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第四話 中編

 「ライトさん」


 龍二は安堵のあまり、運転席の上をずるずると滑り降りた。だが即座にシートベルトで止まった。


 藤沢ライトは首だけ後ろに傾け、龍二にうなずいて見せる。そして、片手でつかんでいるリーディックの巨大を、思い切り上空に放り投げた。


 一瞬後、カマキリ型リーディックがライトに持ち上げられていた場所を、冷気を固めたビームが通り過ぎる。クマ型のやつを見ると、ビーム発射後の余波のような煙を口から吐き出していた。


 ライトは全身を銀色のオーラで覆い、空中に飛翔する。そして正確にカマキリ型の額にある――黒い菱形の石に拳を叩き込んだ。


 当然、フォルティアの剛力の一撃で、リーディックの要となる石は破壊された。


 空中で変身が解除され、長髪の男性の姿に変わる。ライトはその体を受け止めると、近くの車のボンネットに横たえた。


 クマ型が、すぐに次の冷凍ビームを撃っていた。


 ライトは空中で加速し、見えなくなる。冷凍ビームは何もないところを横切り、空中にキラキラと白い軌跡を描いた。


 次の瞬間には、クマ型リーディックの額にある石が粉々になる。


 クマ型の身体が煙をあげて解けていくと同時に、ライトの姿が空中に現れた。


 「父さん、すげえ」


 秀樹は父の戦いを最後まで見ていた。


 全く無駄のない動き。それでいて、周囲の人々に被害を出さないように、敵にも無駄な動きをさせない。


 「まあライトさん、オレの師匠だからな」


 「そしてオレの師匠が龍二さんだね」


 二人が顔を合わせてニヤッとしたころ、リーディックの能力で凍結した車の列が、見る見るうちに霜を落としていくのが見えた。


 能力の主が気絶したことで、一時的に作り出された冷気が解除されたのだろう。


 コンコン。


 ふと気づくと、誰かが秀樹の座席の横のガラスをたたいている。


 すぐに彼はドアのボタンを押して、パワーウィンドウを下げた。


 「ただいま」


 「……お帰り」


 白いコートを着た父に向かって、秀樹は嬉しそうに笑った。




 ◇◇◇




 通されたのは店の奥のさらに奥。やけに綺麗な装飾が施された個室だった。


 壁にかかっている水墨画は、何か美術の教科書で見た気もする。照明の明るさも非常にちょうどいい感じで、落ち着いて食事をするのにこれ以上ないほどピッタリだ。


 「それじゃ、久々の再開を祝して」


 ライトの言葉により、各々がグラスを掲げた。


 「乾杯」


 カチン。三つのグラスがテーブルの中央でぶつかった。


 大人2人は黄金色の液体を口に運ぶが、秀樹のグラスの中身はコーラだ。


 「毎回言うけど、それ、メシに合うの?」


 「なんにでも合うんだよ。毎回言うけど」


 龍二のあきれ顔に、秀樹は澄ましてゴブゴブとコーラを流し込む。


 そんな二人の様子を、ライトは優しく微笑みながら眺めていた。


 秀樹の父、藤沢ライト。彼の見た目からして日本人ではない――まるっきり西欧人に見える。


 頭髪は金色、目はグレー、肌はどう見ても真っ白の、いわゆる白人である。


 「慌てすぎて、つっかえるなよ」


 ライトは秀樹に声をかけた。秀樹は声を出さずにうなずき、口にどんどん寿司を詰め込んでいく。


 父の予言通りに喉を詰まらせた秀樹は、龍二に背中をさすられてせき込んでいた。


 食事はどんどん進み、杯もカラになる。


 一行がデザートプレートを食べ終えたころだった。ライトが両手の指を組み、そこにあごを乗せた。


 「明日、すぐに発つ」


 「えっ」


 父の言葉に、湯飲みを口に運んでいた秀樹の身体が揺れた。


 そして熱い煎茶が飛び跳ね、その熱さに秀樹はジタバタする。


 「……大丈夫か?」


 「う、うん。大丈夫」


 父親の心配そうな目を受けて、秀樹はうつむいて答えた。


 ちらりと個室の入り口を見るライト。すぐに龍二が立ち上がって、引き戸を閉めて部屋を密閉した。


 「ありがとう。それで、龍二も知っている通りだが、秀樹」


 龍二が席に戻ったところで言葉を続けるライト。息子の目をまっすぐに見た。


 「例の組織の、ボスがいる場所が分かった。そこを叩く作戦が、明日展開される」


 「例の……リーディックの技術をばらまいているやつ等だね」


 「そう。これまで何年も、工場をいくつか叩いてはきたが、どれもトカゲの尻尾切りだった。ボスの情報には結びつかない。だが、秀樹。お前のおかげもあって、情勢が動いた」


 秀樹は椅子に座りなおした。寿司で膨らんでいた腹を無理やり引っ込め、背筋を正す。


 「公然と犯罪を行うリーディックたちを、お前が銀色のスーツを着て倒していくことで、やつらを――わずかでも挑発することに成功した。世界各地に張り巡らせた諜報員が、やつらの動きを察知することにつながったんだ」


