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「それは良かったです。理解のある方が見つかったんですね」
試合開始を告げるアナウンスが流れたが人生の先輩としてアドバイスをくれた彼女の話を聞いておきたいとエルフレッドは思った。「良いのかい?」の言葉に頷くと彼女は「そうか」と微笑んでーー。
「理解があるかと言えば半分半分だろうね。だけど、出産後も仕事はさせてくれるそうだし最低限はクリアしてると感じているよ!まあ、私に出会う前がとんでもない放蕩息子だったらしくて義両親の方が逃したくなかったみたいだね!実の両親よりも積極的に協力してくれてるよ!お陰様で年増な私が絵本のお姫様のような扱いだよ!笑えるだろう!」
微笑みながら語る彼女にエルフレッドは苦笑とも笑いとも取れる表情で「何とかなるものですね」と呟いた。
「ああ、本当に何とかなるものだ。正直焦りに焦っていたからね。私は。あの時は自分に言い聞かせていたのもあったんだ。だけど今を見れば五歳若い旦那を獲得した上に仕事も続けられる。それにちゃっかり授かっている。人の役に立つ研究を頑張ってきたというのもあったのかな?真剣に動けば何かが協力してくれるんだろうね。......まあ、化学者としては本当に非合理的かつ否定せざるを得ないことなのだけど......」
そう笑って彼女は少しお腹を撫でた。まだ解らないほどの大きさだが彼女はそこに何かを感じているのだろう。
「まっ!私はそんなところだよ!世の中何とかなると思っていれば何とかなるものだと証明できたのは良かったかな?順風満帆は有り得ないけど明日には急に開けてきたりするんだなって!ここまで来ると哲学みたいなものだね!」
「そうですね。なんか、それを聞いて少し納得した自分がいます」
「ハハ!良いねぇ。エルフレッド君は幸せになる素質あるよ!結局人は自分で自分の道を選んでいるからさ!私に共感出来るなら君も似たような道を選ぶだろうさ!」
彼女はハーブティーを飲むと「私は少し休むとするよ。思ったより体力がね。きっとこの子の分もあるからね!」と苦笑して来賓席に戻るのではなく近くのベンチに座った。そして携帯端末で何処かに電話をかけ始めると焦った男性の声が応対し始める。
「全く。別に体調を壊した訳でもないのにうちの旦那は心配性でねぇ。今からすっ飛んで迎えに来るそうだ。私はここで待っているから君もそろそろ席に戻ると良い。......ああ心配ない!こんな生活をしている割には母子共に健康過ぎて医者も驚いているほどだ。それよりもうちの旦那が妙な嫉妬をして迷惑かけそうだから......」
苦笑する彼女に苦笑を返して「わかりました。ありがとうございます。あと大剣の件で近々伺います」と手を上げる。それにグレン所長が手を上げ返したのを確認してエルフレッドは歩き出した。すっかり緩くなったコーヒーを飲み干して再度ホットコーヒーを購入したエルフレッドが慌ただしい物音に振り返れば黒い羽の生えた鴉鳥族の男性がグレン所長と話しているのが見えた。
何処でも飛んで行けるその男性なら確かに考古学者として飛び回るグレン所長の気持ちも解りそうだ。そう感じたエルフレッドは何処か胸の奥がほっこりと暖かくなるのを感じたのだった。
そして、会場内に戻ったエルフレッドは会場の異様な熱気に目を瞬かせている。自分の席に戻るとつまらなそうな表情のノノワールが「おっそーい!もう!前見て前!」と声を張り上げて闘技場に視線を促す。
「......うん?」と声を上げたエルフレッドが闘技場内に視線を戻すと二年Sクラスの先輩を前に勝ち名乗りを受けるアーニャの姿がーー。
「なんとアーニャ選手‼︎二年Sクラスをストレートで倒しました‼︎これは予想外の結末です‼︎」
「いやぁ。流石に禁止技ではないとはいえ金的や目潰しを平気で打つような生徒がいるとはねぇ......本当に予想外だった。女生徒も棄権しちゃったし......」
あれ?俺専用って言ってなかったっけ?とエルフレッドが目を丸くして驚いていると周りの男子生徒が青ざめた顔で蹲っていた。
「ノノワール。アーニャはどんな戦い方をしたのだ?」
「うーん?何か何故かよく当たる目潰しで攻撃して金的みたいな?んで、なんか”皆さんは知っていますミャア?水晶体ってチン小帯をプルンとして取ると簡単に取れてしまいますミャ!”とか言って脅してたらSクラスの女生徒の先輩達、気分が悪くなったみたいで棄権しちゃったってわけ!」
「......そうか」
(う〜む。良く解らないが筋金入りの御令嬢だったのか男子生徒の様子があまりに酷かったのか......)
