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天を掴む手と地を探る手  作者: 結城 哲二
第三章 砂獄の巨龍 編(中)
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6

 三年Sクラスの戦闘を見ながらエルフレッドは眉を顰めた。何故ならば通常なら温存するであろうカーレスが先鋒として出てきたからだ。そして、ものすごい勢いで敵を倒していく。炎を纏った剛槍が二年Bクラスの生徒達をバタバタと薙ぎ倒していくのである。


(下級生のSクラス程度なら負けないと考えた?......無論、そう考えることも出来るが今までの三年Sクラスは万全を期すような戦い方をしていたはずだ)


 そして、遂に一人でダークホースの要であるライアンへと辿り着く。これまでの戦い方を見るにあわやあるぞ、と思っていた組み合わせだ。


(例えば此処をカーレス殿が一人で倒して次の試合で体力を回復する。大将に持ってきて戦うという作戦もあるにはあるな......)


 しかし、前提としてカーレスがライアンに負けないことを組み入れた作戦などは流石に慎重とはいえない。ライアン側のスタミナ低下という折角のアドバンテージもあってないようなものであった。


「......チャンスではあるな」


 ただでさえシード枠で一年にアドバンテージが有るのだから此処までの疲労などを考慮すれば決勝での体力差などは大分埋まるだろう。まあ、そもそも二年Sクラスに負けたらアドバンテージなど有ったものでは無いのだがーー。


「エルちん、何がチャンスなの?」


 ホクホク顔で揚げパンを齧りながらノノワールが聞いてくる。許すつもりはなかったが揚げパンの為に本気で土下座し始めた上に「これで許してください‼︎」と自身が出演している舞台の招待席を渡して来たものだから許さざるを得なくなった。というかどう考えても自分で買って来た方が得なのにそこまでするのかとドン引きした。


 更に「あの舞台人気で手に入らないヤツじゃん‼︎」「何したかは解らないけど女の子に土下座させて、謝罪の品まで貰うなんて鬼畜だな......」とクラスメイトの目がどんどん酷くなっていくのに耐えられなかったというのもある。もし、そこまで狙ってやっていたのなら策士だ。


「いや、三年の先輩達が温存するべき選手を先鋒にしてくれたから一年Sクラスにも勝機が見えてきたなって話だ」


 遠くからでも音が聞こえてくるような豪快なーー、しかし、相対する者を寄せ付けない槍捌きで徐々にライアンを追い詰めていくカーレス。武器が槍と剣ということもあってカーレスが押しているように見えるが見えている程の実力差はないと感じていた。


「えっ?マジ?それってめっちゃラッキーじゃん!このまま一年Sクラスが優勝してくれないかなぁ......」


 やはり、自分のクラスということもあって応援はしているらしいノノワールが嬉しそうな表情を浮かべる。エルフレッドも疑問はあったが自身のクラスメイトが勝つことは嬉しく、それがリュシカの不安解決に結びつくことを考えれば喜ばしくもあったため「そうだな」と微笑んだ。


 そうこうしているとお互いが疲労からか動きが悪くなってきた。特にライアンなどはここに来て武器の相性の悪さが足を引っ張り始めている。無傷のカーレスにかすり傷とはいえ傷だらけのライアンでは勝負は見えたようなものであった。


 そして、それは一瞬の出来事だった。ライアンの重心が崩れたのを見逃さずカーレスは相手の剣を穂先で弾きながら槍を反転ーー。石突でライアンの鳩尾を打った。思わず膝を着いた彼の首元に槍の穂先が突き付けられて会場が沸いた。


「勝者‼︎三年Sクラス、カーレス選手‼︎なんとここに来てダークホースである二年Bクラスをストレートで下しました‼︎」


「流石だね。正直この状態だとあまり差がないと考えていたのだけど......それでもストレート勝ちしてしまうのだから、やはり、ヤルギス公爵家の嫡男は伊達じゃないってところだね」


「本当ですね‼︎そして、次は遂にシードの一年Sクラスと二年Sクラスの戦いになります‼︎ジン先生、この戦いはどう見られますか?」


「勝者の予想が難しい戦いになりそうだけど......体力差などを考えると一年Sクラス有利ってところかな?作戦次第だとは思うけど、一年Sクラスのセコンドは特務師団で隊長を勤めたアマリエ先生だからね。そこら辺は熟知してると思うよ」


「なるほど‼︎ジン先生ありがとうございます!まさかの一年Sクラス勝利予想ということで私も期待が高まって参りました‼︎それでは十分の会場整備後、試合開始となります‼︎会場の皆様!次戦に備えてトイレ休憩などを終わらせていて下さいね!それでは整備後にお会いしましょう!」


