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第五話 前編

 潮風が背後から吹き付けてくる。船乗りには慣れたものだが、今日の風は特別な味がした。

 

 巨大なガレオン船は大海原を優雅に進んでいく。向かってくる大きな白い波を船首が割り、無数のしぶきを散らした。

 

 眼下には船員たちが忙しく動き回っている。手すりに手をかけて彼らの姿を見守り、満足そうにうなずいた。

 

 『ライト、本当によかったのか?』

 

 頭の中に、親友の声が響いてくる。

 

 「何がだい?」

 

 『もちろん、私と【同化】したことだ。見ず知らずの、しかも空より上の遥か彼方の世界で生まれた別の種族の者に、二つ返事で体を貸してやるなんて。大それた決断をしてくれたな、と』

 

 それを聞いて、ライトはくっくっと笑った。

 

 「ルクス、どうした急に? 私の身体が嫌なら降りてくれてもいいんだぞ?」

 

 『いや、そういうわけではないが……』

 

 ライトは手すりから身を離し、そして船尾に向かって歩く。

 

 「きみと共に戦うと決めた私の意思を、ただ信じてくれればいいさ」

 

 今度は船の後方を見渡せる場所まで行き、そこの柵に両手をかけた。

 

 船の航路が、くっきりと海に残されているのが見えた。かき分けられた波の跡が、まるで大海原に描いた蛇の絵のように、長い軌跡を描いて遠くの青に消えていく。

 

 「きみがブルームとレドウィンにやられて、致命傷を負ったあの日。私が駆けつけることができたことを神に感謝しなければならない」

 

 『あのときは本当に助かったよ、ライト。やつらから私を匿うだけでなく、私がきみに二つのコアと、私の精神体を与えることを許してくれたなんて』

 

 「いいんだよ。いいんだよ、友よ。コアが二つとも残っていたのは幸いだったな。これでまだまだ、やつらに勝利する目は潰えていないわけだ」

 

 カン、カンと鐘を鳴らす音が響いた。

 

 船員たちが、船の進行方向を見て騒いでいた。どうやら上陸地点が視野に入ったらしい。船旅の終わりは、いつでも彼ら海の男を活気づける。

 

 ライトも目的の場所を見ようと目を凝らしたが、やがてかぶりを振った。

 

 「こうすれば、見えるかな」

 

 彼の左目が【銀色】に光る。すると、近くで眺めているかのように、港町の光景がくっきりと見えた。

 

 「おっ。これはいい。望遠鏡いらずだな。大きな軍港が見えてきたぞ」

 

 『いよいよか。この国に、ブルームたちがいる』

 

 ルクスの声は、どこか緊張しているかのように震えていた。

 

 それもそうだ。ルクスは今や生身を失っている。ライトの身体に共生しているとは言っても、その状態でどこまで戦えるのか、全くの未知数だからだ。

 

 「案ずるなよ、ルクス。またきみの手ほどき、修行を受けよう。必ずやつらを止められるよう、私も強くなるよ」

 

 『……本当に、きみには頭が上がらない。私と同化していることで、強くなるだけでなく、きみは老いることがなくなるのだ。つまり、他の人々よりも、長い時を生きなければならない』

 

 「でもそれは、ルクスの【コア】を身体から外せば、もとの人間に戻るんだろ? それだと、きみはコアの状態のまま永遠に生き続けることになって、物凄くつまらないだろうが」

 

 『私はいい。ライト、きみが伴侶と生涯を共にしたくても、このままじゃ伴侶は普通の寿命で死に、きみだけが永遠に近い時を生きることになるんだぞ。とても辛い体験になるだろう』

 

 それを聞いて、ははっとライトは笑った。既に左目は普通の色に戻っている。

 

 「私にはそんな相手はいない。心配はいらないさ」

 

 『でも、将来そういう相手が現れないとは限らない』

 

 「……まあ、そのときはコアを外して、子供に譲るかな。子供が受け入れてくれたら、だけどな」

 

 ガレオン船は進んでいく。船員たちがマストをたたみ、やがて、大勢の人々が行き交う港町に到着した。

 

 ライトは自身の頭に乗せた、大きな黒革の帽子を押さえる。真上から照りつける太陽が、まるで彼を急かすように背中を焦がした。

 

 「行こうルクス。まずはブルームたちがどこにいるか、情報収集だ」


 


 ◇◇◇




 眼下に広がる雲の海が、本当にフワフワと綿あめのように柔らかく見える。


 だがそれらは、雲をつかむようなという表現に現れるように、触ることも食べることもできない。たった今その雲の塊を生身で通り抜けてきた秀樹には、それは疑いようのない事実である。


