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29.ライナ・ライト

 一方で、ロクサルト王国で起こった悲劇は無関係な他国の人間に対しても悪影響をもたらしていた。

 その最たる被害者は、聖地ユートピアの大司祭ライナ・ライトである。


「いやだ………もう働きたくない………おうちかえる………」


「はいはい、仕事が終わったら帰っていいですよ」


「それさっきも聞いたあ………全然、終わらないじゃないのよお………」


 聖地にある大聖堂、その執務室にて、ライナは机に突っ伏してえぐえぐと涙を流していた。ライナの背後には半透明の天使が浮かんでいて、泣きじゃくる契約者の少女を困ったようにあやしている。


 泣き崩れて弱音を吐くライナからは、ロクサルト王国で魔族と戦った凛とした面影はまるでない。年相応に幼く、弱気な子供の姿であった。

 ライナ・ライトという少女は人前では冷静な司祭の面をかぶっているが、その反動で一人になった途端にダラけた側面が全力で出てきてしまう。

 それはごく一部の親しい者だけが知っていることで、彼女を慕う神官や信者がこの姿を見たら、ショックのあまり失神してしまうかもしれない悪夢の光景であった。


「もう嫌っ………なんで私がこんなことしなくちゃいけないのよ!」


 書き損じの書類を丸めて壁に叩きつけて、ライナは癇癪を起こしたように叫ぶ。


「仕方がないだろう。今の聖地で動ける司祭は貴女しかいないのだから」


 呆れたように言って、ライナの契約天使が床に転がる書類を拾う。

 天使は丸まった書類を丁寧に広げて、機密が外部に漏れないように細かく裂いてクズカゴに捨てる。


「それにしても、人間諸国に魔族がこんなに潜り込んでいたとは驚きですね」


 机の上に広がる書類を眺めて、天使が呆れたように言った。

 ロクサルト王国での一件以来、聖地ユートピアの上層部は他の国々にも魔族のスパイが潜り込んでいる可能性を疑った。


 そして、司祭の中でも若くてフットワークの軽いライナが各地へと派遣され、国の上層部に魔族が潜り込んでいないか調査をすることになったのだ。


 その結果………出るわ出るわ。

 王族、貴族、官僚、役人、豪商、騎士、あげくの果てには王位継承権を持つ王子まで。

 様々な層に魔族と契約して身体を乗っ取られた人間が入り込んでいて、国を内部崩壊させるように暗躍していたのだ。


 それらの魔族の捕縛と討伐の指揮を執ったのはもちろんライナであり、事後処理として報告書を書くだけでも大仕事であった。


「ううっ………こんなことなら、前線にでも派遣されたほうがマシよ………」


「めったなことを言うものではない。前線はかなりの混乱と聞いているぞ?」


 魔族が人間諸国へと宣戦布告をしてから数ヵ月。

 すでに北方の小国がいくつか滅ぼされており、人類はジワジワと追い詰められている。

 辛うじて宣戦を膠着に持ち込むことが出来ているのは、『聖杯』と同じ三種の神器の一つである『聖槍』を持った聖騎士が最前線で奮闘しているからだろう。


「おじいちゃんも頑張るわね………でも、いつまでもつかしら?」


 ライナの奮闘によって各国にもぐりこんだ魔族のスパイは一掃されているが、要職が空いたことによる混乱は依然として起こっている。

 各国には前線に援軍を送る余裕はなく、魔族を押し返すなど夢のまた夢である。


「もう一手、盤上をひっくり返すような切り札があればこんな生活ともおさらばできるのに………」


「せめて『聖剣』の使い手が見つかればよいのですけどね」


「聖剣………」


 天使の言葉に、ライナは小さくつぶやいた。

 聖地に伝わる三種の神器の最後の一つ、『聖剣』はいまだに使うことができる人間が見つからず、お飾りの状態となっている。

 せめてその使用者が見つかれば、この膠着状態を覆すことが出来るのだが。


「さて、おしゃべりして休憩できましたね? それじゃあ、お仕事の続きですよー」


「いやあああああああああああああッ!」


 天使の無情な言葉に、ライナは両手で顔を挟んで絶叫を上げるのであった。


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