に少しめり込むくらい足を踏ん張り、車を止めようとする。車体の後方が浮き、踏ん張っている秀樹の両足から煙が巻き上がった。


 何とか、スピードはゼロになる。秀樹の背中が、自転車の男の子にポンと当たる距離まで来ていた。


 ガシャンと、金属とゴムがアスファルトに勢いよくぶつかり、浮いていたセダン車は地面に着地した。


 秀樹はふうと息を吐いて車から手を離すと、背後の男の子に向き直った。


 「あんまり夜遅くに出歩くと、こんなことも起こるからね。もう帰りな?」


 「は、はい!」


 少し秀樹の銀色のスーツに見とれていたが、男の子はサドルに跨ると、すぐに漕ぎ出して去っていった。


 秀樹は自転車がある程度離れたのを見ると、黒いセダン車に向き直った。エアバッグが作動したことで、運転席が膨らんだ布の塊でパンパンになっている。


 ドライバーの様子を確認しようと、ドアの前まで歩いていく。暗くて中はよく見えないため、ドアノブに手をかけた。


 「うえっ!?」


 セダン車のドアが派手に吹っ飛び、そのまま秀樹に激突。数メートル後ろに彼の身体は飛んでいく。


 彼が地面にすっころんだところへ、外れたドアが音を立てて落ちてきた。


 「いってえ……」


 アーマー越しでも、重さと衝撃は伝わる。


 冬の布団のように思いドアを押しのけて、何とか状況を把握しようとした。


 すると、腹を誰かに思い切り踏まれ、息が強く漏れた。


 セダン車のドライバーが、秀樹を足蹴にして見下ろしていた。


 両目が紫色に光っている。秀樹を踏む力が尋常なく強いのも納得だった。


 「あー、最近流行ってるの? リーディックの改造手術」


 秀樹が軽口をたたくと、男は前にかがんで秀樹の首元をつかんできた。


 「てめえ、聞いたことあるぞ。この手術をしてくれたやつが言ってた」


 「へえ、なんて?」


 「生まれつき、宇宙人の力を持ったやつがいる。目が緑色に光るやつは、見た目に惑わされるな、やられるぞ――ってな」


 秀樹の首元を左手でつかんだまま、男は右拳を持ち上げ、振り下ろした。


 「その通り!」


 すんでのところで首を傾け、上からのパンチをかわした秀樹。


 耳元でアスファルトが砕ける音を聞きながら、自分の首元をつかむ腕をつかみ、引き込んだ。


 「なっ」


 男が驚くのも束の間。


 秀樹は両足を広げると、滑らかな動きで男の左腕と首を自らの股の間に挟みこんだ。


 寝ながら上の相手を絞め上げる柔術の技――三角絞めである。


 「ぐっ、ぐぐ……」


 力で抜けられるものではない。


 しかし、この男は寝技を知らないのだろう。秀樹の股の中から、左右に転がって抜け出そうとする。


 でも抜けない。かなり力んでいるのだろう、次第に男の顔色が赤くなってきた。


 「さあ、どうする、お兄さん。このまま【落とされる】のが嫌なら、ちょっと緩めて、朝までこの状態でおしゃべりしてもいいよ?」


 「な……に、言って、んだ」


 「有益な情報をお持ちのようだから、ちょっとインタビューしたいなあと思って。あ、その前に警察が来ちゃうか」


 秀樹の言葉と重なるように、サイレンの音が彼方から聞こえてきた。


 ドライバーの男は目を剥いた。


 パトカーの存在を思い出したのだろう。このまま秀樹とゆっくりストリートファイトをしている場合ではない。


 「ふざけんなああああ!」


 男の両目から放たれる紫色の光が強くなる。


 そして、額に黒い石が浮き出てきた。それがスイッチとなるかのように、全身が紫色の光の奔流に包まれた。


 秀樹は光の渦に弾かれ、吹き飛ばされる。道路を滑っていき、ガードレールに頭を打って止まった。


 「あー、やっぱりそう来るよね」


 少し頭をさすりながら立ち上がり、秀樹は耳元に手を当てた。


 「龍二さん、聞こえてる?」


 『もちろん。リーディックと交戦に入るんだろう』


