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17.暗雲①

 ロクサルト王国王都。

 国の中心である都は、1週間後に控えた王太子と聖女との結婚に湧きたっていた。

 大々的に開かれる予定の祭典を一目見ようと国の内外から大勢の人が集まっており、宿も市場も大きな商機に賑わいを見せている。


 北方の国々は魔族の侵攻という事態に緊張しているが、大陸南部にあるこの国ではいまだ危機感が薄い。

 すぐ目の前に迫った慶事に国中が浮き足立っており、自分達が戦いに巻き込まれるかもしれないなどとは誰も考えていなかった。


 そんな王都の中心にある王宮の廊下を、靴の踵で床を強く叩きながら王太子レイフェルトが闊歩していた。

 レイフェルトは目的としていた部屋の前までたどり着き、勢い良く扉を開け放った。


「メアリー! いるか!」


「あ、レイフェルト様!」


「おおっ………! なんと美しい!」


 部屋の中では、聖女メアリー・カーティスが結婚式で着るドレスを試着していた。

 純白で曇りのないドレスはメアリーの金髪の美しさを引き立てていて、まるで天使が地上に降りてきたかのように可憐な姿であった。


「ああっ………ダメですよ、殿下! まだ花嫁を見ては!」


「いいではないか、どうせ結婚式で目にするのだから。少し予定が早まるだけだ」


「まったく………」


 年配の侍女がたしなめるが、レイフェルトは聞く耳を持たずにメアリーに歩み寄る。

 美しいドレスを身に纏った婚約者の姿をすぐ近くから目に焼き付け、腕を引いて抱き寄せる。


「あっ………ダメですよ、レイフェルト様。ドレスにシワが………」


「喜んでくれ、メアリー! 1週間後の結婚式には、北の聖地から大司祭様が来られることになったぞ!」


「え、大司祭様………?」


 レイフェルトがいつになく興奮しているのは、それが理由であった。

 ロクサルト王国から北方にある聖地・ユートピア。

 この大陸を席巻する最大の宗教である『星光教』の総本山であるその地から、わざわざ大司祭が結婚式に参列することになったのだ。


 現在、大陸北方の国々は魔族の侵攻により、一触即発の緊張状態になっている。

 そんな情勢下で聖地から大司祭がやってくるというのは、星光教がロクサルト王国のことを重んじているという証拠である。


 国際社会におけるロクサルト王国の立場も飛躍的に向上して、同規模の国力を持つ周辺諸国に対して大きくイニシアティブを握ることが出来るだろう。


「これで私達の治世も安泰だな! 今にこの国を、大国と呼ばれるほどに大きくしてやる!」


 レイフェルトはメアリーの身体を抱きしめたまま、高々と野望を語った。

 その脳裏には、ロクサルト王国が周辺諸国を併呑して大国となる未来が描かれていた。

 そして、レイフェルトは中興の祖として、千年先の歴史書にまで名君として語られるのだ!


「大司祭………」


 喜ぶレイフェルトと対照的に、抱きしめられたメアリーの表情は曇っていた。


 婚約者の胸へと縋りついた顔は不安と恐怖に引きつっていたのだが、その場にいる者は誰も気づくことはなかった。






 結婚式が行われる数日前。

 王都に舞い戻ってきたマーリンは、顔にはラクシャータから貰った銀仮面。身体は黒いフード付きのローブを身に着けて大通りを歩いていた。


 銀仮面にかけられた魔術によってマーリンの正体がマリアンヌであることに気がつく者は誰もいない。

 それでも、ここが敵地であることに変わりはない。

 不安を完全に拭い去ることはできず、マーリンはフードを手で引っ張って深々と顔を隠すようにした。


『大丈夫だ、マリアンヌ。いざとなったら私が何とかしよう』


「ありがとう、フュル」


 背後からかけられた力強い言葉に、マーリンは周囲に聞こえないようにひっそりと応える。

 美麗の悪魔は完全に姿を消しており、声もマーリンにしか聞くことはできない。

 それでも、この敵ばかりの都で自分に味方がいることはとても心強く、マーリンの顔からわずかに緊張が抜ける。


 マーリンは大通りの隅を歩くようにして、見慣れた道を進んで行く。

 数日後に王太子と聖女が結婚式を上げるということもあって、大通りは無数の人であふれかえっている。

 そのおかげで銀仮面にローブという妖しい姿のマーリンを気に留める者もいなかった。


「あ………」


 人目を忍んで道を歩いていくマーリンであったが、ふと見知った人間の姿に足を止めた。


「お願いします、ほんの少しでいいんです。お願いします………お願いします………」


「そんなこといってもねえ、うちも商売でやってるから」


 野菜を売っている店の前、やつれた修道服を着た女性の姿があった。

 女性は腰を90度くっきりと曲げて店の店主に頭を下げており、頭に被ったウィンプルと呼ばれるヴェールの端が地面につきそうになっていた。


「セーナさん………」


『知り合いか、マリアンヌ』


「ええ………私が聖女だった頃に通っていた孤児院のシスターです」


 マーリン………マリアンヌ・カーティスは聖女としていくつかの奉仕活動を行っていた。

 そのうちの一つが、都にある孤児院への慰問である。


「セーナさんはとても信心深い方で、子供達にもよくなつかれていたんですよ」


『ふむ? なにやら揉めているようだが』


「はい、どうしたのでしょう」


 マーリンはさりげなくセーナに近づいて、耳を澄ませた。


「うちだって裕福じゃあないんだから。金ももらわずに野菜は売れねえよ。先月分のツケだって払ってもらってないだろ?」


「そこをなんとか………うちにはお腹を空かせた子供達がいて………」


「そりゃあ、わかってるさ。だけどこっちも苦しくてねえ………」


 どうやらセーナは野菜をツケで買おうとしており、店主はそれに渋っているようだ。

 事情を察して、マーリンはいぶかしげに瞳を細めた。


「孤児院の経営は確かに苦しかったですけど、神殿から寄付も出てますし、物乞いのようなことをするほどではなかったと思うですけど………」


『事情は知らぬが、関わり合いになるべきではないな。日が暮れないうちに宿を探すべきだ』


 フュルフールが冷たく断言する。

 悪魔である彼にとって、大切な人間はマーリンただ一人である。孤児院もそこのシスターも、フュルフールにとってはアリの子ほどの価値もない。

 あくまでも合理的に、厄介ごとを避けることをマーリンに勧めた。


「いいえ、放ってはおけません!」


 しかし、知り合いが目の前で難渋しているのを見せつけられたマーリンは冷静ではいられなかった。

 セーナの背後へと歩み寄り、揉めている二人へと声をかけた。


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