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7. 宇宙初の奥スクロールアクション



     ♡



「あ、死んだ」


「…………下手っぴ?」


「いやいやいや、おかしいでしょ。なんでスカンクに触っただけで昇天するんですか」


 世の中、亀にタッチされただけで地の底まで落ちてく配管工もいるけど、それはそれとして。


「意外。なんかゲームとかうまそうな顔してるのに」


「……それ普通に悪口ですよね」


「ほめてるほめてる。…………下手だったけど」


 曰く、慎重なのにアホらしい死に方をするのが面白いらしい。全然褒めてないが。


「……にしても、なんで3世代くらい前のゲームしかないんでしょうね、この部室」


 むしろ、これがなぜちゃんと動作してるかが不思議でしょうがない。ディスク読み取り式のゲーム機は、存外寿命が短いものなのだ。何層にもホコリをかぶったテレビボードに無造作に置かれていて、よくぞ今日まで生き残ってきたものだと思う。


「まあ、ゲーム目当てで来るようなとこじゃないからね、ここ」


 きみ以外に誰かがやってるとこ見たことないな、と島林先輩は言う。


「先輩もやってみます? 案外むずいっすよ」


「……私は、見てるだけでいいよ。きみのこと、バカにできなくなっちゃうかもしれないし」


 ここまで爽やかにセコい発言ができる人間もそうそういまい。


「そうだ、対戦とかしませんか」


 俺は次のセーブポイントに到達することを諦め、ゲーム機の電源を切りながら、先輩にそう提案した。


「できるの? コントローラ、1個しかないけど」


「こっちです、こっち」


 スマホを掲げて島林先輩に見せたのは、2人対戦できるタイプのパーティゲーム詰め合わせアプリだ。ちょっと前に桃原が暇つぶしにやろうと提案してきて、『キミのが画面おっきいじゃん!』とインストールさせられたものである。内容としては、まあくだらないというと開発者に失礼だが、ひたすら連打するか、タイミングを合わせてタップするか、ホッケーするかみたいな、暇つぶし以上のものにはなり得ないラインナップ。


 しかし、コイツが何より優秀なのは、これがスマホのアプリである、ということだ。スマホだとどこでもできるから、とか甘っちょろいことを抜かすつもりはない。


 スマホは小さい。小さい画面を2人で操作する。距離が縮まる。単純故に効果的だ。


「『10秒ピッタリで止めろ!!』……これ、アプリでやる必要あるの?」


「でも負けたら悔しくないですか」


「…………そうかなぁ」


 口ぶりとは裏腹に、島林先輩はわりとノリノリであった。小さく首を縦に振り、タイミングを計っている。口の中でこしょこしょと数字を呟いているのもかなりポイント高い。


「……じゅっ」


 たぶん、『10』のことだと思われる。

 ダルそうなわりに、ぐっと力が入った島林先輩の指のおかげで、スマホが俺の側だけ少し浮いた。


「まぁ、俺の勝ち、ですね」


「ぐ……」


 気合も虚しく、結果は先輩が二秒も早く押していて、俺の圧倒的勝利だった。


「先輩、案外せっかちなんすね」


 ガラにもなく少し悔しそうに唸った先輩がなんだか可愛かったものだから、勝者特権のマウントで軽くおちょくったところ、先輩は俺のスマホをギリギリと握りしめた。


「揺れた」


「……はい?」


「今のは、きみがスマホ揺らした。だからズレた……」


「えぇ……」


 清々しいまでの負けず嫌いである。先に自分が押してるんだから、俺に揺らす余地なんてないんだよなぁ……。


 正直、こんなしょーもない勝負、先輩なら結果はともあれ薄味なリアクションなんだろうな、と予想していたのだが。それに反して子供みたいに拗ねている彼女の姿を、俺はただただ両の眼に刻みつけた。


「次は勝つから」


 スイッチの入った先輩に、やれやれという体で、内心ほくそ笑みながら付き合う。気まずくならないため程度に提案した暇つぶしが、ここまでヒットするとは。


 ……かれこれ10回に渡る延長戦の果ては、彼女の全敗という悲しい結果であった。


「もういい……」


 先輩はふてくされたように、力無く机に突っ伏す。そんな乱雑な動作でも、それに追いすがりふわりと拡がる髪が描く軌跡はひたすら流麗であった。


「そんな拗ねることないじゃないですか。10秒当てられたからって、別に人生何の役にも立たないっすよ」


 俺の慰めに彼女は顔だけ上げて、顎をテーブルに乗せたまま答える。


「わたし、役立たず以下……?」


「いやっ、そういうことではなく……」


「じゃあ、言ってみて。私のいいとこ」


「…………えーっと」


 咄嗟にでてきたのが"顔がいい"と、"おっぱいがデカい"くらいだったので、俺は黙った。


「冗談。……やっぱり素直だよね、きみ」


 先輩が目を細めて微笑む。判断基準がよくわからないが、俺の反応は間違いではなかったらしい。なんという包容力だろうか。


「お疲れ様で〜す」


 そんな先輩とのゆるい空気の背後から、ノックの音と共に桃原がそっと部室に降臨した。


 外ではもう、二限も終わって昼休みになっていたようだ。美少女との時間は溶けるように過ぎていく。一般相対性理論に照らせば、なるほど俺の気持ちは無重力以上に浮ついているに違いない。


