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23.メアリー①

『もおおおおおおおっ! ふざけないでよ! 私の結婚式を台無しにして! レイフェルト様と結婚できなかったじゃない!』


「うるさいわね! 私だって作戦が失敗して、魔王様に叱られちゃうのよ!? アンタの恋路なんて知るもんですか!」


『ばっかじゃないの! あんな女に嵌められるなんて………! これじゃあ、姉さんを追い出した意味がないじゃない!』


「うるさいうるさいうるさい! ただの器のクセに私に意見しようなんて生意気なのよ!」


 空を飛んで逃げていくメアリーは、突然、一人芝居のようなケンカを始めた。

 ギャアギャアと一人で喚きながら、空をフラフラと左右に揺れながら飛んでいく。

 いや、それは一人芝居ではない。その身体に宿っている二人の人格が言い争っているのであった。


 メアリーはカーティス侯爵家に生まれた令嬢であり、その年まで何不自由のない生活を送ってきた。

 両親からは蝶よ花よと愛情を注がれ、容姿に優れ、勉学の成績も決して悪くはなかった。


 そんなメアリーであったが、彼女を苦しめる悩みの種があった。

 それは、実の姉であるマリアンヌ・カーティスへの劣等感である。


 たしかにメアリーは可愛らしい容姿をしていたが、マリアンヌの完成された美貌はそのさらに上を行っている。

 勉学や礼儀作法、ダンスなどの貴族令嬢として備えるべき教養でもメアリーの頭を抜いており、勝てる部分を一つとして見つけられなかった。


 おまけに、『癒し』と『雷』の二つの属性を生まれ持って聖女に選ばれ、メアリーが片思いをしていたレイフェルトの婚約者にまでなって見せたのだ。

 メアリーの抱いた劣等感は、もはや嫉妬を通り越して憎しみにまで至っていた。


『メアリー、私達は君を愛している。姉さんと自分を比べるのをやめなさい』


『そうよ、メアリー。あなたもマリアンヌも、どちらも大切な娘なのだから』


 両親は姉妹を分け隔てなく愛してくれていたが、それでも姉を特別扱いしているのは明白だった。

 それは次期王妃として当然のことなのだが、メアリーからすればはらわたが煮えるような感情しか湧いてこない。


「どうすれば姉さんよりも上に立つことができるの………? 私だって、聖女になればレイフェルト様と結婚できたのに………!」


 そんな妄想にも近い情念を持てあます日々が続く中。

 1年前、メアリーの前に一人の男が現れた。


『君の願いをかなえてあげよう。私が君を聖女にしてあげよう』


 黒いマントをなびかせた若い男。背中に蝙蝠の羽、頭にヤギの角を生やしている。

 その男は、メアリーに自分が『魔王』であると名乗った。






「ま、魔王………」


 恐れおののくメアリーに、男は優しく微笑みかけた。


『心配はいらない。私は君の味方だ』


「………………!」


 世にも恐ろしい姿をした魔王であったが、その声は驚くほどに慈愛に満ちていた。

 まるで心に染み入るような声音を耳にして、メアリーの身体がブルリと震えた。


『辛かっただろう? お姉さんばかりが注目されて、特別扱いされて。まるで自分が姉のおまけのように感じていたのだろう?』


「っ………!」


 メアリーの心臓がドキリと高鳴った。

 魔王の口から放たれたのは、メアリーが誰にも話すことなく秘めていた本心であった。


『恐れることはない、私は君の味方だ。君の欲しいものをすべて与えてあげよう』


「………ほんとうに?」


『本当だとも』


 引き込まれるような優しげな笑顔に、メアリーはついつい男の話を聞いてしまった。

 心を許した様子のメアリーに、男は飴玉のような物を差し出してきた。


「これは………?」


『この飴玉には魔族の力が宿っている。これを飲み込んで身体に取り込めば、君はお姉さんから聖女の力を奪い取ることが出来るだろう』


「でも、そんなことが………許されるのかな?」


