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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第三章 砂獄の巨龍 編(中)
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13

(才能はあるのだが尊敬する人間や認めた人間の意見しか聞かないからなぁ......傲慢さが仇になったか......)


 その戦況を見守っていたエルフレッドは少し残念に思いながらハーブティーに手を付けた。総合的な才能はリュシカだろうが、こと戦闘においてはルーミャも負けていない。寧ろ獣人というアドバンテージから優っている部分もあると考えている。


 しかし、彼女は”半神”であるという自負を持っている。流石にアマリエ先生やエルフレッド、今のチームメイトの言葉には耳を貸すが、それさえもどこまで本気なのか解らないレベルだ。その精神的未熟を見抜いて精神策に出たレーベンが見事と言うべきかーー。


「エルちん......せっかくの二連勝のアドバンテージなくなちゃったね......」


 悲しげな表情で呟くノノワールにエルフレッドは「戦いは単純な戦闘力だけではないということだ」と悔しげに表情を歪めた。そこら辺を認識しているアーニャとルーミャに現時点で”差が出ている”ことなど解りきったことである。


 例え、リュシカであってもここからの三連勝は厳しいだろう。


(まあ、俺達も一年にしては頑張ったほうだろうな......)


 剣を突きつけられたら負けの状態で今後の状況をひっくり返す一手も見当たらない。レーベンがルーミャに何らかの声を掛けて、その剣を突きつけたーー。













「ーー何が起こったのでしょう!ルーミャ選手がレーベン選手の後方に移動しています!まさか、近距離転移でしょうか‼︎」












 それを見ていたエルフレッドさえも一瞬何が起きたか解らなかった。当然、指導をつけていたエルフレッドはルーミャが転移など出来ないことを知っている。一瞬驚いた様子のレーベンが振り向きざまに剣を振るったが彼女の体が何の動作もなく縦横無尽に動いて残像を残しながら避けている。


 そこからレーベンが怒涛の連撃で攻め立てるが当たらない。そして、一見隙だらけの様子なのにエルニシアからも指示が飛ばない。それどころか暫くルーミャへと視線を向けていた彼女は青い顔をして蹲ってしまった。ゾワリーーと泡立つような”殺気”に周りの人間が動きを失う中でエルフレッドは見た。


 彼女の髪が満月色から白に変わって腰元の辺りまで伸びていく。爪が伸び鋭利さを増して、ギリリと牙が音を立てた。演技でやっていったアーニャとは違う本物の怒りで目を見開いた彼女は「......語るな......」と口を動かすと地面を踏み壊しながら怒声を上げた。













()()()()()で妾を語るなぁ!!!!」













「これは何ということでしょう‼︎ここにきてルーミャ選手の造形が変わってしまいました‼︎ジン先生、これは一体どういうことでしょうか⁉︎」


 困惑しながらも立ち上がり興奮した様子で捲し立てる放送部員。それを聞きながらジン先生は本日、最大級に困惑した表情で投げやりに答えた。


「......こんなの見たこともないよ。()()でもしたんじゃない?一年Sクラスは何でもありみたいだし......」




「ーー何だ?あれは......」


 ゾワリとした尋常じゃない殺気に包まれる中でカーレスが口を開いた。回避行動から人間のそれとは全く思えない彼女に開いた口が塞がらない。そもそも体の何処も動かしていないのに残像並みのスピードで動くなんてありえないことが目の前で起きているのだ。


「......嘘。あ、ありえない......」


 先程まで隙をつくためにルーミャから視線を外さなかったエルニシアが頭を抑えながら蹲った。


「おい!エルニシア!大丈夫かよ‼︎」


 焦ったように肩に手を掛けたサンダースにエルニシアは震える声で告げる。


「......一万回......」


「......はぁ?」


「ル、ルーミャ殿下は一回も攻撃してないのに頭の中に一万回の攻撃が表示されてて......頭が壊れそうなの......」


 尋常じゃない震えにサンダースはそっと彼女の瞳に掌をかざすとルーミャの姿が目に入らないように気をつけながらベンチに座らせた。その瞬間レーベンから視線を外したルーミャがこちらを見てニタリと笑う。無論、その隙を突こうとレーベンは剣を出すが全く当たらない。


「そうでした。レーベン殿下は妾の手での攻撃を所望されておりましたね?」


 彼女は攻撃を避けながらレーベンへと話しかける。ゆっくりと右手を振り上げた彼女は何かを狙うでもなくーーレーベンの方へと振り下ろした。


 次に起きたのはあのアルベルトの複合魔法を超える大爆発であった。振るわれた方向の地面が一列に砕け、上級魔法をも受け切る結界を半壊させたそれがーー、ただ彼女が()()()()()()()()()()で起きたとは誰も思うまい。