もしくは自身の目の水晶体をプルンとさせられるところを想像したのかもれないがーー、それにしても恐怖作戦とはアマリエ先生も中々酷い作戦を取るものだ。もしかしたら勝利のためなら手段を選ばない特務師団隊長の血が騒いだのかも知れない。
ちらりと旦那である軍神様の方に目をやると表情こそ変化がないが瞳が何かを惜しむような色をしている。
大方「急所を躊躇なく踏み抜く精神力、目潰しを含む作戦をやって退ける実行力。王女殿下にしておくのが惜しい」とか思っているのだろう。似た者夫婦である。
「こうなってくると何方が勝ってもおかしくないように思いますが、ジン先生どう思われますか?」
「あ〜、そうだね。多分二年Sクラスも普通に戦えば一年Sクラスと良い勝負をしたはずなんだけど......しまったなぁ。完全に判断ミスしたかも......」
本当に困った様子で頬を掻いたジン先生に放送部の生徒が声を掛けた。
「ジン先生!判断ミスとはどういうことでしょうか?」
「いや、もう非難轟々を受ける覚悟で言うけど。三年Sクラスに拮抗できるクラスは居ないだろうと考えていたし、反則枠みたいなものだからハンディーキャップというか魔力の総量の半分を使った状態で出てもらってたんだよね。次の全国大会を見据えて......だけど、それが完全に仇になってるね......」
会場にどよめく声が響いた。公正公平を信条とする選考会でのまさかのハンディーキャップ宣言に生徒達は動揺が隠せない様子である。するとそれを聞いたリュシカは隣で準備する三年Sクラスの席にいるカーレスを見てニタリと笑う。
「反則枠な上に嘘吐きとはとんだ卑怯者だな!兄上!嘘吐き嘘吐き〜!......あ、なんか自分の胸が痛くなってきたぞ」
「......リュシカ。こっちでヨシヨシしてあげるミャア」
勝手に自爆して慰められているリュシカを知ってか知らずかカーレスは苛立たしげに声を荒げた。
「......うるさい‼︎今年こそはアードヤード王立学園を優勝させたかったからそうしたんだ‼︎お前達も倒せば文句無いだろう‼︎」
実は去年の全国大会は当時の三年生+カーレスでの出場となったのだが惜しくも聖イヴァンヌ騎士養成女学園に負けて世界大会出場を逃している。そのため、この大会も鍛錬の一つとして使って万全を期して次の戦いに備えようとしたのだ。
「ふん‼︎やれるものならやってみろ‼︎一年生だと舐めて足を掬われるのは先輩方の方だ‼︎」
ヨシヨシで元気になったリュシカがカーレス達を指差しながら叫ぶ。
「言っておけ‼︎この一年間アードヤード学園を優勝させるために動いた俺たちの実力を見せてやる‼︎」
それに応えるようにしてカーレスが叫び返した。
その瞬間、会場内に歓声が鳴り響いた。図らずしもヤルギス兄妹の舌戦が会場のボルテージを最高潮に持っていったのだ。
「これは凄い熱気です‼︎決勝に相応しい場となりました‼︎それでは一年Sクラス対三年Sクラスの試合開始です‼︎張り切っていってみましょう‼︎」
「......まあ、僕の降格は免れないだろうけどね。最後の大仕事頑張りますか〜」
そんなジン先生の悲しい呟きは誰の耳にも届くことなく歓声に掻き消されるのだった。




