46.決意①
「私はこれから、どうすればいいんでしょうか……」
ライナ・ライトと別れたマーリンは、そのまま聖地ユートピアを後にして拠点としている町への帰路についた。
飛行の魔術を使ってふわふわと宙に浮かび、考え事をしながら風を切って空を飛んで行く。
「好きなようにすればいいではないか。マリアンヌがしたいように」
「そんな簡単に決めていいことではないでしょう、フュル」
マーリンの隣を飛んでいるフュルフールの言葉に、マーリンは不満そうに唇を尖らせた。鷹揚すぎる発言はマーリンを気遣ってのものであったが何の回答にもなってはおらず、無責任と言っていいほど軽いものである。
「私はタダの魔女。自分の感情のままに暴れているだけの復讐者です。私のような者が世界の命運を背負って戦うなど、許されることではありません!」
「そういうものなのか? 私にはよくわからんが……」
志があろうと、なかろうと。
資格があろうと、なかろうと。
救いの手を差し伸べてくれた人間が誰であろうと、救われた側からすれば関係ないのではないだろうか?
人間の事情をまったく気にしないフュルフールはそう思ったのだが、マーリンにとっては譲れないラインであるらしい。眼光を強めて、憮然とした様子で言葉を重ねる。
「そうです! 勇者というのは、世界のために、人々のために、私心を捨てて戦うことができる英雄にこそ送られる称号のはずです! 私のような復讐に魂をささげた自分勝手な人間が名乗っていい名前ではないのです!」
「ふむ……まあ、マリアンヌがそう言うのであれば良い。あの司祭の申し出など断わってしまえばいい」
「それは……」
マーリンは口ごもり、唇を噛みしめながら肩を震わせる。
断るべきだ。断らなければならない。
そう思う。そう思っているのに、それが正しいことであるという確信が心に湧き立たない。
(私はどうしてしまったのでしょう……どうしてこんな迷いが……)
ライナから勇者パーティの話を聞いて、マーリンの頭に真っ先に浮かんだ感情は『高揚』である。
英雄譚が生まれる瞬間に立ち会うことができたような、歴史の転換点に立った事への興奮である。
国も、家族も、全てを捨てた私が大勢の人間の運命を左右する立場に立っている。それがくすぐったくもあり、興奮したりもした。
「それは人として当たり前の感情だろう。別に不自然なことではない」
フュルフールは言った。
「超常存在である我々には理解しがたいことだが、人間には『承認欲求』というものがあるらしい。自分を認めて欲しい。自分を受け入れて欲しい。誉めて欲しい。讃えて欲しい。そんな思いから力を求めて悪魔を召還する者だって多いそうだからな」
「でも、私は……」
「魔女だな。だが、人間だ」
フュルフールはきっぱりと断言して、恋人でもあり契約者でもある少女に優しげな目を向ける。
「動機が復讐であったとしても、マリアンヌはこれまで多くの魔族を倒して人々を救ってきたのだ。その働きを、努力を認められたことが嬉しかったのではないのか?」
「…………」
マーリンは口を閉ざす。何事かを話そうとして唇を震わせるが、結局、言葉にはならなかった。
「迷っているのであれば、勇者とやらになってみればいい。途中で嫌になったらやめればいい。どうせ自分勝手な魔女なのだろう? 好き勝手にやればいいではないか」
「フュル……」
甘い誘惑のような悪魔の言葉に、マーリンは困ったように眉尻を下げた。
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