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「アーニャ君。御苦労だった」
ルーミャに支えられながらベンチに戻ったアーニャは苦笑するような表情を浮かべてーー。
「とりあえず、家の父親にフォローお願いしますミャア......純粋というか少しお馬鹿な人なので私が演技でダークなキャラをしていたことに気付いてないですミャア。あの瞳をウルウルさせた感じを見てると学園に入って不良になったとか考えてるのが見え見えですミャア......」
アマリエが視線を招待席の方へと移すと耳を悲しげに垂れた大男が瞳をウルウルとさせながら表情にまで悲痛さを漂わせてアーニャの方を見つめている姿があった。
「無論、保護者のフォローはしっかりしよう。私も私の作戦で生徒が勘違いされるのは不本意だ。ーーまあ、それは置いといてアーニャ君。エルニシア君の先見の能力の謎は掴めたかい?」
アーニャは一瞬思考するとに頷いてーー。
「九十八%を正解と考えるならあれは予知能力ですミャ。相手の行動が少し前には感覚的に解るような能力でしょうミャア」
「なるほど?先見性ではなく文字通り先見ということか。どのくらい前から見えると予想する?」
アーニャは人差し指で頭をポンポンと叩いて再度思考すると視線をアマリエに戻しーー。
「九十三%の確率で二秒、九十%を超えているもので最長は四秒。平均二から三秒が妥当ですミャア」
「......二から三秒か。ならばエルニシア君を背負わせて立ち回るのが妥当ということか......。素晴らしい、いや、本当にアードヤードの人間なら特務師団に推薦したいくらいだ」
「それはどうもですミャア。でも軍人になる予定はないのでノーサンキューですミャ!」
そう言って少し頭が痛そうに席に着いた彼女をリュシカが膝枕で迎えた。その横でショボーンとしながら重りをつけ直していたイムジャンヌが「......ブランケットを取ってくる」と闘技場の奥に消えていく。そんな様子を眺めながら「本当に惜しいな......」と内心で指を咥えるアマリエ先生だった。
「さてぇ!あの聖女の先輩を視界にいれないように立ち回る作戦は理解したよぉ!んじゃ、先生妾も行ってきまぁす!アーニャ!仇は取ってくるからゆっくり休むのよぉ!」
「あーはいはい、精々返り討ちにされないようにミャア......後、声での指示も気を付けるミャア?私はリュシカに癒してもらっとくミャア」
顔も見せずに尻尾をフリフリしながら返事をすると「素直じゃないんだからぁ!」と呆れたような声が返ってきて遠ざかっていった。
「全く闘技大会だとはいえ女性の顔を足蹴にするなど......我が国の殿下には困ったものだ。アーニャ大丈夫か?頭は痛くないか?」
「少しフラフラするけど痛みはないミャア。それにライジングサンでは結構普通にあることだから、そう怒るもんでもないミャ。逆にあそこで手加減された方が屈辱ミャア」
少しお腹の方に顔を寄せて「座りにくかったらごめんニャア......柔らかくて気持ちいいミャア......」とアーニャは頬を緩めた。
「ふふふ、少し恥ずかしいがそのように気分が悪そうな顔色されていてはな。少しでも楽になるならこうしてやろう......お疲れ様、アーニャ」
耳の辺りを撫でながらリュシカは優しく微笑むのだった。
「それではレーベン王太子殿下。アーニャの仇は妾が取らせていただきましょう!」
脚を中心に神炎を纏わせてルーミャはピョンピョンとステップを踏んで全身を脱力させる。構えはコマンドサンボを意識させたものだが殆ど手は使わずパルクールやカポエイラを意識させた蹴り技で戦う。それが前評判だ。
