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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第三章 砂獄の巨龍 編(中)
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10

 審判が試合開始の合図を告げた瞬間、エルニシアの頭に死のイメージが降り注いだ。焦って距離を取ると残像を引きずったような速さのイムジャンヌが飛び上段気味に切り下ろしを放ったところだった。


 ドゴオオンッ!!!


 とアニメでも見ているかのような音と土煙が舞った。それがまさか剣の威力ではなく切るために()()()()()()()()()だとは誰も思うまい。


「......外した」


 ひしゃげた地面には眼もくれず手に持った剣に視線をやったイムジャンヌは歩き難くなった地面を慣らすようにして蹴飛ばした。瞬間、ヒュンーと風を切るような音がしてエルニシアの頬を裂きながら尋常じゃないスピードで結界に突き刺さった地面を見て彼女は冷や汗が伝うのを感じていた。


(......私、能力無かったら死んでたんじゃないの?これ?)


 エルニシアには家族や生徒会メンバー、そして、一部の人間にしか教えていない能力がある。それは感覚的な予知能力だ。わずか二〜三秒先だが映像ではなく感覚的に先の未来を感知することが出来る能力である。その能力は戦略的にも戦闘にも活きることもあってセコンド兼代表として”平均的な能力値”ながら選ばれるくらいの強さを誇っている。


 だが、いくら解るとはいえイムジャンヌのそれは解った二秒後にはほぼラグ無しで到達しているくらいの速さだ。エルニシアは自身の能力の感覚から戦闘を音ゲーに例えるのだが、こんなのは製作者の悪意しか感じない”無理ゲーのクソ曲”である。


 また頭に浮かんだ死のイメージから慌てて横に飛ぶと再度地面が爆散した。今度は場所が近かったのか震度三クラスの揺れと共に上空から降ってきた石屑がパラパラと降りかかった。


「......また外した」


 イムジャンヌが不思議そうな顔でこちらを見た。一見可愛らしい仕草だがエルニシアには魂を狩り損ねた死神の困惑にしか見えなかった。


「......次は当てる」


 彼女がそう呟いた次の瞬間、エルニシアの頭の中に攻撃される箇所が感覚的に表示される。


 ↓↑→←→↓↑→↓→↑→↙︎↗︎↓↘︎→←↙︎......ーー。


「もう勘弁して‼︎」


 銀色の風が矢印の軌道で次々と襲いくる中、死に物狂いでそれを避けながらエルニシアは悲鳴を挙げるのだった。




「全然見えねぇけど、これはある意味正解だったんじゃねぇ?エルニシアに頑張って避けてもらいながら疲れてもらって、せめて見えるくらいまで剣速落としてもらう、みたいな?まあ、当たったら即お陀仏しそうだけど......」


「それ以前の問題な気がするけど。なんか”避けれるの凄い、後二段階は上げれる”とか言ってるしーー」


 二人のやり取りを聞きながら「昨年の決勝が全然当てにならん」とカーレスは溜息を吐いた。


「今年の一年はおかしな奴ばかりだな......今からでも魔力回復申請出来ないか確認するか?」


 その言葉を聞いた瞬間サンダースは吹き出してーー。


「まあ、言ってみたいよなぁ。無駄だろうけど......因みに可笑しな奴ばかりって言ってるチームの大将は貴方のお家の妹ちゃんなんだけどねぇ?ねぇ、それってカーレスなりのギャグだったり?」


「......」


 閉口しながら頭を抑えたカーレスを見てレーベンがその肩に手を置いた。何処か同情するような視線を送りながら、次の瞬間にはそこまでの甲斐性無くても仕方ないよね?と訴えかけるような視線を送っている。そんな二人を眺めながら溜息を漏らしたサンダースは会場へと目線を戻した。そこには「ウヒャ!」とか「アヒ!」とか御令嬢に相応しくない声を挙げて涙を目尻に浮かべながら死に物狂いで剣を避け続けているエルニシアの姿があった。


「あー、これ、頃合い見てタオル投げないと駄目なやつかなぁ......」


 果たして魔力があったからといってこの組み合わせに未来があったのかどうかーー今更ながら訓練だとかいう判断を下したジン先生を恨むサンダースだった。




「や、やばいって‼︎三途の川往復した‼︎死んだ曽婆ちゃんに四回目で怒られた‼︎」


 ゼイゼイと荒い呼吸を吐きながら倒れ込んだエルニシアが涙を流しながら途切れ途切れで告げる。


「エルニシアは良く頑張ったと思うけどよ......どうするよ?俺とレーベンで剣聖ちゃんと双子ちゃんいける?」


「どちらにせよ勝たなくちゃいけないから全力でいくけど......イムジャンヌ嬢の感じを見ていると他の三人も当然何かを隠してるよね?厳しい戦いになりそうだね......」