「あ、桃原、お疲れ」


「やっほー。あ、先輩! お疲れ様です」


 俺にはピョコピョコと手を振り、先輩にはシュビっとお辞儀する。ともすれば鼻につくほどあざとい仕草を自然とやってのける桃原もまた、美少女の中の美少女と言えよう。


「二人でなんかしてたんですか?」


「やぁ」とやる気ない島林先輩の返事にも笑顔で相対する桃原は、いそいそと俺の隣に腰掛けて、コンビニで買ってきたと思しきサラダパスタの蓋を開けながら問う。


「なんか、10秒ピッタリで止めるやつ……」


 先輩は憮然とした表情で言った。


「あっ、それ! 私けっこー得意ですよ!」


「やめとけ桃原、先輩とじゃ勝負にならない」


「え、そんな強いんですか!?」


「10回中10回俺が勝った」


「……2回くらいは、惜しかったし」


 先輩からの恨めしげな視線が痛い。あんまりイジってもアレだし、この話題はここら辺に留めておくのが吉かもしれない。


 少しの間、桃原は昼食を口に運び、先輩も俺もスマホを弄る、無言の時間が流れる。


 と、桃原が何やら俺を見ていることに気づいた。それも、上から下へ、下から上へと舐め回すように……あ、そうか。思い出した。


「これ? ちゃんと着てきたよ、ほら」


「うむ。けっこう、けっこう」


 デートの別れ際、桃原と約束したことは忘れていない。指示語はなくとも、意味はお互い理解できていて、彼女は満足そうに頷いた。


 こういう、なんとなく心が通じてるな、と思える瞬間の細やかな積み重ねこそが、好感度をじわじわと上げていくのだ。そう考えておかないと、俺の財布に突如として生じた虚無に立つ瀬がない。


 そんな桃原と俺のツーカーを島林先輩は目敏く察知したようで、こんなことを訊いてきた。


「それ、モモちゃんが選んであげたの?」


 おわかりかとは思うが、モモちゃんとは桃原のことである。


「昨日一緒に買いに行ったんです。トータルコーディネート、ばーい私」


 当の桃原は顎に手を当て、会心のドヤ顔。

 いやキミあれテキトーに押しつけてきただけだったよね……?


「へぇ……。仲、いいんだね」


「そ! それほど……でも、そうなのかな? うぇへへ……」


 サラッと言い放った先輩の一言に、桃原は少し顔を赤くして、変な声を漏らした。


 そんな桃原なリアクションを微笑で返した先輩は、壁に掛かった時計をチラッと見ると、のろのろと腰を上げた。昼休みが終わるまでまだ時間はあるような気もするが。


「あれ? もう行くんですか?」


「うん。三限、出席あるし……。その前に吸いたいし」


 さっきしこたま吸ってたじゃん……と思ったけれど、それを俺が口にする前に、先輩はちょっと意地悪げに笑って、こう続けた。


「それに、2人のお邪魔はしたくないしね」


 この言葉に桃原は、電流でも走ったかのように身体をビクッとさせて、また顔を赤くした。先輩……茫洋(ぼんやり)としているようで、やることやってくれるぜ……ホントありがとうございます………。


「じゃーね…………あっ、そうだ」


 彼女らしい、あっさりとした挨拶一つ残して退室するかと思いきや、部室のドアに手をかたところで先輩はふと振り返った。


「その服、似合ってると思うよ。カッコいい」


「……!」


 馬子にも衣装な俺を褒めたのか、桃原のセンスを褒めたのか。いずれにせよ、ドキリとする様な言葉を放って、颯爽と部室を後にした。


 呆けたように固まる俺たち2人の内、先に正気に戻ったのは桃原のほうであった。


「鼻の下、伸びてるんですケド……」


 訂正。この子正気じゃない。大層おかんむりであった。


「……マジ? 伸びてた?」


「きみは、あーゆう、大人ぁーっぽい女の人がタイプなの?」


 質問をすっ飛ばされたあたり、間違いなくしまりのない顔をしていたのだろう。


 でも、なんだこれ……嫉妬か? 嫉妬なのか? 噂に聞く、あの?


 これは正直……悦に浸るどころじゃない。本能的な焦りが冷や汗となって全身を駆け巡る。


「そりゃあ……あんなキレイな先輩相手じゃ、……なんか、緊張するじゃん……?」


 この時はうまく言語化できなかったけど、島林先輩の美貌はタイプとか相性とか超越して殴りかかってくる系のソレである。水タイプを火炎放射で蒸発させるようなイメージ、と言って伝わるだろうか。


 そんなのを前にして、俺はまだよくもったほうだと思いたいところだ。


「ふーん…………そのわりに、楽しそーに遊んでたみたいだけど」


「いやっ、…………ほら! 桃原が俺に選んでくれたやつ、先輩も褒めてくれたぜ?」


「質問に答えてないんですけど……」


 結局、桃原の機嫌が直るまでに、俺は彼女をたっぷり15分は褒めちぎるハメになった。


 最後のほうは桃原も真っ赤になって照れてたので、ちょっとこの子チョロすぎない? と心配になったのは秘密だ。


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