 「で、オレの正体に気づいたのはいつ?」


 黒マントを着る相楽の後方、ほんの数メートル斜め後ろを秀樹は飛んでいる。


 太陽光を反射して、銀色の装甲が煌めいた。腕を後ろにつけて真っすぐに飛ぶ姿は、超小型のジェット機のようにシャープな印象を与える。


 「つい最近かな。もっと言うと、近藤秋也が藤沢を締め上げる直前くらい。人助けをしまくっている銀色のコスチュームの人が、実は藤沢だってことは、もっと前から知ってたけど」


 「オレがルクスと同化してるって知ってたから、あのとき助けてくれたのか? いきなり現れて、それで秋也を引き付けて飛んでいった」


 「ブルームも提案してくれたんだよ。たぶん藤沢はギリギリまで正体を隠して戦うけど、それがギリギリ過ぎて本気を出すのが――ルクスの能力を全部開放するのが間に合わないかもしれない。だから念のため、きみたち二人の様子をじっと見てたんだ」


 「そうか……まあ、あの時は、助かった」


 秀樹は飛行しながらうつむいた。


 まさか宿敵のブルームの案で、あの時窮地を救われたのだとは思ってもいなかった。それだけに、ばつが悪い。


 秘密を守るために、命を失うところだった。それだけは、父も望んでいないし、そもそも秘密を作っていた本当の目的が成されない。


 『それくらい、気にしないでほしい。ボスとの戦いには、きみが必要だと判断したまでだ』


 「お前のそういう言い方のほうが、かえって気が楽になるよ」


 高速飛行する相楽の隣に、ブルームのビジョンが浮き出ている。本体である相楽と並行して飛ぶように、体を水平にしていた。


 「なんでオレがルクスと同化してのかも、知ってるのか?」


 「まあ、推測だけど……ブルームが5年前に藤沢の家に現れた件、だと思う」


 「そう。そうだ。合ってるよ」


 秀樹は即座に認めた。それだけで、相楽も了解したかのように口を閉じた。


 雲の上を飛んでいくのは初めてではなかったが、やはり体のゾクゾクが止まらない。自分が空を飛ぶ能力を持っていたとしても、足元に何もない状態がずっと続くのは、人間として正常なことではないと本能が告げている。


 雲の海は少し途切れる部分があるので、下界の様子がある程度見えた。海の終わりが近づいたのか、遠くに灰色の塊を認識できる。


 「もうそろそろ着くね」


 相楽が告げた。太陽から逃げるように空を飛んできたが、水平線が丸見えで、まるで地球儀を回しているかのような旅だった。


 灰色の塊が、やがて巨大都市に変わる。あと少しで目的の場所――組織のボスがいる場所に行き着く。


 「どうしても、聞いておきたいんだけど」


 スピードを緩めていく中で、秀樹が声をかけた。


 「なに?」


 「ブルームに聞きたい。なんでオレの母親を殺したのか」


 相楽の身体がこわばるのが、飛行中の状態でもわかった。


 「別に、聞いてどうしようってわけじゃない。あのとき母とお前が何を話していたのか、なんでオレと父に近づかないって約束をしたのか、知りたいだけなんだ」


 一行は段々とスピードを緩め、高度も下げ始めていた。行先は大都市のど真ん中ではなく、まずは郊外に降りるつもりだ。


 『……私は、お前の母である藤沢鳴海を撃った。だが本当は鳴海と、その息子である藤沢秀樹、2人とも殺すつもりだった』


 「なぜ? 父さんを絶望させたかったから?」


 『違う。いや、正確ではないと言っておくべきか。当時はまだ、藤沢ライトとルクスが同一のものであると思っていた。500年ほど前の戦いで一度ルクスに致命傷を与えた時、まさか地球人がルクスを救うために同化するなど考えてもいなかったのだ。だからこそ、ここ20年の間に、彼がまさか地球人と家庭を築いたことが……許せなかった』


