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ボロボロになりながらも何とか自身の足でチームメイトの元へと戻って来たレーベンは俯き加減でベンチに座ると悔しげな表情を浮かべた。
「まさか、あんな技を持っていたなんて......完全に見誤ってたね」
「仕方ないだろう。どうも、あちらのベンチを見ているとアマリエ先生も予想外といった様子に見える。なんで黙ってたかは知らないが......絶対に使えるものでもないのかもしれん」
冷静に状況を判断しながらカーレスが呟くと若干青い顔したサンダースが無理矢理笑ったような表情を浮かべてーー。
「なあ、俺、今からあの状態の姫様と戦わないといけないの?あれは流石に反則じゃねぇ?」
「残念ながらそうなるだろうな。審議が行われている様子はないし修復工事が終わり次第だろうさ」
「はぁ。だよなぁ......全く。今年の一年生はびっくり玉手箱だぜぇ。俺でも感情読めねぇし......骨はお前らで拾ってくれよ?あとエルニシア。絶対に姫様の方を見るんじゃねぇぞ!」
青い顔のまま手を上げたエルニシアに頷いて、サンダースは修復が完了した会場へと向けて歩き出した。
「カーレス。エルニシアはどうしたんだい?」
「いや、アーニャ殿下を見ていると行われない出鱈目な攻撃情報が頭に浮かんでくるとかで、とても正気で見ていられないそうだ」
「......そんなことも出来るのか?だからアーニャ殿下に情報収集させたのかな?そうなるとアマリエ先生がなんで知らないのか解らないけどーーハッキリ言ってピンチだね。それに少し気になることあるし......」
「気になること?何があった?」
困惑した表情のカーレスに対して彼は少し考えるように両手の甲の上に顎を乗せてーー。
「いや、試合中だったし興奮して......とか、そういうキャラ作りだとか、考えようはあるんだけどーー」
自身に言い訳するようにそう言いながら彼は困惑するような表情で告げた。
「僕に対して”人間風情が調子に乗るな”って言ったんだよね。ルーミャ殿下」
ベンチから離れたルーミャは思わず肩が揺れそうになるのを堪えながら笑う。近くのアーニャはベンチから居なくなり、父親は私の”暴走”に気づいていない。全身に滾る全能感ーーそれを放出しても止めるものは近くに居ないのだ。無論やり過ぎれば結界を突き破ってでも父親が止めに入るだろうから、あくまでも気付かれないようにゆっくり、ジワジワと相対する者を嬲り甚振らなければならない。
ああ、久しぶりのこの感触ーー短い時間で終わらせるのは勿体無いとルーミャは軽く拳を握った。この拳の一振りは周りの全てを破壊する。この足の一蹴りは自身の三倍は大きい魔物を天空へと蹴り飛ばすーー。
そのことを悟られてはいけない。あくまでも自分はその力を制御出来ているように見せなくてはならない。
既に多くの人間が”虫ケラ”と同じように見えていることも隠さなければならない。
(ああ、折角ならこんな”雑魚”達よりもエルフレッドと戦いたいなぁ)
頭に浮かんだ考えについついエルフレッドが座る方へと視線を送ると何かを感じ取った彼が精神的に臨戦態勢に入ったことが解った。この距離であの反応速度ーー。そして、恐るどころか武者震いで答えてくれる。その反応には感動さえも覚える。
極上のデザートが目の前にあるのに我慢しないといけないなんてーーと思いながら彼女は俯き加減で舌を舐めずった。まあいい。出来ないことは仕方がない。ならば、今はこの秘密を隠す子供のようなスリルを楽しみながら下賤の者達を痛めつけて踏み潰すことを楽しまなくてはならない。
「楽しまなくっちゃねぇ♪」
彼女はその言葉を最後に表情を整えた。持ち上げた顔は完璧に取り繕った嫋やかな笑みだ。確認のために柵前に訪れていた父親が安堵の息と共に招待席へと戻っていくのを視界の端に捉えながら表情が崩れないように必死に力を込めた。