 当然そんな威力のものを受け切れる訳もない。結界まで吹き飛ばされたレーベンが結界に激突してズリズリと滑り落ちる。震えながら両膝を着いて立ち上がれないでいるのをルーミャは感情の見えぬ目で見下ろしながら近づいて行く。あまりに強烈な殺気が辺りを支配して震えが止まらぬ者が続出する中でレーベンの元へと辿り着いたルーミャはその手を振り上げたーー。













「はい♪妾の勝ちですね♪」













 ルーミャはレーベンの頬を人差し指でプニと触って微笑んだ。


「ーーし、勝者ルーミャ選手‼︎」


 呆気に取られた審判が大声で告げると思わぬ逆転劇に対する大歓声があがった。招待席で立ち上がったコガラシが思わず胸を撫で下ろして席に着く姿が見えた。両手を上げてファンに答えるようにフリフリと手を振りながら微笑むルーミャを放送席で眺めていたジン先生は椅子に凭れかかるように深く腰を下ろすと呟くような声で言った。


「......ルーミャ選手こそ反則枠じゃないの?」




 ご機嫌な様子でベンチへと戻ってきたルーミャを見てアマリエは思わず苦笑を漏らした。


「ルーミャ君。そんな隠し玉を持っていたとは知らなかったよ?」


 するとルーミャは申し訳なさそうな顔してーー。


「ごめんなさいアマリエ先生。私も別に自由にこの姿になれる訳じゃないんです......だから、あまり不確定なことは言わない方が良いと思ってーー」


「いや、良いんだ。これで一年Sクラスの勝利に近づいた。不確定なことならば寧ろ天も味方していると思おうじゃないか?」


 アマリエが微笑みながらルーミャの頭を撫でると彼女は嬉しそうに微笑んだ。


 地魔法での会場修復が行われる中、アーニャに膝枕をするリュシカに近づいた彼女が二人に声を掛けようとするとリュシカは人差し指を口前に立てる。その仕草で様子を察したルーミャはリュシカの耳元に口を持っていくと小さな声でーー。


「アーニャ寝ちゃったのぉ?大丈夫かなぁ?」


 リュシカは微笑むと耳元に手をやり返してーー。


「脳震盪自体は軽いものだった。だが少し酔いが来たみたいでな。楽になればと膝を貸してるところだ。しかし、先ほどの殺気は驚いたぞ?殿下を殺してしまうのではないかとハラハラした」


 ルーミャは苦笑を浮かべるとやはり小さな声でーー。


「馬鹿言わないでよぉ。感情のコントロールに時間が掛かっただけぇ。国際問題になっちゃうじゃん?」


 それもそうか、と笑うリュシカ。ルーミャが再度話し掛けようとしていると膝の上のアーニャが少し煩わしそうにもぞもぞと動いて顔を歪めながら身を捩った。


「おっと話はここまでのようだ。次の試合も頼んだぞ?」


 アーニャの頭を優しく撫でながらリュシカが戯けるように言った。


「ふふ、任せてよぉ!でも、私が負けた時のために準備しといてよぉ!足が痺れて動けないとか辞めてよねぇ?......アーニャ行ってくるね?」


 微笑みながら慈しむようにアーニャの頭を撫でたルーミャは修復の終わった闘技場へと向けて歩き出すーー。


「......ルーミャ?」


 眠気眼で辺りを見回したアーニャにリュシカが「大丈夫か?」と声を掛けると顔色を悪くした彼女が気分が悪そうに口元を抑えた。


「全く脳震盪を起こしたのに急に頭を動かす奴があるか!イムジャンヌ、悪いがアーニャを医務室に連れて行くのを手伝ってくれないか?」


「......わかった......万が一の為に担架持って来てたから......それに乗せましょう......」


 眠そうな顔の彼女は地面に担架を広げるとアーニャの足の方へと移動してその脚を抱える。


「動かすぞ?一、二、三‼︎起きてからの吐き気の症状が心配だから医務室へ行くからな?アマリエ先生!ちょっと医務室に行ってきます‼︎」


 二人は担架を担ぎ上げると医務室の方へと歩き出す。その一瞬目を開いたアーニャはルーミャの後ろ姿を見て呟いた。


「......え......白く......”神化”......?」


 しかし、猛烈な吐き気に襲われて喋る気力が無くなってしまう。


「全く......喋る暇があったら眠っておけ。そっちの方が楽であろう?」


 確かにそうである。それに本当に神化などしていたら闘技大会など”無茶苦茶になってるはずだ”。そう結論づけたアーニャは自身の脳震盪があまり軽くない可能性を考えて眠ることにした。医務室に運ばれるならば無理に起きておくより、そちらの方が安心だろう。


 そして、彼女が重い瞼を閉じた瞬間ーールーミャ対サンダースの試合開始を告げる放送部のコールが会場に響き渡った。

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