48.決意③
「ふう……大丈夫ですか?」
魔族の討伐を終えて、マーリンは馬車へと目を向けた。
横倒しになった馬車の前には先ほどの女性が座り込んでおり、涙を溜めた目でマーリンを見つめている。
「あ……ああっ……」
「……すいません、怖がらせてしまいましたね」
女性の目にはありありと怯えの色が宿っていた。腕に抱いた赤ん坊をギュッと抱きしめて、小刻みに肩を震わせている。
(無理もないですね、この状況ですから)
女性の顔には頭を吹き飛ばされた小鬼の血がべったりと付いている。
魔族に襲われたと思ったら、空から仮面をかぶった妖しい女が現れ、その女が瞬く間に魔族を殺し尽くした。そんな状況で冷静でいられるほど、一人の女性の精神は強靭ではないだろう。
マーリンはそれ以上女性に声をかけることはなく、馬車の周りを確認した。
街道上にはマーリンによって倒された小鬼の死骸のほか、彼らに殺されたと思われる人間の遺体も転がっている。おそらくは馬車を操っていた御者と護衛だろう。馬は逃げ出しており、無事なのは女性と赤ん坊だけのようだ。
「ぐっ……」
「え?」
そうかと思えば、折り重なった遺体の下からうめき声が上がった。どうやらまだ生き残りがいるようである。
「あなたっ……!」
その声を聴いて動き出したのは赤ん坊を抱いた女性だった。腕に我が子を抱いたまま、慌てて死体の山へと駆けていく。
護衛らしき男達の遺体を横に退かせると、その下から若い男の姿が現れた。
『商人か。どうやら彼がこの馬車の持ち主のようだな』
「そうですね」
気を聞かせて姿を消しているフュルフールの言葉に、マーリンも頷いた。
推測するに、おそらくこの夫婦は子供を連れて行商を行っていたのだろう。そして、護衛に数人の傭兵雇って次の町に向かっていたところを魔族からの襲撃を受けたのだ。
(まあ、よくある話ですね……)
残酷なことではあるが、こんな事件はこの大陸にはありふれたものである。
魔族に限らず、街道や山道には旅人や商人を襲う野盗が大勢いる。運悪く襲われてしまった者の末路もまた、珍しいものではなかった。
『無残ではあるが、これも人の業故の事だ。お前が気に病むことではないぞ』
(別に気にしてはいませんよ。ですが……)
「あなたっ……! しっかりして! あなたっ!」
商人らしき男に縋りついて、女は涙ながらに訴えている。
男の胸には深々と切り裂かれた傷がある。致命傷ではないようだが、出血は激しく、男の命脈が尽きるのは時間の問題だろう。
「放ってはおけませんね」
マーリンは泣き崩れる女の隣に座り、手をかざして治癒の魔法を発動させた。
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