37.ギルド①
大陸北方のとある地方都市に、『傭兵ギルド』という看板を下げた建物があった。
建物の奥には大きなカウンターが設置されていて、その周りには丸テーブルがいくつか置かれている。
テーブルにはいかつい顔をした男達が酒をあおっており、アルコールに顔を赤くさせながらガヤガヤと騒いでいる。
そんな町の荒くれ者の集会場といった場所に、場違いな女性の姿が現れた。
扉をくぐって建物の中へと足を踏み入れたのは、十代後半から二十代前半ほどの妙齢の女性である。正確な年齢がわからないのは、女性が顔の上半分を銀仮面で覆っており、整った鼻筋から下の部分しか見て取れないからである。
女性は簡素なドレスの上に薄手のコートを羽織っている。雪が降ることも多い大陸北方の町ではかなり寒そうに見える服装だったが、特にそんな様子も見せずに床を靴で叩いて歩いていく。
「マーリンさん! 戻ったんですね!」
異様な風体の女性の姿を目にして、カウンターの中から華やいだ声が上がった。
銀仮面の女性。マーリンに声をかけてきたのは、ギルドの受付嬢をしている少女であった。
マーリンよりも2、3歳年下の少女は、満面の笑みを浮かべてカウンターごしに手招きをしている。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい、仕事の首尾はどうですか?」
「ええ、特に問題もなく北方の要塞を襲っていた魔族を殲滅できました」
マーリンの報告を聞いて、ギルドの中から歓声が上がった。
「がははっ! さすがは雷霆の魔女だなあ!」
「まだ依頼から数日だぜ? 魔族もついてねえな!」
「要塞には俺の弟もいるんだ! あとで一杯、奢らせてくれよ!」
テーブルから口々に賞賛の声が上がる。マーリンは困ったように手を振って荒くれ者の傭兵達に応えて、カウンターへと向き直る。
「報酬ですけど、半分は私の口座に入れておいてください。もう半分は……」
「あ、わかっていますよ。ロクサルト王国の孤児院に送っておけばいいんですよね?」
「そうしてください」
事情を知っている受付嬢に頷いて、マーリンは口元に笑みを浮かべた。
ロクサルト王国の結婚式での一件の後、マーリンは北方にある魔族との紛争地帯へとやってきていた。
目的はもちろん、彼女の人生を狂わせた魔族に復讐することである。
いかにマーリンが悪魔と契約をした魔女といえども、木石ではない。当然ながら食事も寝泊まりする場所も必要である。
マーリンは傭兵ギルドに登録して、そこから仕事を受けて魔族と戦っていた。
幸いなことに……と言ってしまえば住んでいる人々は気を悪くするかもしれないが、大陸北方には魔族との戦いがあふれている。
マーリンのサイフと、復讐心を満たせる仕事は山のようにあった。
「マーリンさんも変わっていますねー。あの国に寄付するなんて」
受付嬢がのんびりとした口調で言う。
現在、ロクサルト王国の国際的な信用は地に落ちている。わざわざ信用のならない国に寄付するなど、はたから見れば狂気の沙汰に見えるだろう。
「あんな国でも生まれ故郷ですから。住んでいる子供達に罪はありませんよ」
「あ、あの国の出身だったんですか。すいません、失礼なことを……」
「いいんですよ、ロクでもない国なのは間違いありませんから」
マーリンの答えに受付嬢が気まずそうに目を伏せた。
傭兵ギルドには様々な事情を持った人間が集まってくる。見るからに育ちのよさそうな雰囲気をまとい、顔を仮面で隠したマーリンに複雑な事情があるのは明白であった。
「そういえば、また王族の方から招待状が着ていましたよ! ぜひとも祝勝会に参加していただきたい、って!」
「ええっ! 嫌ですよ!」
空気を変えるように放たれた受付嬢の言葉に、マーリンは唇をへの字に曲げて首を振った。
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