「ルーミャ殿下も久しぶりだね!まあ、僕も負ける気は無いけど今回は一年Sクラスの快進撃が凄くて大変だよ。しかも、あのように本来の戦い方を隠してるなんて思ってもいなかった!」
剣を抜きながらいつもの懐が開いた構えを見せるレーベンにルーミャは微笑んでーー。
「ふふ、まあ手の内を隠すのも作戦の内ですから......妾もアマリエ先生はよく解っている方だと思いますよ?」
ギュッと顔前で腕を絞って距離を詰める。ルーミャはやはりいつも通りの蹴り技主体だ。確かにダメージを喰らっていて不利は不利だが想定内の戦いに少し面喰らった表情のレーベンは片手をついた側方倒立で蹴りを繰り出してくるルーミャの攻撃を剣で受けながら挑発するように言った。
「へぇ〜、器用に動くなとは思うけど他の人達にみたいなことはしないの?」
するとルーミャはクルクルと回転する蹴りを止めて微笑んだ。
「レーベン殿下はカポエイラがどうして出来たか知っていますか?」
「奴隷が監視の目を避けて戦いの技術を磨くためにダンスに隠したことを言っているのかい?」
「ええ、そうです。そして、そのかつての偉人の活躍を受け私のご先祖様も人族からの解放にカポエイラを使って戦ったそうです。妾は思うのですけど......もし嘗ての同胞達が生きていたら喜ぶと思いませんか?」
ニヤリと口角をあげる笑いでルーミャは言う。
「今なら手も使えるのにその時の技術で手を使わずに人族の王族を倒せたらねぇ......」
「......君は中々に傲慢な思想を描いているようだ」
レーベンは苦笑して剣を振るう。牽制のように突きを出し、引きつけてーーバツの軌道で切り裂こうとする。しかし、それを易々と避けて踊るかのように下段、中段と脚技を繰り出すルーミャにレーベンは障壁で対応ーー隙を突いて切り上げ斬りおろしと距離を詰めて応戦しようとするがーー。
「それでは当たりませんねぇ......」
クルリ、クルリと右手左手で手を着いて上段を二発、中段を一発。バク転、バク宙で距離を離してレーベンを待つ。溜息混じりで剣を構えたレーベンが前進して距離を詰めた瞬間ーー。
「右、下、上‼︎」
彼の待ち望んでいた声が響いた。
ガードさせれば隙の無い攻撃になろうルーミャの攻撃だが完璧に避けられた時の隙は大きい。三発目までしっかり避けきった彼はルーミャに体当てて崩すと袈裟を放った。
「あっーー」
ルーミャは少し気の抜けた声を挙げた。焦りに振り上げた右腕ーー、その手はレーベンの剣を受け止めていた。
「残念だったね。手を使わずは無理だったようだ。私も倒すつもりで動いたが体が着いていかなかったよ」
ルーミャは悔しげに舌を打つと蹴り足を伸ばすと苛立ちが乗った三発の回転蹴りは確かに重い。しかし、受けれないほどでも無い。
「殿下に舌打ちは似合わないようだ。それに特にびっくりするような戦術もないようだね」
そう言ってレーベンは受け切っての反撃を繰り返す。確かに体力、怪我、共に負けているが挑発に乗ってくれれば精神的な優位は取れる。
「上、下、上‼︎」
そして、再度チャンスの時が来たようだ。確かに派手な逆立ち蹴りが飛んで来ている。彼は再度それを受けて横払いを放った。ルーミャは首を横に振って躱したが浅くとはいえ右頬を裂かれている。信じられないものでも見るかのような表情で彼女が自身の頬に着いた。血を触った。
「......よくも‼︎」
猛然と襲いかかるルーミャにレーベンは精神的優位を取ったと確信ーー。自身の疲れを隠しながら避けては攻撃しチャンスに攻撃をするという行動を繰り返した。
初めはルーミャ有利に見えた戦況も徐々にレーベン有利な状況に傾いていく。そして、その攻防が十を超えた時ーー蹴り飛ばされて先に膝を着いたのはルーミャの方だった。




