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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第三章 砂獄の巨龍 編(中)
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 目の前で自身のレイピアの攻撃を裁くルーミャをサンダースは化け物でも見るような目で見ていた。目の前の彼女は完璧な表情で笑っている。しかし、伝わってくる感情は既に十を超えていた。


 愛、悲しみ、恋、絶望、喜び、怒り、羨望、呆れ、色情、楽しみーー。


 この一見して統一性のない感情が全て目の前に少女から送られてきていることを考えると、どれだけの異常事態が起きているのか解るだろう。そして、それを嫋やかな笑みを浮かべながら送ってくるのである。最初は三十秒に一回だったそれが何かを探っているのか一分に一回になってきている。


 その感情を振り払うようにレイピアを突き出して振り払おうとするが、その感情が薄れることはない。そして、そうこうしている内に”狂気”という新たな感情が送られて来てサンダースはレイピアを落としそうになった。


 すると目の前のルーミャは一瞬ニヤァとした嫌らしい笑みを浮かべると”狂気”という感情を引っ込めた。


(解ってやってんのかよ!)


 胸中で叫びながらレイピアを突き出した彼が「......中々とんでもないことをしますねぇ」と毒づくと彼女は何を言ってるか解らないという表情で「妾は何を言われているのか解りかねますわ♪」と言って微笑んだ。


 瞬間、”焦燥”の感情が送られてきてサンダースは吐き気を覚えた。しかし、無様な姿を見せるわけにはいかないと踏み止まりレイピアを振るった。


 心理戦が誰よりも得意な自信があったサンダースにとってこれは初めての経験でありーー地獄である。本来ならば相手の顔から視線を外せば見えなくなる感情を上手く視線が外れないようにすることで延々と見せられ続けて浴びせ続けられているのである。


 いっそのこと気絶でも出来れば楽なのだろうが普段から人の感情を見続けて暮らしてきたサンダースは人より精神耐性が高いようで中々意識を失うことが出来ない。いや、それさえも管理されてる可能性がある。


 そしてーー。


「ーーッ!?」


「あら、ごめんなさい♪」


 一瞬、何かを捻り潰されたような激痛が体を襲った。しかし、何処かを怪我している訳ではない。痛覚が訴える痛みだけが呼び起こされるのに対して実際には何かをされている訳ではないという異常事態が断続的に行われているのだ。


(これはヤバイ......まじでヤバイ。だけど目的が解らない。これだけのことが出来るなら一瞬で終わらせることだって簡単なハズなのに......)


 押しつぶされそうな感情に狂いそうな恐怖を感じながらサンダースはどうにか思考を巡らせる。しかし、どう考えても行き着く先は狂った思想だ。サンダースの常識的な部分がそんなことはありえないと、どうしても答えを拒絶する。


 しかし、実際はその答えが正しい。サンダースの精神で人はどのくらいの精神汚濁で壊れるのかをチキンレースのように楽しんでいるなど常人では考えられる訳がない、そして、その答えに行き着いたところで拒絶してしまうのは当然のことである。


「はああ‼︎」


 雄叫び一閃、レイピアで渾身の突きを放ったサンダースに対して彼女は目を細めて構えるとーー。




 この闘技大会中でもっとも楽しげな凄惨な笑みを浮かべた。




 合気道のような技を掛けていると見せかけて先程引っ込めた”狂気”の感情を流し込んだ。


「うああ、あああ、あああああ!!!」


 頭を抑えて武器を放ったサンダースに周りが騒然としている中でルーミャは「正解は十二個でしたか......まあまあ楽しかったですよ♪」と微笑んだ。しかし、それが聞こえていないのか小さな声で譫言の様に「やめろ......やめろ......」と呟いている姿を見下ろすと急にスッと感情を消した彼女は「困りましたねぇ......」と呟いた。


 そして、飽きてしまったオモチャを前につまらなそうな表情を浮べる子供のような表情を浮かべてーー。


「従姉妹の婚約者だから壊してはいけないのですけど......見ていると虫酸が走るくらいに飽きてしまいました......」


 ぼんやりと手に浮かんだ白の焔が途方もない熱エネルギーを帯びていることに周りの誰が気付いているのだろうか?狂った頭で首を傾げたルーミャだったが少し思考すると良いことを思いついた!閃いた!と言わんばかりに微笑んだ。


