16
なんとも言えない静寂に会場が包まれる中ーー放送席より「コホンッ」と咳払いを打つ声が響いた。
「えー、審議の結果。ルーミャ選手の暴走による棄権が認められ勝者はサンダース選手となります。しかし、いつからの暴走なのか判断がつかないという状況からレーベン選手との試合結果はそのまま有効とし、次戦はリュシカ選手対サンダース選手の試合とさせて頂きます。以上です」
ジン先生が告げると三年Sクラス側の生徒から歓声が挙がった。
「い、いやあ〜、壮絶な幕切れでしたね......シラユキ女王陛下が現れた時は何が起きたかと思いましたがシンカ?ですか、あの能力には代償があったようですね‼︎」
「まあ、あれだけ尋常じゃない力を得るわけだから何もないとは思わなかったけど......シラユキ女王陛下には本当に感謝したいね。会場まで元通りにして頂いたし」
「そうですね‼︎手を二回打つだけで全てを元通りにした能力、そして、女王陛下の言葉から察するにお城から此方まで一っ飛びで来られた能力といい......本当に凄まじい力を見せて下さいました‼︎」
「本当だね。何でも獣人族では半神、要するに神様の一人とされているみたいだけどーーあの超常的な力を見ると強ち称号だけとも言えないねぇ」
「御年百六十周年の式典が去年の暮に行われたという話ですし我々とは違う超然的なお方なのでしょう‼︎それでは気を取り直して試合を再開していきたいと思います‼︎サンダース選手対リュシカ選手の試合開始です‼︎よろしくお願いします‼︎」
「アーニャさん‼︎救急搬送しますからね‼︎」
その言葉が聞こえた瞬間にシラユキが歩調を早める。そして、その歩みは医務室の札が見えた頃には駆け足になっていた。
「ーーアーニャ‼︎」
饐えた匂いが広がる中、四つん這いでガクガクと身を震わせているアーニャを見て慌てた様子のコガラシが駆け寄ろうとするとシラユキが冷え切った声で叫んだ。
「触るでない‼︎......そちはルーミャを抱いておれ」
彼女が手を打ってアーニャの汚れを清めてから近くと彼女は譫言のように「ルーミャを......止めないと......ルーミャを......止めないとーー」と瞳を虚ろにしながら繰り返している状態だ。
「......どういうことじゃ?医務の者?何故妾の娘がこのようになっておる?」
震える程の怒気に染まった視線を受けて医務係の生徒が蛇に睨まれたカエルのように身を固め、ブルブルと震えているのに気づいた保健医は緊急配送の手配をしようとしていた手を止めて切迫した様子でシラユキに声を掛けた。
「シラユキ女王陛下‼︎落ち着いて下さい‼︎目を覚ましたアーニャさんがモニター越しにルーミャさんを見て飛び出したのです‼︎突然動くのは危険だと止めたのですが間に合わずーー」
それを聞いたシラユキは冷徹な色を浮かべていた瞳をいつもの気怠る気なものに戻した。
「あー、娘のことになると冷静になれなんだ。許せ。そして、娘の代わりに謝ろう。済まなんだ。この娘は妙に責任感が強いところがある故に自身の身より責任を優先したのじゃろう。ーーあとは妾がどうにかする故に救急搬送は不要じゃ」
腰を抜かした医務係に「済まんのう」と自身の言葉で謝ると虚ろな目をしたアーニャの前にしゃがみ込んだ。するとアーニャはシラユキの姿が視界に入った瞬間に先程より動揺した状態になってボロボロと泣き始めた。
「おかあしゃ.....ごめ......わたし......わたし......止められなくて、止められっーー⁉︎」
「ああ、そんなに戻して......キツかったであろう?もうお母さんが全部解決したから安心して休むのじゃ......」
シラユキが彼女の前で三度手を打つと全てが無かったかのように綺麗になった。先程まで尋常じゃない状態だったアーニャも落ち着きを取り戻したかのように眠りに落ちる。その上半身をしっかり抱きしめて背中をポンポンと叩いていたシラユキはその状態のままゾッとするような冷たい声で告げた。
「コガラシ。そちは今日の任が終わったら一ヶ月間娘達との接触は禁止じゃ。妾も暫くそちを見たくない故に河原のほとりで野宿でもするんじゃな」
にべもなく告げられたコガラシは顔を真っ青にしながら体を震わせると背負い直したルーミャが落ちないようにしながらも地面に諸手を着いて泣き叫ぶのだった。
「そ、そんにゃーー!!!」
「サンダース。暴走したルーミャ殿下と対峙していた、ということだが大丈夫か?」
「......まあな。シラユキ陛下がもう少し遅くなりゃあ、ちとヤバかったかも知れないけどなぁ......」
「しかし、あれが暴走状態かぁ。上手く騙されちゃったねぇ......」
苦笑いを浮かべたレーベンは「エルニシア、もう大丈夫みたいだよ?」と奥のベンチへと座るエルニシアに声を掛けるとサンダースの方へと振り返りーー。
「本当に大丈夫?あんまり酷い状態なら棄権することをオススメするけど?」
「いや、エルニシアの感情バージョンみたいな感じだから心労とかは感じるけど戦えねぇわけじゃねぇ。乗り掛かった船だし?作戦遂行まで頑張るぜぇ!」
背筋を伸ばし戯けるような態度で告げるサンダースに対してカーレスは少し申し訳なさそうな表情になってーー。
「すまんな。身内の問題で迷惑をかけてしまってーー」
「良いってことよ!だいたい困った時はお互い様だろう?俺だってカーレスに助けてもらったことは一回や二回じゃねぇからな!」
あくまでも軽い調子を見せながら拳を突き出したサンダースにカーレスは笑みを浮かべて拳を突き合わせた。
「作戦があるとはいえ真剣勝負だからな。倒してしまっても構わんぞ?」
「そう言ってくれるのは有難いけどよ?この流れだとなぁ。妹ちゃん突然羽生えたりとか変身したりとかしないよな?」
「......流石にそれはないと思うが......妹のことなのに何だか自信が持てなくなってきたな」
苦笑しながら会場へと向かうサンダースに疑心暗鬼の表情を浮かべながら返事をするカーレスだった。
「さて、予想外の結末はあったがリュシカ君。残り二人には勝てるだろうか?」
リュシカは曲刀の柄の感触を確かめながら微笑んだ。
「兄がどのくらい強くなってるかによりますが......勝てるかと」
「そうか。ならば任せたぞ」
リュシカの目をながらアマリエ先生が頷く。すると今までうつらうつらとしていたイムジャンヌがハッとした様子で駆け寄って来てーー。
「......リュシカ様......私だけになっちゃたけど......応援頑張る......」
グッと両腕に力を込めて告げる彼女を見てリュシカは嬉しそうに微笑むと彼女の頭を撫でた。
「それは百人力だ‼︎ーーもし良ければ、そのリュシカ様というのは止めてくれないか?クラスメイトだしチームメイトでもある。最悪学園に居る間くらいは友として考えてくれても良いのではないか?」
「......わかった.....リュシカ......頑張って......」
少し恥ずかしげな表情で呟くような声で応援する彼女に対して「これこそ、最高の応援だ‼︎」とリュシカは微笑んだ。
「では行ってくる!無様な姿は見せん!一年Sクラスに勝利を齎そうではないか‼︎」
拳を高々と上げて意気揚々と会場へ向かい始めたリュシカ。その表情には確固たる自信が満ち溢れていた。




