27.落陽
結婚式での事件以来、ロクサルト王国は未曽有の混乱期を迎えることになった。
国王は緘口令を出してこの事件が明るみに出ないように取り計らったが、結婚式には他国の要人も多く参加していた。
情報隠蔽には限界があり、数日後には王国中に今回のスキャンダルが広がっていた。
魔族を聖女として崇めて、真の聖女を追放した。魔族を王太子妃にしようとした。
それはロクサルト王国の国際的な信用を失わせるには十分なものであり、周辺諸国からは白い目で見られるようになった。
「すぐに修道院に迎えを出せ! マリアンヌを連れ戻すのだ!」
事件が起こってすぐに、国王は配下の騎士にそう命じた。
あの婚約破棄により、マリアンヌ・カーティスは辺境の修道院へと送られたはずである。
彼女を再び聖女として迎え入れなければ、王国と神殿が失った信用を取り戻すことはできないだろう。
「………………」
その命令を横で聞いていたレイフェルトが顔を蒼褪めさせていたのだが、その意味に気づくことなく、辺境へと真の聖女を迎えるための騎士が派遣された。
2週間後、辺境から帰ってきた騎士から報告を受けて、国王は目を丸くした。
「………マリアンヌがいない、だと?」
「はい………そんな娘は最初から来ていない。修道院の経営者もシスター達も、口をそろえて証言していました。町の者達にも聞き込みをしましたが、マリアンヌ・カーティスらしき人物は最初から訪れていないようです」
「馬鹿なっ………! マリアンヌを送っていった者達を呼べ! 一人残らずに余の前に連れて来い!」
王は顔を真っ赤にして下知を下すが、王の前に現れたのはたった一人であった。
「ガイウス・クライア………これはどういうことだ?」
「………………」
ガイウスは神妙な顔つきで跪いている。
その表情には諦めの色が濃く浮かんでおり、やがて重々しく口を開いて事情を語りだした。
ガイウスの説明を聞いて、国王は脱力して玉座にへたり込んだ。
「あ、暗殺だと………レイフェルトめ、なんという愚かな………」
国王はマリアンヌの追放を認めたものの、命まで奪おうとは思っていなかった。
自分の息子が婚約者であった女性を暗殺しようとした事実を知って、愕然と頭を抱える。
「………全ての非は殿下を止められなかった自分にあります。いかなる処分も受け入れます」
「此度の一件、もはや貴様の首一つで償えることではあるまい………。他の騎士達はどうした?」
「………全員、2週間前に退職して行方をくらませております」
「逃げたか………愚か者どもめが」
国王は侍従に命じて、逃げ出した騎士達を指名手配した。
魔族の出現により国境には厳戒態勢が敷かれている。おそらく、捕まえることが出来るだろう。
「ガイウス・クライア………貴様には処分が決まるまで牢に入ってもらう。レイフェルトも部屋から出すな」
「………御意」
王が疲れ切った様子で指示を出す。
ガイウス・クライアは抵抗することなく牢に入り、レイフェルトもまた離宮に軟禁されることになった。
ロクサルト王国の崩壊は静かに、しかし確実に進んで行ったのであった。
「マリアンヌ………メアリー………」
レイフェルト・ロクサルトは窓から空を見つめ、呆然と溜息をついた。
レイフェルトが王宮の一室に軟禁されてからすでに1週間になる。
その間、レイフェルトは一日中椅子に座り込んでおり、ほとんど身動きをとっていなかった。
王太子である彼の心の中を占めているのは、激しい後悔の念である。
「わたしは………なぜ、あんなにもマリアンヌを憎んだのだ………?」
レイフェルトは幼い頃から、自分よりも優秀な婚約者に嫉妬し続けていた。
しかし、ならばマリアンヌへの愛情が全くなかったかと聞かれれば、実のところそうではなかった。
最終的に暗殺などという愚かな手段をとったものの、レイフェルトは間違いなくマリアンヌのことを愛していた。
部屋に閉じ込められて一人になり、ゆっくり考える時間を持ったことで改めてその事実を痛感していた。
(そうだ………私は許せなかったんだ。マリアンヌが私以外の男と関係を持ったと思い込んで、それをどうしても受け入れられなかったのだ………)
マリアンヌが聖女の力を失ってからというもの、レイフェルトは彼女の力を取り戻す方法を探していた。
その過程で汚れた聖女『ラクシャータ・イワン』のことを知り、マリアンヌがラクシャータと同じように姦通を行ったことが原因で力を失ったと思い込んでしまったのだ。
マリアンヌが自分以外の男と肌を重ねているかもしれない………その疑惑と嫉妬から正常な判断ができなくなり、あんな愚行に走ってしまった。
「あげくに………選んだ女が魔族で、おまけにマリアンヌの力を奪った張本人で………どれほど道化なのだ、私は………」
レイフェルトは椅子に座ったまま身体を丸めて、両手で頭を抱え込んだ。
瞳から涙がこぼれ、床に落ちて水滴の痕を残す。
「マリアンヌ………許してくれ………どうか、どうか私を許してくれ………」
懺悔の言葉を聞く者は誰もいない。
裏切られた少女には、その言葉は決して届かない。
それをわかっていながら、レイフェルトはひたすらに謝罪の言葉を続けていた。
それから数日後。
レイフェルトは軟禁された部屋の床に倒れているところを発見された。
彼が最後に口にしたのは部屋に差し入れられた葡萄酒で、中からは致死量の毒物が検出された。
王太子であった彼を誰が暗殺しようとしたのか、近衛騎士団を中心に捜査が行われたものの、その真相はわからずじまいであった。
レイフェルトに失態を償わせようとした王の仕業か、あるいはこの国を狙う魔族の仕業か。
あるいは………レイフェルトが己の意志により毒杯をあおったのかもしれない。
幸か不幸かレイフェルトは一命をとりとめたものの、毒の影響により神経を病み、生涯ベッドから起きることが出来ない身体になってしまった。
まともな言葉を話すことさえできなくなってしまった男の口は、かつて愛した女性の名前をひたすらにつぶやき続けるのであった。
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