 「ついに、ついにそこまで来たんだね」


 「ああ。報告を受けてたが、お前が街で偶然居合わせて倒した数だけでも数十体。任務として派遣されて倒した数はその倍以上にのぼる。その経済的損失を、さすがに無視することができなくなってきたんだろう。スーツを生産する我々の基地にリーディックの軍団が攻め入ってきた」


 ライトはそこで少し休憩しようと、湯飲みの煎茶を口に含んだ。喉を鳴らして飲み込み、ふうとため息をつく。


 「侵入者を全てとらえ、情報を割り出した。組織に直接雇用されているやつらは口が堅かったが、傭兵くずれのやつはすぐにボロを出した。そこからボスの居場所につながったんだよ」


 「そうなんだ。オレのやってきたことが……役に立ったんだね」


 秀樹は自分の手を見つめ、そして握った。


 伊達や酔狂で、あの銀色のスーツを着ていたわけではない。


 特殊な合金で作られたあのスーツは、ライトや龍二が所属する基地で作られた特別製。それを身に着けてリーディックを倒していくことで、世間の者たちはただの謎のヒーローにしか思わないが、ある特定の集団には強烈なメッセージに成り得る。


 そう。お前たちの悪事をつぶしにきたぞ――というメッセージに。


 「ああ。お前のおかげだ」


 手を伸ばして、対面にいる秀樹の頭をなでるライト。息子は恥ずかしそうに横を向いた。


 「お前のように、我々の特製スーツを着てリーディックを倒してきた者たちは多いが、任務外で世間の困っている人を自発的に助け続けた者は、お前以外にはいない。そこから生まれた存在感が、今回の結果につながったんだ。ありがとう、秀樹」




 ◇◇◇




 ライトと食事をした翌朝。

 

 まだ早朝の冷える空気の中、白い息を吐きながら秀樹は立っていた。

 

 学ランを着て、通学かばんを背負っている。念のためマフラーを巻いて来たが、いつもより早い時間の冷気を舐めないで、本当によかったと思う。

 

 「それじゃあな、秀樹」

 

 ライトは昨日着たのと同じ、白いコートを着ていた。頭にも白いシルクハットのような帽子をかぶっている。

 

 少し間違えたら映画のキャラクターの仮装にでも見えそうなコーディネートだが、長身でスタイルがよく、眉目秀麗な白人であるライトが着ると、とてつもなく似合っていた。

 

 「今日ですべてが終わる。お前がベッドに入るころには、組織は壊滅しているよ」

 

 「これが終わったら、一緒に暮らせるかな」

 

 「ああ。もうお互いに負担はかけない。幸せな暮らしが手に入る」

 

 ライトは一歩進むと、息子の身体を思い切り抱きしめた。

 

 高校生男子である秀樹は父親にハグされるなどもってのほかだったが、ライト胸の温かさと、花束のような爽やかな香りに包まれ、抵抗するのを忘れてしまった。

 

 すぐにライトは離れた。彼ももちろん、思春期の息子が長々と父親にくっつかれたくはないことは分かっていた。

 

 「じゃあ、オレはライトさんを空港まで送っていくから」

 

 少し離れた場所で親子の様子を見守っていた龍二が、そっと近づいて言った。

 

 家の前には、昨日のスポーツカーが停まっている。そこにライトをエスコートする龍二。

ライトの荷物を預かり、後部座席のドアを開ける。主人が中に入ると、龍二は頭をかいて秀樹の傍に戻ってきた。


 「忘れるところだった。これ、やるよ」


 龍二は秀樹に何かを手渡した。


 秀樹の手のひらに置かれたのは、スイッチが一つ、レバーも一つ付いた、何かの装置だった。


 「これ、何?」


 「転送装置のアンカー。つまり、これを作動させて投げれば、オレたちの基地から兵士がテレポートしてきてお前を助ける。これ自体にテレポート機能はないが、行先の目印ってとこだ」

 

 「え、すごい」

 

 とてつもなく進歩したテクノロジーに驚愕する秀樹。SF映画でしか見たことない話だ。

 

 そこから龍二に使い方と注意事項を教わった。見た目がシンプルだからか、内容もシンプルなものだった。

 

 「兵士がテレポートって、龍二さんは来ないの?」

 