 今までの感じを見ているとあの一年生達はどうも本来の実力の一部を隠して戦ってきたようだ。しかも、こちらのハンディーキャップとは違って作戦として成立する程度にである。


「こりゃあブレイン相当やばいなぁ。んじゃ、レーベン頑張ってなぁ〜!骨は拾ってやるからよっ!」


 そんな彼の言葉に「王太子を送り出す言葉じゃないね」と苦笑しながら闘技場へと向かい始める。


「はてさて、もう正直作戦とか言ってられなくなって来たなぁ。まあ、でもレーベン次第ならごぼう抜きも有り得るじゃね?」


「そうだな。それにあちらは実質副将のアーニャ殿下を消耗して戦って来ている。勝ち筋はあるさ」


 そう言いながらカーレスは眼光を強めた。彼の思考に諦めるという文字は存在していない。




「さて、まさかの一年Sクラスの二連勝からスタートとなりました決勝戦‼︎ここで三年Sクラスはまさかの二強の一人レーベン選手を投入です!ジン先生、この采配はどう考えますか?」


「うむむ、難しいけど。多分相手のアーニャ殿下の中堅読んでの采配かな?順当に行けば、ここでの結果はもっと拮抗していたはずだし。まあ、イムジャンヌ選手のあれは流石に予想外過ぎたけど......」


「ですよね!そして、その圧倒的な実力を持ってあの”先見の聖女”エルニシア選手に何もさせずに完封ーー見兼ねたチームメイトよりタオル投入による幕切れとなりました!」


「自分で言ってて悲しくなるけど生徒の実力云々は勿論の事、セコンドのブレイン力が異常というか、ここまで来るともう天晴だよね。今度、教えてもらおうかなぁ......」


「そういう話は先生同士の飲み会かなんかで言ってください!では準備が整ったところでイムジャンヌ選手対レーベン選手の試合開始です‼︎」


 観客の笑いと歓声の声に放送部員のボルテージが上る中、真剣な表情でご教授頂こうかと考えているジン先生の表情が何処か哀愁の漂う感じに見えたのは目の錯覚なのだろうかーーそれはジン先生のみぞ知ることだった。




 試合開始前、イムジャンヌはレーベンと相対するや否や騎士礼の作法をとって片膝を着いた。


「......将来騎士を目指す身でありながら御身に剣を向ける御無礼をお許し下さい」


「無論、許そう。それにしても君は騎士になりたいのかい?」


「......はい。私の本懐は騎士です。次点で軍人です。アードヤードを守る剣になりたいのです」


 レーベンは微笑を携えて「母が喜びそうだ」と呟くと剣を抜いた。


「聖イヴァンヌ騎士養成女学園は......とも思ったけど、きっとその体躯で落とされたんだろうね。人以上に戦果を挙げて認めらたい気持ちは汲むが、私も負けられない立場だからねーー来なさい‼︎」


「......はい‼︎」


 イムジャンヌは立ち上がると剣を構えた。レーベン王太子は大きく胸前を開いた不思議な構えをとる。しかし、同時にそれが誘い込む形であることに気づいたイムジャンヌの足が間合いを詰めあぐねているーーが先に動いたのも、やはり彼女の方だった。


 その闘技場の地面を踏み壊しながら右袈裟、なぎ払い、振り上げ、左袈裟と描いた三角形を左の辺から半分に割るようなコンビネーションで攻め立てる。


 それを一歩、二歩、三歩と逆足で後退して躱した彼は最後の左袈裟をパリイで弾いて左袈裟を返した。イムジャンヌはバックステップでそれを躱しながら両足をバネのように曲げて溜めをつくると地面を踏み抜きながら突きを放った。剣先がブレて見えただけで伸びて来る三段突きに感嘆の声をあげながらレーベンはそれを巻き落として斬りかかった。


 今トーナメントで初めてイムジャンヌから鮮血が飛んだ。


 躱しきれず裂かれた左腕に顔を顰めたイムジャンヌに彼は好機とばかりに距離を詰める。無駄な力なくスルリ、スルリとすり寄って来るレーベンにイムジャンヌは下段に下がった剣を引き上げようとした。しかし、レーベンはそれをさせない。上がり気味の剣を上から叩いて返す剣先でイムジャンヌの首を狙う。頬の皮一枚で避けたイムジャンヌが嫌がるように足を伸ばして距離を離そうとする。


 そして、このまま防戦一方では良くないと彼女が再度下段から剣を振り上げた時だった。




 カツンッ......。




 その気の抜けたような音に会場が静まり返った。剣を振り抜いたレーベン。振り上げの形で固まるイムジャンヌ。そこで何が起きたか理解していたのはレーベンとエルフレッドだけだった。

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