 森が広がる区画がある。誰にも見られていないことを確かめながら、一行は森の手前の空き地に降り立った。


 突如空から現れた彼らを迎えたのは、木の実を探し回っていた小動物の群れ。空から降ってきた黒マントと銀のスーツの二人に抗議の鳴き声をあげ、森の中に駆けこんでいった。


 飛行能力を解除した瞬間に、秀樹と相楽は全身から放たれていたオーラを消した。


 「許せなかった、とは?」


 銀色のヘルメットに隠れ、秀樹の表情は見えない。


 だが特殊素材の膜の奥で、彼の顔が怒りで歪んでいた。そして、その怒りを抑え込もうと必死で深呼吸をする。


 『それは、つまり。私はレドウィンをルクスに倒され、家族と呼べるものはいなくなった。その後、ルクスが私を探しているのには気づいていたが……500年経って気が変わったのか、家庭を作って落ち着いているとは。彼だけが幸せを享受していることに、耐えられなくなったのだ』


 「それで?」


 秀樹の声は、今にも爆発しそうなほど震えていた。相楽はマントの奥から黙って彼を見つめている。


 『ルクスの目を掻い潜り、何度か藤沢鳴海に接触した。彼女は私の存在を知っていたため、逃げても無駄であることは分かっていた。ルクス以外に、私を止められるものはいない。警察に言っても無駄だと』


 「まあ、そうだろうな」


 『お前と家で会ったあの日、鳴海は交換条件を出した。どうにかして、息子の命だけは助けてくれないかと。強い女性だった』


 秀樹は相楽とブルームに背を向け、静かに歩いていく、やがて何もないところで止まった。


 「それで全てか?」


 『ああ。あの日、お前に大けがを負わせたが、それ以来、鳴海との約束は守っている。近藤秋也の一件があるまで、お前と藤沢ライトの傍には、一切近づかなかった』


 ブルームの声を聞き、秀樹はうつむく。そして左手を挙げた。


 彼の手の甲に、半球の【コア】が浮かび上がる。その中心から緑色の光が周囲に瞬いた。


 秀樹の左手の先の空中に、何かのオブジェが形作られていく。やがてそれは人型になり、そして細部に様々なパーツが形成された。


 「それ、もしかしてルクスの【錬金術】……」


 相楽がうっとりするような声で言った。


 できあがったオブジェは、まるで本物の異星人、フォルティアの姿を模していた。


 竜のような顔、頭部から後方に伸びる角、背中から生えた翼のような部位。全て再現されている。


 ただよく見ると、それはブルームに似ているようでもあった。


 「今から共闘するかもしれない、だから」


 秀樹は両目からエメラルドグリーンの光を放った。彼の身体能力がすさまじい勢いで上昇する。


 グッと足を踏み込むと、土がはじけ飛び、草が舞い上がった。


 突風を巻き起こしながら、彼は飛びまわし蹴りを放った。ブルームの姿をしていたオブジェは、一発で粉々になり、地面に散らばった。


 「今はこれで。戦いが終わるまでは、お前に協力してやる」

 

 秀樹の声は少し疲れていた。

 

 もちろん、今までの恨みを、たった一発の八つ当たりで忘れたわけではなかった。

 

 だが今から望むのは、宿敵であるブルームですら勝てなかった最強の敵。今のことに集中するために、せめてもの代償行為をすることで、彼なりの一区切りを作ったのだ。


 『立派だぞ、秀樹』

 

 「……そうかな」

 

 脳内に語り掛けてきたルクスに、秀樹はぶっきらぼうに答えた。

 

 ルミナが近づいてくる。もう彼が切り替えてくれたと確信し、次の行動を話し合おうとした。

 

 「藤沢。これから街の中に入るよ」

 

 「この格好のまま?」

 

 「まあ。本当の顔をさらすより、謎の超人としての姿を見せた方が、あと腐れもないかも――」

 

 相楽の言葉をかき消すかのように、何か巨大な爆音が聞こえた。

 

 方角は、明らかに街の方。振り向くと、大きな煙と火炎が立ち上っている。

 

 「行くぞ!」

 

 すぐに左手にコアを出現させると、秀樹はオーラをまとって飛翔した。

 

 相楽も黙って彼の後を追う。森を超え、農場を超え、住宅街を超え、都市の中心部はあっという間に視界に入ってきた。

 

 「何が起こったんだ?」

 

 困惑する秀樹の目に映ったのは、ビルが何棟も倒壊し、乗用車も多数横転している惨事。救急隊はまだ駆けつけていないのか、サイレンすら鳴っていない。

 

 道端に多くの負傷者がうめき声をあげていた。死体もちらほら見え、顔を逸らしたい気持ちをぐっとこらえる。

 

 「さっき、音が聞こえたのは……」

 

 「一度だけ。つまり、一撃で戦闘が終わった」

 

 相楽のセリフを引き継ぐように秀樹が答える。やがて破壊の中心地が見えてきた。

 