 「そう。パトカーが現場に来るみたいだから、オレと相手の間に入ってケガしたりしないようにって、言い含めといて」


 通信しているに注文をつけるのとほぼ同時に、複数台のパトカーが現場に到着した。


 『既に連絡済みだ』


 パトカーから降りてきた警官たちは、秀樹の姿を見たが、何も言わない。


 やや距離をとっている。決して、銀色のスーツを着た秀樹と――紫色の巨大クモの間に入らない。


 「ありがと龍二さん!」


 ダッシュで前方に突っ込む秀樹。


 戦法はもちろん、クモの怪獣の額にある黒い石を破壊すること。そこまで行けばゴールになるのは確実だからだ。


 クモが顔を少し後ろに引いた。それを見て、秀樹は何かを察する。


 横に飛びのいた瞬間、黒い粘着性の糸が、クモの口から発射された。


 「クモが出すのは尻からだろ!」


 吐き出したクモが背後の電柱にびちゃっと張り付く音を聞きながら、秀樹は既にクモの顔面の前に到達していた。


 そして左ジャブ。正確に繰り出された拳が、全力ダッシュで溜めたパワーももらいながらクモの額に炸裂した。


 「ガアアアア……」


 黒い石が破壊され、巨大クモは断末魔をあげる。


 紫色の身体が、煙を上げて崩れていく。その様を見て、周囲の警官たちは息をのんだ。


 間もなく、クモが変身を解いた場所に、先ほどのドライバーの男の姿が現れる。


 やはり強制変身解除の反動で失神していた。だらりと手足を伸ばし、時折痙攣しているのが見える。


 秀樹はチラリと警官たちを見たが、彼らはひそひそと互いに言葉をかわすだけで、前に出ようとしない。そのため、秀樹は耳に手を当てて通信を試みた。


 「龍二さん。倒したけど、警察の人たちじゃ大変そうだ。たぶん回収班に来てもらった方が――」


 彼の言葉を遮るように、空中から人影が落ちてきた。


 ズシンという重低音を響かせ、アスファルトに着地する。その顔を見て、今度は秀樹が息をのんだ。


 「さすが早かったね。もう変身解除か」


 右目が赤色に光っているその青年は――近藤秋也だった。


 あっけにとられている秀樹をよそに、秋也は道路に横たわる男に右手を向ける。


 秋也の右手から、のたうち回る灼熱の炎が発射された。


 「なっ!」


 思わず秀樹は腕で自分の身体をかばい、後退する。


 炎の温度はどれくらいあるのかわからないが、普段日常生活で見るような炎とは違う。なぜか不自然にも毒々しい赤色をしていた。


 あっという間に、クモに変身していた男の身体が丸焦げになり、さらに炭になって吹き崩れていく。


 周囲にも炎は広がり、道路のアスファルトがメラメラと燃え始めた。


 「消防だ! 消防を呼べ!」


 急にスイッチが入ったのか、警官たちが動き出す。超常現象を目撃して麻痺していたようだが、火事を防ぐという現実的な行為で我に返ったのだろう。


 秀樹は動けずにいた。


 高性能のアーマーのおかげで、多少の炎なら問題ない。だが、今目の前で起こった出来事が彼を動けなくさせていた。


 意図的なものなのか、炎が秀樹と、秋也の周りだけを取り囲むように燃え広がる。警察たちの喧騒はどこか遠くのように聞こえた。


 「お前は、何者なんだ?」


 秋也に問いかける。


 目の前の青年の右目は、まだ赤く光っていた。もう満足したのか、手を下ろし、何らかの能力で発動した火炎放射は止めていた。


 炎で揺らめく情景の中で、秋也の口の端がクッと持ち上がるのが見えた。


 「あの女の子といっしょ。ぼくも明日、答え合わせをしよう」


 彼は踵を返し、右手をひらひらと振った。全く熱くないのか、炎のカーテンの向こうに消えていく。


 秀樹は追いかけようとした。だが、目の前の炎が突然大きく燃え盛り、行方を阻まれてしまう。


 たまらず後ろに跳躍して逃げる秀樹。その耳に、どこからか楽し気な声が聞こえた。


 ――またね。ルクスの息子くん。

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