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24.メアリー②

「ここにレイフェルトとマリアンヌ・カーティスの婚約破棄を認める。そして、新たにメアリー・カーティスとの婚約を宣言する!」


 国王の宣言によりメアリーは聖女となり、レイフェルトの婚約者となった。

 泣き崩れ、床に座り込んだマリアンヌの姿を見て、メアリーの口元に残酷な笑みが浮かんだ。

 メアリーはレイフェルトの胸に抱きついて顔を隠して、小刻みに肩を震わせる。


「メアリー………君は本当に優しい娘だな」


 レイフェルトがメアリーの頭を撫でてくる。どうやら、メアリーが姉を想って泣いていると思ったようだ。

 実際のところは、憐れな姉を見下して必死に笑いを堪えていただけだったのだが。


(勝った………! 私の勝ちだ! 私はお姉さまに勝ったんだ!)


 可笑しすぎて涙が出てくる。

 レイフェルトの胸元が涙で濡れてしまうのも構わず、メアリーは歓喜の涙を流し続けた。


 マリアンヌが追放されて、メアリーの聖女としての生活が始まった。

 神官も、貴族も、こぞってメアリーのことを持ち上げて、称賛の言葉をかけてくる。

 自分が世界の中心になったような感覚がメアリーを包み込む。


「私が聖女! 私が聖女! ああ、なんて素敵なのかしら!」


 それはまるで黄金に染まったような時間であった。

 いつの間にか、マリアンヌから奪った『雷』の属性が消えていたのだが、それすらもメアリーにはどうでもいいことだった。『癒し』の属性さえ持っていれば、聖女として認めてもらえるのだから。


「みんなが私のことを愛してくれる………! ああ、なんて素晴らしい人生なのかしら!」


 蝶よ花よと、国中の人々にもてはやされて、メアリーは幸せの絶頂にいた。

 そんなメアリーの胸の奥では、メアリーのものではない声がささやき続けている。


『ふふっ………楽しそうねえ。私の可愛い器。いいわ、もっと欲望を! もっと甘美な破滅を見せて頂戴!』


 だんだんと胸の中に響く声が大きくなっていたのだが、メアリーにはもはや気にもしていなかった。

 いつしか、自分が魔族と取引したという忌むべき記憶を葬り去っていたのだった。


「メアリー、愛している。私の聖女………」


「レイフェルト様………ああ、私も愛しています………!」


『ふふっ………これでメアリーは次期王妃になれるわね。これでこの国は魔王様のもの………』


 不吉な声を聞き流して、メアリーは黄金に彩られた舞台の上で踊り続けた。


 破滅の時が少しずつ迫っていることに、気がつかないまま。






 そして、半年後。

 メアリーとレイフェルトの結婚式の日がやって来た。


 新郎新婦は並んで豪奢な馬車に乗り込み、多くの騎士を引き連れて王都の大通りを闊歩する。

 美しい礼服とドレスを着た二人を見て、大通りにあふれかえる人々から歓声が湧き上がった。


「ああ、なんて美しい方なのかしら!」


「聖女メアリー、万歳!」


「聖女様―! こっち向いて―!」


 パレードでは、下賤の民衆が口々に称賛の言葉を向けてくる。

 自分を褒めたたえる言葉に満足げな笑みを浮かべながら、メアリーは馬車から人々に手を振り返した。


「メアリー、ようやく私達は一緒になれるんだな」


「レイフェルト様………嬉しいです」


 隣のレイフェルトが手を握ってくる。

 潤んだ瞳で夫となる男性に微笑みを返して、メアリーは心の奥底に言葉を向けた。


(あら、今日はずいぶんと静かにしているのね)


『………………』


 いつもであれば揶揄の言葉の一つもかけてくるはずの胸の声が、今日はやけに神妙な態度をとっている。

 メアリーの晴れ舞台だから気を使ってくれているのかと首を傾げると、ようやく胸の奥から声が返ってきた。


『あの女………危険ね』


(へ………? 誰の事?)


『あの大司祭とかいう女よ! このタイミングで聖地から来るなんて………ひょっとして私達の計画が………』


 魔族はぶつぶつと考え

込んで、独り言をつぶやいている。

 いったい何をそんなに気にしているのかと、メアリーはいぶかし気に眉をひそめる。


 聖地のことはよく知らないが、そんなに偉い人がわざわざ自分の結婚式に来てくれるなど、誇らしさ以外に思うところはなかった。


『まあ、いいわ………しばらく私は気配を潜めているから、あなたもうまくやりなさいよね!』


(む………! 私は聖女なんですよ! 口の利き方には気をつけてください!)