 「もちろん、オレも最優先で呼ばれるぞ。転送装置の傍にいたら、だけどな」

 

 「なんで今これをくれるのさ。今日の作戦が終わったら、あとは大きな戦いはなくなるんでしょ」

 

 「それでも何かあった時の助けになるようにって、できたばっかの試作品だけど、少しでも早く秀樹に渡したかったんだって。ライトさんが言ってた。親心ってやつじゃないの?」

 

 間もなく龍二は運転席に乗り込み、スポーツカーは出発した。

 

 車体が見えなくなるまで秀樹は手を振った、後部座席に乗っている父も、最後まで手を振り返してくれているのが見えた。

 

 それから秀樹は学校に行った。

 

 かなり早い時間に登校したため、朝練をやっている部活が一つか二つあるだけだった。教室に着くと、誰もいない空間がやけに広く、静かだった。

 

 「あれ? 藤沢早くない?」

 

 見慣れた茶髪……に近い黒髪の女子が、教室を抜けるなり声をかけてきた。

 

 「いや、それオレのセリフだよ。オレはたまたま早起きしたんだけど、相楽、お前いつもこんな時間に来てんの?」

 

 「たまにね。早く起きて、それで読書する。そうすると人生が豊かになるって、偉い人に教わったんだ」

 

 相楽ルミナはつかつかと机の間を横切ると、秀樹の隣の座席に落ち着いた。

 

 「偉い人って誰だよ」

 

 「え、なんか外国の人。まあ、いいじゃん」

 

 さっさと話しを打ち切って、相楽はカバンから本を取り出し、読み始めた。

 

 秀樹が堂々とタイトルを凝視しても、相楽は全く反応を見せなかった。よほど意思が固いらしい。

 

 文庫本の背表紙には、【集中力が生み出す究極の自分】とあった。心理学のハウツー本か何かだろうか。

 

 (こんなキャラだっけ、こいつ)

 

 普段の軽そうな口調からは想像できないほど、読書に集中している。秀樹がじーっと横から見つめても、まるで反応しない。

 

 仕方ないので、秀樹も授業の予習をすることにした。ワークブックとノートを開き、そしてペンをクルクル回しながら問題文を読み始める。

 

 やがて数十分が経ち、生徒たちの多くが登校し始めた。

 

 それからは、いつものように時間が過ぎていった。途中昼休みを挟む以外は、秀樹は眠気と格闘しながら板書を書き写し、問題を解くのに頭をひねった。

 

 「くーっ、終わった」

 

 最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、秀樹は大きく伸びをする。

 

 生徒たちが立ちあがって各々の自由を満喫しようとしていた。部活に行く者も多いが、帰宅部であったり、毎日が練習日ではない部活の生徒もいたりするので、向かう先は人それぞれだ。

 

 ふと、誰かが教室の入り口で手招きしているのに気付いた。

 

 「ふーじーさわっ」

 

 相楽だった。

 

 おそらく牧原が待っているのだろう。そう思って、カバンを肩にかけて向かう秀樹。

 

 だが、教室の外をのぞいても、牧原の姿はなかった。

 

 「あれ? 牧原が来たんじゃないのか?」

 

 「残念でした。でも、もしかしたら期待していいのかも?」

 

 相楽はニヤニヤしながら秀樹の傍に立っている。

 

 「何? 毎回クイズとかいいから……」

 

 「ひかりがね、話があるから、体育館裏で待ってるって」

 

 秀樹はそれを聞いた途端、早歩きで教室を後にした。

 

 心臓が早鐘を打つ。あの牧原ひかりから、告白スポットとして御用達の体育館裏に呼び出されるなんて。

 

 男冥利に尽きるというのは、このことを言うのだろう。途中で慌ててトイレに飛び込むと、用を足し、鏡の前で髪形を整えた。

 

 靴を履き替え、屋外に出る。吸い込む空気が、どこか酸素が薄目な気がする。

 

 (コクられる、わけじゃないかもしれない。でも、いい加減オレの方から伝える機会かも)

 

 期待が外れた時に傷つかないようにと、少しでも自分の努力でカバーする決意をした。もしかしたら牧原が告白してくれるわけじゃないかもしれないと、一応予防線を自分の中に張っておく。

 

 体育館が見えた。だが運動場から見える部分は体育館裏ではない。

 

 あと少し。あと少しでたどり着く。

 

 鍛え抜かれた秀樹の身体は、ちょっと歩いたくらいで息が切れることはなかったが、今日は早歩きをしただけでかなり酸素を消耗した気がした。

 

 ついに体育館を超え、その裏に出た。

 

 季節もあり、雑草はあまり生えていなかった。用務員の草刈り攻撃に負け、そのあと成長できなかったのであろう雑草の名残が、そこかしこに小さな緑の絨毯を残していた。

 

