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19.式典

 そして、1週間後。

 いよいよ、レイフェルトとメアリーの結婚式の日がやって来た。


 王都では盛大なパレードが開催された。

 都の中央を南北に両断する大通りを、南から北に向けて二人を乗せた馬車が進んで行く。


「おおっ………なんという荘厳な姿だ!」


「レイフェルト王子、万歳! 聖女メアリー様、万歳!」


 大勢の騎士を引き連れて進む馬車に向けて、左右に分かれた見物客から歓声が上がる。

 馬車の上では、レイフェルトとメアリーが顔に笑顔を張り付けて見物客に手を振っている。


 そんな幸せ一色に染まった光景を、少し離れた場所でマーリンは眺めていた。


「………くだらない」


 ボソリとつぶやかれた言葉は、周囲の歓声に塗りつぶされて誰の耳にも入ることはなかった。

 マーリンの目は驚くほど冷えきっており、瞳の奥には激しい殺意が宿っている。

 彼女の顔にはラクシャータからもらった銀仮面が覆いかぶさっているが、その仮面の下の顔もまた能面のような無表情である。


 町娘が着るような簡素なドレスに銀仮面という異様な格好のマーリンであったが、周りの人間はそれほど気にしていなかった。

 パレードに湧きたつ大通りには演劇のような仮装をしている者も少なからずいて、むしろ仮面しか付けていないマーリンなどは地味なほうである。


『どうする、マリアンヌ。ここで仕留めてしまうか?』


 マーリンの耳元に虚空から声が響いた。

 それは姿を消しているフュルフールの声であり、マーリン以外には聞こえていなかった。


「まだいいですよ、フュル。式が開かれるまで待ちましょう」


 マーリンとて、目の前に広がる欺瞞に満ちた光景をぶち壊しにしてしまいたい。そんな思いがないわけではなかった。

 マリアンヌのことを追放しておいて、殺そうとしておいて、自分達だけ幸せになろうとしている者達には激しい嫌悪を感じている。

 しかし、だからこそ、ここでぶち壊しにするわけにはいかない。

 自分が出ていくのは、結婚式の最中。彼らが幸せの絶頂に達したときにすると決めていたからだ。


「もう行きましょう………ここにいては、自分を押さえられる自信がありません」


 レイフェルト達が乗った馬車の後ろには、親族であるカーティス家の面々が乗った馬車が続いている。

 自分を捨てた両親が笑っている姿に、いよいよ自分を抑えきれなくなったマーリンは背中を向けた。


『そうだな、一度宿に戻って………ッ!』


「どうかしましたか、フュル?」


『いや………何でもない』


 何でもないなどと言いながらも、フュルフールは鋭い目線でパレードの行列を睨みつけた。


 パレードに加わった一台の馬車。ひときわ荘厳な雰囲気を放つその馬車には、一人の少女の姿があった。

 銀色の髪を肩で切りそろえた彼女の視線は、虚空に隠れたフュルフールの姿をはっきりと見据えていたのであった。






 王都の大通りを、パレードの一団が進んで行く。

 その行列の中、荘厳な馬車に乗った銀髪の少女が遠くをじっと見つめていた。


「ど、どうかされましたか、大司祭様?」


 同じ馬車に乗った神官の男が、恐々としながら声をかける。

 ロクサルト王国の神官である男にとって、聖地の大司祭は天上人といっても過言ではない。

 機嫌の一つも悪くさせてしまったのであれば、自分の首が飛びかねない事態である。


 そんな恐怖に震える神官の問いに、大司祭と呼ばれた少女はゆっくりと首を振った。


「いいえ、ちょっと面白いものがあったもので。お気になさらず」


「はあ?」


 神官は首を傾げる。

 いかに聖地・ユートピアの大司祭とはいえ、年齢はまだ13歳である。大道芸にでも目を奪われていたのかと、神官は勝手に解釈した。


(まったく………茶番ですね)


 神官から目を逸らして、大司祭ライナ・ライトはひっそりと溜息をついた。


 本来であれば、南の小国であるロクサルト王国で開かれる式典ごときに、大司祭であるライナが出席することはなかった。

 そんなものは適当な司祭を捕まえて祝いの品でも持たせて送れば、それで済むような事案である。

 ただでさえ今は魔族の侵攻によって大陸北方は激震しているのだ。

 そんな情勢下でライナがわざわざ聖地から出向いてきたのは、明確な目的があった。


(聖女メアリー………あの女が魔族との戦いの命運を握っている? いったい、何の冗談ですか?)


 ライナの目的は、1ヵ月前に降った神託の真偽を確かめるためであった。

 ライナが受けた神託の内容は、『じきに魔族が侵攻を始める。ロクサルト王国の聖女が勝敗を握っている』というものであった。


(神の言葉を疑うわけではありませんが………あの性格の悪そうな女に人類の未来がかかっているなど、信じたくはありませんね)


 性格が悪くて、腹黒そうで、油断ができない娘。

 それがライナが下した、聖女メアリーの評価であった。


『ライナ、気づいているか?』


(ええ、もちろんです。気づいていますよ)


 背中から聞こえてきた囁くような声に、ライナが心中で返事をする。

 ライナに話しかけてきたのは、彼女が契約を交わしている天使である。


『先ほど、雑踏の中にいたのは魔女。それもかなりの上級悪魔と契約を交わしている』


(面白そうな女性でしたね。できればお近づきになりたいところですが………)


『また迂闊なことを………………ハアッ』


 好奇心を剥き出しにしたライナの言葉に、天使が呆れて言葉を失う。

 天使と悪魔が敵対関係にあるというのは、人間が勝手に作ったイメージの産物である。

 実際には、天使も悪魔も精霊も、アストラル界に住む上位の住人というだけである。天使や悪魔といった分類は人間が勝手に作ったものでしかない。


(それなのに、天使と契約した者は尊ばれて、悪魔と契約した者は魔女と蔑まれる………おかしな話ですね)


『君は責任ある地位につく人間なのだ。軽はずみな行動は避けるようにといつも言っているではないか。そもそも、君は本当に………』


 クドクドと流れる天使のお説教をBGMのように聞き流して、ライナはぼんやりと馬車の外に視線を向けた。


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