不良品(ゴミ)はいらないですね!代わりを用意してもらいましょう♪」


 膨大な熱エネルギーを持つ白の炎をサンダースに向けて放出する。その瞬間、闘技場の結界の中は発光する太陽の白に包まれたーー。













「あー、娘が失礼した。全くコガラシは何をしているのだ。......妾も昼寝中だった故に遅くなった。許せ」













 次の瞬間、会場に居た全ての人間が驚愕した。ルーミャの鳩尾に拳を突き入れてサンダースを守るようにして立っているのは寝装姿の九尾の年若い少女ーー。いや少女に見えるがそれはここにいるはずのない一国の女王だったからだ。彼女は何処にそんな力があるのか「よっこらせ」とルーミャを左肩に担ぐとサンダースへと振り返る。


「よくぞ耐えた。その精神力、虎猫族の娘を娶るに相応しい。褒めてつかわす」


「......有難き幸せ」


 軽くなった精神で何が何やら混乱していたサンダースはどうにか最敬礼で答えて返事を返した。それに頷いて会場の中心まで歩いたライジングサンの女王シラユキは欠伸を一つ漏らすと困惑する審判の前で右掌をスッと水平に伸ばした。


 パリーンッ‼︎


 軽やかな結界崩壊の音と共にシラユキの隣に着地した虎猫族の大男コガラシは何処かションボリした様子で彼女にマイクを差し出す。


「狐は騙すものじゃが娘に謀られおって......このうつけ者が!今日は任務がある故に置いておくが明日以降は覚悟しておくことじゃ!」


「ーー真に申し訳ありませんミャア」


 混乱する審判の横で「あーあー、ちと大きいな」とマイクの音量調節をし始めた彼女は静寂に包まれる会場に向けて話し始めた。


「緊急事態故に国境を超える手続き無きままに現れたこと、まずは詫びよう。知らぬ者は居らぬとは思うが妾はライジングサンで王を務めるシラユキ=アマテラス=イングリッドじゃ。ここのルーミャの母であり......今回の事態を解決できなかったこのうつけの妻でもある」


 少し苛立った様子で告げる彼女にコガラシはズーンと落ち込んで両手を地面に着いた。彼女はそんな姿に溜息を吐いてーー。


「先の戦闘においてルーミャは神化というーー厳密には少し違うが神降しの技を使ったのじゃ。じゃが未熟故に力に取り込まれ暴走状態に陥った。このままではアードヤードとの国交が絶たれるような大問題を引き起こす可能性があった故に妾自ら回収に来たと言うわけじゃ。本来ならば、このコガラシかアーニャが止めるところなのじゃが......アーニャが居らんのう?」


 辺りを見渡して不思議そうな表情を浮かべたシラユキにコガラシは言いづらそうに表情を歪めてーー。


「アーニャは脳震盪を起こして医務室にーー「だったら、もっと気を張らんか‼︎そちは昔から本に肝心なところで抜けた奴よ‼︎この阿呆‼︎うつけ‼︎のろま‼︎」


「そこまで言わなくてもニャア......」と縮こまるコガラシを尻目に彼女は「コホンッ‼︎」と咳払いを打ってーー。


「あー、みっともないところを見せたのぅ。要するに今のルーミャは危険な状態故に一時我が国へと連れ帰る。明後日からは通常通り出席させるが......それまでは欠席、本日は棄権じゃ。妾はアーニャの様子を見たら帰国するが故に謝罪訪問の日取りはまた後日連絡させて頂くとする」


 シラユキは気怠そうな表情を浮かべながらパーンパーンと大きく二回手を打った。するとどうだろう。焼け野原と化していた闘技場が全て元通りになり結界も回復ーーいつでも大会が再開出来る状態まで回復していたのだ。


「邪魔したのう。闘技の宴を楽しむが良い。以上じゃ」


 そう言って審判にマイクを渡した彼女は「そんなところでいつまで座っておるのじゃ‼︎早く医務室まで案内せぬか‼︎この、のろま‼︎」とコガラシの尻を蹴りながら怒鳴る。


 彼は目尻に涙を溜めた状態で立ち上がると「あ、案内しますから!許してくだせぇ!おっかさんミャア!」と腰を低くしながら医務室の方へと消えていった。

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