 「あれ?」

 

 秀樹は目を疑った。

 

 誰もいない。ここに来るまで、牧原を見た記憶もない。

 

 相楽に伝言を頼んだのであれば、牧原が先に到着していなければおかしいのだが。

 

 ザッ。

 

 背後から足音がした。

 

 秀樹は振り向いた。そして頭をさすりながら、自然とうつむいた。

 

 「あの、牧原。話って」

 

 返事がない。ふと、違和感に気づいた。

 

 「ごめんね。ひかりじゃないよ」

 

 顔をあげた先に見えたのは、相楽ルミナの姿だった。

 

 本当に申し訳なさそうな顔をしている。何かのいたずらであったとしても、心から秀樹に謝っているのが分かる。

 

 「ひかりには、先に帰ってもらったの。藤沢は、今日は忙しいらしいって言ってね」

 

 秀樹の横を通り過ぎ、体育館の壁に背をつける。肩にかけたスポーツバッグを下ろした。

 

 相楽の頭のてっぺんからつま先に至るまで、秀樹はにらみつけていた。男心を完全に弄んだ罪は重い。

 

 「納得できる説明ができるか?」

 

 自分でも驚くくらい、低い声が出た。とてもクラスメイトに向けるものではない。

 

 でも秀樹は、自分の中で沸々と怒りが沸き上がるのを押さえられなかった。もちろん暴力に訴える気はないが、答えによっては相楽を怒鳴りつける気で満々だった。

 

 「納得するかどうかは、藤沢のとらえ方次第になるかも」

 

 「何だよ、それ。喧嘩売ってんのか?」

 

 「私から大事な話がある。でも、その内容は、藤沢が気に入る話じゃないかもしれないってこと」

 

 「それって、どういう――」

 

 秀樹は相楽に詰め寄ろうとした。

 

 だが、彼女はバッグを開けて手を突っ込むと、何か大きな衣装をばっと上に広げた。

 

 体に巻き付け、全身をすっぽりと覆う。

 

 その姿は、まるで――

 

 「ブルーム……?」

 

 黒いマントで身体を覆った姿。

 

 もちろん、ただの仮装である可能性もある。だが、次の瞬間にはその可能性は消えた。

 

 マントを被ったまま、相楽は秀樹に右手を向けた。

 

 黒いエネルギーがバチバチと溜まり、やがて一点に収束していく。

 

 空間が揺らぎ、秀樹の顔のすぐ横を黒い軌跡が通った。遥か後方で、何か大きなものが破壊される音が聞こえた。

 

 「これで信じた?」

 

 相楽は顔にかかっていたマントのフード部分を下ろすと、右手の平を上に向ける。

 

 青い光が灯り、何かのビジョンが彼女の手の上に浮かび上がった。

 

 それは秀樹も見慣れたもの。メルバ、そしてルクスと同じ種族の姿。

 

 竜のような顔をした、銀色の異星人の姿。それが小さな立体映像となって相楽の手の上に現れていた。

 

 『5年ぶりだな。藤沢秀樹』

 

 ビジョンは語りかけてきた。秀樹は開いた口が塞がらない。

 

 『お前の母との約束を破って、ここに来たのには理由がある。まずは話を聞いてくれ』

 

 「まさか。相楽、お前が……」

 

 震える手で指をクラスメイトに向ける。


 秀樹の態度とは真逆に、相楽は至極落ち着いていた。

 

 「そ。私がブルームの正体。」


 


 ◇◇◇




 タンクトップの男がルミナの甚平の紐をつかんだ。


 もう耐えられない。そう思ってルミナが目を閉じようとしたとき。


 目の端に、流れ星が映った。


 それに注意が引かれた。滅多に見られるものではないだろう。せめて、今から訪れる地獄の苦しみを、和らげてくれるものだと信じて。


 夏の空に舞う、一筋の光。ルミナは流れ星から目を逸らさなかった。


 そして、その光は――どんどん大きくなっていった。


 「なんだ?」


 上空から光るものが近づいてきて、そろそろタンクトップの男も気づいた。ルミナの視線を追うように、地面から身体を上げて上を見上げる。


 見張り役の方の男は、まだ何もわかっていないようだった。なぜ相方が手を止めているのか不思議そうに見ている。まったく見張りの役に立っていない。


 ――来る。


 ルミナの見ている光の塊は、銀色の人影に見えた。


 そして、その形が認識できたと思った瞬間には、林のど真ん中に墜落した。


 隕石だ。そうルミナは思った。


 その思考より早かったのかそうでなかったのか。衝撃波と熱が周囲に飛び散り、木々をなぎ倒した。

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