 何かが爆発したようにしか見えなかった。炎が建物という建物を飲み込み、地面は溶岩のように溶けている場所もある。

 

 その中で、秀樹の目が見知った姿を捉えた。

 

 「父さん!」

 

 ライトが生身のまま、がれきの上に倒れている。矢も楯もたまらず秀樹は急降下した。

 

 たどり着いた彼の目に映ったのは、無残な父の姿。胸から下が血にまみれていて、どこを負傷しているのかわからないほどだ。

 

 だが、息子の声が聞こえたのか、彼はうっすらと目を開けた。

 

 父が自分の顔が分かるようにと、秀樹は手首に着いたスイッチを操作し、銀色のアーマーを解除する。もとの学ラン姿に戻った。

 

 「父さん!」

 

 もう一度秀樹が呼び、父の手を握った。手についた父の血がまだ温かかった。

 

 ライトは口を開こうとして、力なく咳き込んだ。背後に相楽が着地する音が聞こえる。

 

 「秀樹……か」

 

 「何が、何があったの?」

 

 秀樹の目には涙が溜まり始めていた。それを自覚する暇もなく、父の口元に耳を近づける。

 

 「組織の……ボスは……あの子、だった」

 

 「あの子って?」

 

 「近藤……秋也、だ」

 

 秀樹は息をのんだ。背後にいる相楽も、えっ、と声を出すのが分かった。

 

 「これをお前に渡すようにと……言われた」

 

 震える手で、ライトは何かのメモ用紙を秀樹に手渡した。既にそれも血でべったりと濡れていた。

 

 急いで秀樹はメモを開いた。そこには走り書きで、次のように記してあった。

  

 『まさか親子そろってぼくを騙すなんて。許さない』

 

 この一文が大きく、激しい筆跡で書かれていた。どうやら一番恨みをこめて書いたようだ。

さらに次の内容が続く。

 

 『秀樹、きみがルクスと同化していたとは。初めてぼくと会った公園で待ってるよ。きみの大事な、あの子と交換だ。ルクスのコアはもちろん、きみ自身の命とね』

 

 こちらは正確に伝えたかったらしく、少しまともな筆跡に戻っていた。

 

 秀樹はメモを読むと、背後にいる相楽に向けて放った。彼女は素早くキャッチし、内容を読み始めた。

 

 「どうやら、ルクスの力は既に藤沢のもとにあることを知られたみたいだね。それと……あなたのお父さんが、今は【フォルティア型のリーディック】として改造された人間だということも、かな」

 

 「ああ」

 

 相楽に薄く返事を返しながら、秀樹はライトの肩をさすっていた。

 

 少しでも苦痛が軽くなるようにと。何かできることはないかと言うと、残酷だが、何もなさそうだった。

 

 「父さん、聞こえる?」

 

 秀樹は頬を涙が伝うのもぬぐうことなく、ライトに話しかける。

 

 「ブルームが、今そこにいるクラスメイトと同化している。協力して、この戦いを終わらせると約束してくれたんだ。もちろん、オレとルクスも、父さんが続けてきた戦いを終わらせる。絶対に」

 

 今言ったことが、果たして父に届いているのだろうか。ライトの目はもうほとんど閉じかけていた。

 

 すると、何かパクパクとライトが口を動かすのが見えた。すぐに秀樹は耳を口元に近づける。

 

 「……古き、友よ。ありがとう……楽しい……時間だった」

 

 その言葉を聞いたのか、それとも既に現れていたのか。いつの間にか秀樹の身体からルクスのビジョンが投影され、ライトのそばに浮かんでいた。

 

 『私もだ、ライト。生涯最高の友よ。あとはゆっくり休んでくれ』

 

 ルクスは泣いているように見えた。竜の仮面のような顔から涙が流れるわけでもなかったが、秀樹はそんな風に感じた。

 

 そしてさらに、ライトは口を開く。今度はもっと声が小さかった。

 

 「秀樹……」

 

 「はい」

 

 「愛して……いる。お前と、母さんを……」

 

 「は……い」

 

 「お前……は、納得した……人生を……生きて……く」

 

 もう声は全く聞こえなくなった。

 

 ライトの口元から離れて、秀樹はその顔を見た。

 

 父は微笑んでいた。その笑みが、全身をずたずたにされているとは思えないほど安らかで、少しは救われた気分になる。

 

 秀樹が握っていた手のぬくもりは、既になくなっていた。もう父は、500年も地球の人々のために戦ってきた偉大な戦士は、この世にはいないんだと――その事実が、深く、鋭く、秀樹の胸に突き刺さった。

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