農民のスキル
旱が続いた畑には、作物どころか虫一匹絶えてしまった。干からびた雑草さえ残らず、風の前の塵に同じく、ありとあらゆる生命を根こそぎ吹き飛ばしていた。
「あの太陽さえなければなあ」
農夫はつぎはぎだらけの手拭いで庇をつくり天を仰いだ。そしていつものように背中を丸めて家路についた。
土でできた倉もあまりの暑さに亀裂が芽生え、中に置いておいた食料も尽きた。
「どうしてワシはこんな土地に育ったのだろう」
ため息をつきながら農夫は仰向けに寝転んだ。先祖代々受け継がれた土地を離れる術を知らず、当然のように畑を耕し、収穫した作物で生計をたててきた。
元々男の集落は活気に満ちていた。大きな湖があり、魚の群れを追いかける少年のはしゃぎ声はもはや聞かれない。
「一体何がいけなかったのかなあ」
男が成年になるころに、湖は変調をきたしていた。水辺の草木は枯れ、鳥が渡ってこなくなった。それから魚が水面に浮かんで、鼻をつんざく腐臭を放ち始めた。
「毒でも入ったのではあるまいか」
村長が湖に手を浸し、両手で掬った水を飲んだ。村中の仲間たちが息を飲んでその姿を見守った。もちろん男も刮目していた。
「しょっぱい」
十年経っても胃を壊さず村長は元気に暮らしていた。ただ湖は日毎に塩辛くなっていった。岸に堆積した赤茶色の礫は、みるみる広がっていき、水を追い出した。
男は太陽が憎くなった。きっと日差しがどうしてか強く降り注ぐから、湖が蒸発しているのだと、信じて疑わなかった。
なぜなら男には特別な力があった。大気に潜む物体が振動し、熱を放出しているのが分かるのだ。
突然遠くから猛スピードで近づいてくる音がして、男の前で一台の車が停止した。
「おいそこの農夫、今すぐコットンを作るのを止めなさい」
車から降りた軍人が言った。
「でも、これを作らなければ生きていけません」
「それは困る。世界が苦しんでいる。応じなければ牢屋に放り込むぞ」
軍人は腕捲りして農夫に近づいた。
「ではなぜあなたはその乗り物を使うのです?」
農夫は軍人の車を指差した。
「これがないと生活ができないからだ」
農夫には分かっていた。飼っていた牛の吐き出す成分も、空気を温める力があると。
しかし軍人の車からは、比べ物にならない量のガスが排出され、熱気の振動はあちらこちらに拡散していった。
手錠をかけられた農夫は、枯れた湖、木綿畑、そして軍人の車を交互に見比べた。そして一言呟いた
「一体何がいけないの?」