『あなたのほうこそ、誰のおかげで聖女になれたと思っているのかしら? 自分の力だけじゃあ、姉に何一つ勝てなかった負け犬の分際で』


(なっ………!)


「どうかしたかい、メアリー」


「っ! 何でもありませんわ、レイフェルト様」


 思わず激高しかけたメアリーであったが、隣のレイフェルトの視線に気がついて笑顔を作る。

 その隙に魔族はメアリーの奥底へと引っ込んでしまった。


(もうっ! 覚えてなさいよね! 私が王妃になったら、国中の魔法使いを集めてアンタを消す方法を見つけてやるんだから!)


 用済みになった魔族を始末する算段をしながら、メアリーは再び馬車の窓から顔を出して、何も知らない民衆へと手を振った。






 ライナ・ライトという大司祭の進行により結婚式は進められていき、やがて終盤へと近づいた。

 新郎新婦の誓いの言葉が終わり、残すところは誓いの接吻である。


(うふふ………レイフェルト様とキス!)


 式で一番の盛り上がりを見せるであろう部分を前にして、メアリーは思わず頬を緩ませた。

 レイフェルトとは何度も口づけを交わしているし、それ以上の行為にもすでに及んでいる。いまさらキスごときで浮かれることはない。

 それでも特別な場所で特別な接吻を交わすというのは、やはり女として高揚してしまうものがあった。

 しかし、ここでメアリーの予想外の事態が生じた。


「誓いは神の身許に捧げられた。その証として、神より聖杯で清められし水を賜らん!」


(えっ………?)


 聖杯………そんなものが結婚式のプログラムにあっただろうか?


『せ、聖杯!? 聞いてないわよ!』


 なぜか胸の奥で、魔族が泡を食ったように叫ぶ。


「どうかしたか、メアリー?」


「い、いえ。聖杯なんて、結婚式に予定されていましたか?」


『逃げなさい! 聖杯に触れてはダメ! 何とか誤魔化しなさい!』


 胸の中で響く叫び声に戸惑いながら、メアリーは誤魔化すための言葉を口にする。

 戸惑うメアリーをよそに神官が儀式の準備を進めていき、やがて壇上に水を張った杯が運ばれてきた。


(なに………これ………?)


 それを目にした途端、メアリーは激しい悪寒を感じた。


 これは、ダメだ。

 これに触れてはならない。

 これは自分とは相いれない、毒にしかならない何かだ。


「レイフェルト様。私、聖杯の儀式はやりたくありません!」


「馬鹿なっ! どうして………!」


 必死に抵抗するメアリーであったが、その手をレイフェルトに捕まれた途端、激しい激痛に襲われた。


「ぎゃあああああああああああアアア!!」


『くっ………こうなったら!』


 胸の奥で魔族が叫び、メアリーの意識が遠のいた。

 身体と心が切り離されたかのように手足が動かなくなってしまう。


(え………なに、身体が動かな………)


『予定よりもだいぶ早いけど、あなたの身体をもらうわよ!』


(えっ、ええっ………やめっ………!)


「おのれえっ! 人間めっ! よくもおっ………!」


(いやあああああああッ!! わたしの、私の身体がああああアアアっ!)


 メアリーの身体が見るも無残な姿に変わっていく。


 ヤギの角、蝙蝠の羽、青黒い肌。

 誰よりも美しいはずの自分の身体が、悪魔のように醜く変わり果てていく。


(助けてっ! レイフェルト様あああああっ!)


「め、メアリー! どうして君が………!」


(違うのっ! こんなの私じゃないっ! 私じゃないのおおおおおおっ!)


 メアリーは悲鳴を上げて助けを求めるが、その声はレイフェルトには届かない。


「大司祭ライナ・ライト………! アンタさえ来なければ、この国を乗っ取ることが出来たのに………! よくも邪魔をっ!」


 メアリーの身体を乗っ取った魔族が、ライナ達に襲いかかる。


(いやあああああああああああああっ!!)


 メアリーはようやく、自分が手を出してはいけない取り引きをしてしまったことを悟った。

 しかし、すでに時は遅く、彼女に救いの手を差し伸べる者は誰もいなかった。


 メアリーはライナ・ライトによって追い詰められ、悪魔の翼をはためかせて聖堂から逃げ出すのであった。


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