 魔族と関わったことも、王太子の婚約者である姉を嵌めようとしていることも。

 どちらも露見してしまえば処刑されかねないような大罪である。


『君は姉にすべてを奪われてきたんだろう。その姉から、君が奪われたすべてを取り戻したくはないかい?』


「………………とりもどしたい」


 男の魅力的な提案に、メアリーは子供のように頷いた。

 そして………ついつい飴玉を受け取って、誘惑に負けて口にしてしまった。

 その瞬間、メアリーの身体に焼けるような熱が走った。


「ああっ………!」


『はじめまして、私の可愛い器ちゃん。これからよろしくね』


 その時のメアリーは知るすべもなかったが、その飴玉はある女魔族の魂を魔法で結晶化したものだった。


 その時からメアリーの身体に、メアリーと女魔族の二つの魂が共存するようになったのであった。






 それから先は、驚くほど順風満帆だった。

 身体に共存している魔族から教わった呪いによってマリアンヌの魔法を奪い取り、メアリーは『癒し』と『雷』の力を得ることに成功した。


 魔法の力を失ってからというもの、マリアンヌは朝から日暮れまで必死に神に祈り続けた。しかし、当然ながら呪いによって奪われた魔法は戻ることはなく、両親もひどく落胆していた。

 完璧だった姉や、姉ばかりを持ち上げる両親が落ち込む姿は、メアリーにとって非常に痛快なものであった。


「ああ、可哀そうなお姉さま! きっとこれは何かの間違いよ!」


(ざまあみろ! 私のことを見下しているからそうなるんだ!)


 メアリーは表向きマリアンヌのことを案じるふりをして、内心では妹に力を奪われた間抜けな姉を嘲笑っていた。

 表情と言葉を取り繕うことのほうが、マリアンヌに呪いをかけるよりも苦労したぐらいである。


 そして、マリアンヌの力が戻らないことが周知になったのを見計らい、メアリーは秘かにレイフェルトに接触した。

 メアリーが聖女の力に目覚めたことを聞き、レイフェルトは大きく目を見開いた。


「そうか………神はマリアンヌを見限り、君を選んだのか」


 レイフェルトの瞳には、はっきりとした嫌悪と失望が浮かんでいた。

 後から知ったことであるが、レイフェルトは彼なりにマリアンヌが聖女の力を失くした原因について調べており、汚れた聖女『ラクシャータ』のことを知ったらしい。

 メアリーという新しい聖女が現れたのを聞いて、マリアンヌが聖女にふさわしくない過ちを犯したと確信したようだ。


「レイフェルト様………ごめんなさい、私のお姉さまが………」


「いいのだ、メアリー。君のせいではない。マリアンヌは聖女にも、この国の王妃にもふさわしくなかった………それだけのことだ」


「あっ………」


 レイフェルトはメアリーを抱きしめた。

 幼い頃から恋心をいだいていた男の胸に抱かれ、メアリーは甘い陶酔に酔いしれた。


(これで………レイフェルト様は私のもの。聖女の地位も、王妃の座も………お姉さまが持っていたものは全部、全部、私のもの………!)


 自分はようやく、姉に勝ったのだ。

 あの勉学も教養も魔法も、全てにおいて自分を上回っている姉を出し抜いて見せたのだ!


『おめでとう、私の器。これで私も魔王様から任された仕事を果たせるわ』


 メアリーの中で魔族の笑い声が響いた。


 レイフェルトが神殿の上層部へとメアリーのことを告げて、マリアンヌが聖女から降ろされることが正式に決定された。

 国王も神殿が決定を下した以上、異論を唱えることはなかった。

 マリアンヌをレイフェルトの婚約者から降ろし、メアリーが次期王妃となることが決まった。


 マリアンヌとメアリーの両親はかなり渋ったようだったが、マリアンヌが力を失ったことは揺るがない事実。神殿と国王の決定を拒むことはできなかった。


 そして、運命の日。

 マリアンヌが追放される日が、やって来たのだった。


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