「ご無沙汰しております。ルーミャ殿下。私のフィアンセの家族がお世話になっているようで感謝致します」
柔らかな物腰で紳士的に告げる金髪にああ、ルーナシャ姉様の婚約者か......と少しがっかりする。
「ええ、サンダース殿。妾こそ色々お世話になっておりますわ」
流石に従姉妹の婚約者を身体上欠損させる訳にはいかない。少し楽しみが半減だ。そう考えたルーミャだったが、そう言えばーーと思考がフル回転し始める。サンダース自体はカーネルマック家だが、その特性はホーデンハイド公爵家のそれだったはずだ。今も会話しながら心理戦でこちらの感情を探ろうとしてきているが全く感じ取れず困惑している様子である。
ならば、少しずつ感情を感じ取れるようにしていって”精神汚濁”させていったら、どんな楽しい反応を見せてくれるのだろうか?そう思うと地に着いていた気持ちが少しずつ高揚していくのが感じ取れた。
(精神崩壊しないように気をつけながら感情を少しづつ増やしていく......まるでぴょんって飛ぶ危機一髪ねぇ♪)
「それでは先程は圧倒的な戦闘力で逆転してみせたルーミャ選手とサンダース選手の一戦‼︎試合開始です‼︎」
表面上は噯にも出さない嫋やかな笑みのままーールーミャはコマンドサンボの構えをとってみせた。
「きゃ〜!あそこからのまさかの逆転劇に痺れて憧れちゃった‼︎そして、ちょっと興奮した♪......ってあれ?エルちん?そんなに震えてどうしたの?」
「......いや、少し体を冷やしたのかも知れない。まあ、ジャンパーを羽織れば大丈夫だ」
そう言って布袋から取り出したジャンパーを肩から羽織って手を隠す。あの好戦的な瞳に見られては暫くこの震えは止まりそうにない。
(あれが獣人族のアマテラスと五人の聖女に伝わる[神化]かーー)
戦闘に関わる数多の文献を読んだ彼だったからこそ解ったそれは彼等がアマテラスの一族を半神と崇め、五人の聖女を聖女と崇める所以でもある。一時的に神としての存在証明ともいえる”神格”をその身に降ろし生きながら現人神となる能力だ。
神としての絶大な力を得れる代わりに体得が難しく、更には未熟なものが使えば全能感による暴走は免れない危険な技だそうだが一見するとルーミャが暴走している様子はない。
(このような能力が使えてしまうとなると傲慢になっても仕方ないのだろうな)
腕の一振りであの威力である。敵など早々いないだろう。逆に加減などが難しいだろうがルーミャはそれさえもこなす。派手に能力を撒き散らした先程の戦いとは違い、今の彼女はサンダースの剣を華麗に捌きながら拳や足を返している。達人のような戦闘技術を披露して周りを感嘆とさせていた。
その流麗さは一重に戦闘技能の高さから出るもので魅せるような動きは一切無い。それでも尚美しく見えるのはある種の極地に立っているからだろう。
「ーー素晴らしい動きだな」
周りの人々と同じように感嘆するエルフレッドに隣でモジモジしていたノノワールは目を丸くしてーー。
「やっぱり?エルちんでも凄く見えるの?あっ!あと、私の事ノノちんって呼んでいいよ♪」
「......絶対呼ばん。そうだな。あそこまで素晴らしい戦闘技術は早々見れるものではない。サンダース先輩も辛そうだ」
攻撃の頻度は少ないが完璧にいなされ回避され続けていれば、その分体力消耗は大きい。既にそのような攻防が五分は行われている。サンダース先輩の足の動きが悪くなり額に大粒の汗が浮かび始めたのも無理はないだろう。
「いつか戦ってみたいものだ」
思わずそう呟いたエルフレッドに「えっ、あの状態のルーミャ殿下と戦いたいなんて、それはもう戦闘馬鹿じゃなくてただの馬鹿だよ‼︎」と割と真に迫ったツッコミを入れるノノワールだった。