 その言葉にクラスメイト達が背伸びなどをする中でエルフレッドも飲み物を買おうかと立ち上がる。


「やあ!エルフレッド君‼︎お久しぶりだね?きっと君は百%の確率で飲み物を買いに行くだろう!私もご一緒していいかな?」


 その特徴的な喋り方にエルフレッドは微笑みを返した。


「お久しぶりです。グレン所長。勿論ですよ?よろしくお願いします」


 彼がそう言うとグレン所長は「ふふふ、君は相変わらずのようだなぁ......」と懐かしげな表情を浮かべるのだった。


 そんな二人のやり取りをエルフレッドの背後から様子を見ていたノノワールだったがーー。


「うへぇ......また有名人だよ......このクラスメイト一体何者?」


そう苦笑して反対隣の友達から拝借したジュースで口の中の物を流し込むのだった。




「さて、君に話しかけたのは何点か理由があるのだが、まずは素体提供ありがとう!お陰で優秀な学園生や学院生の入所希望が殺到していてね!求人倍率は例年の五倍以上だ!私もこの通り寝る暇もないくらい嬉しい悲鳴を上げているよ!」


 そう言って目の隈を見せつけてくるグレンにエルフレッドは前も研究漬けで隈が出来ていたような......と苦笑しながらーー。


「それは良かったです。優秀な方が入ると良いですね」


「ハハハ。そうだね。まっ、そこは問題ないよ!テストも合理性を重視したものになっているし、志向性での向く向かないは研究的に既に解明されているからね。あとは人間の好みの問題さ!その辺りが邪魔にならないのが合理的な人間というものだ」


 人の好き嫌いはあっても仕事であれば割り切れる合理性を持っているかどうかを重視しているということだろう。そして、その面については既に何らかの研究で解明されているということかーー。


「......相変わらずの合理的思考ですね」


 そう言ってエルフレッドが笑うと「まっ、実はそんな私にも合理的ではない部分が出来たのだがね......それは一旦置いておこう」と含みを保たせた笑みを見せた。


「先に話したいのは素体研究の件だ。実はガルブレイオスが絶えず炎を出していたのは体内からということがわかってね!鱗は発火していなかったことが解ったんだ!目に見えない細かな穴が開いていて、そこから炎が吹き出していたんだよ!」


 少し眠くなったのかコーヒーに手を伸ばかけた彼女だったが何故かそれを辞めるとハーブティーを手に取った。エルフレッドは不思議に思いながらも眠気防止の為にブラックコーヒーを購入する。


「なるほど。中々変わった構造をしていたのですね」


「ああ、そうなんだ!そして、その件を何故君に話したのかというとね。実はその鱗の穴を高圧力粉砕した別の鱗で塞ぐと耐熱性や耐久度に優れた素材ができることが解ってね!加工のしやすさもあって君の大剣を強化できる可能性が出てきたんだ!既にテストは完了しているし君は研究所の恩人であるから是非協力させてほしいと思ったのだよ!」


「それは......有難いです」


 氷海の巨龍と力比べをした時だろうかーー。ジュライの牙で強化されているこの大剣に何ヶ所かの小さな欠けが発生していた。何れは直さないといけないとは思っていたが、それが直す以上の強化になるのならば願ってもない話であった。


「そうだろうそうだろう!大剣の状態で四日〜一週間の間の強化になるだろうから都合の良い時に来ると良い!私が居ない時でも引き継げるようにしている......というのもだね。実は合理的ではない出来事というのが、だね......」


 彼女は胸元からペンダンドを取り出した。その先にはシンプルな銀の指輪が掛かっていた。


「いや、別に他意はないんだ。薬品を扱うから溶けてしまわないようにしている。それに恥ずかしい話だが後先が反対になってしまってね......式は家々で済ませたんだ」


「後先......あ、おめでとうございます!えっと睡眠不足とかって大丈夫なんですか?」


 まさかの報告にエルフレッドが少し動揺しながらそう言うと「君もそういう表情が出来るんだね!」とグレン所長は微笑んでーー。


「正直良くはないけど、まあ()()()の引き継ぎだけならと許してもらってる感じかな?いやぁ参ったねぇ。獣人の男性ってのは何であんなに情熱的なんだろうか。すっかり絆されてしまったよ」


 悔しそうに言いながら、しかし、嬉しそうに笑う彼女を見ていると何だか少し安心した気分になるエルフレッドだった。半年前の遠い記憶だったが似た者同士だと焦ったあの時の表情が今のように幸せそうな表情に変わるのなら良い出会いだったのだろう。

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